第3話 市街地での戦い

 ザーセクは、対モンスター用の武器を手に持ちながら、ついさきほどまで口論していたお菓子会社の担当者に指示した。


「対モンスター用のマニュアル、会社で作ってあるんでしょう。それに従って、警察と協力してお客さんの避難誘導」


「わ、わかったわ」


 お菓子会社と警察は協力して、会場に訪れていたお客さんたちを避難させていく。


 誰もが避難はスムーズだ。なぜならモンスターが普通に生息している惑星なので、子供のころからモンスター用の避難訓練を受けているからだ。


 彼らが会場から脱出する時間を稼ぐために、ザーセクとルルは前面に出た。


 モンスターの群れは一種類だけだ。ただしデータベースに一致しない種族であった。


 下半身がスライムみたいな粘液で、上半身がガス生命体である。


 どうやら下半身で触れた物質を溶かして、上半身から高熱ガスを噴き出して焼き殺すタイプらしい。


「こいつら、新種のモンスターっぽく見えるが、なんか見覚えあるような?」


 ザーセクは、モンスターの様子を確かめるために、高周波ブレードで斬りつけてみた。


 高周波ブレードは、敵を振動で分解する科学の刃だ。それにエーテルアーマーで生み出した人工的な魔力を充填して、無属性の魔法攻撃として実行する。


 無属性の魔法攻撃は、ほぼすべてのモンスターに有効だ。ただし敵の弱点属性を的確につけないので、ダメージ効率が悪い。


 それでも切れ味が鈍るわけではないので、謎のモンスターはスパっと縦に切れた。


 ちゃんとダメージは通っているようだ。ただし敵は粘液とガスの集合体だから、切り口を基準に二つに分裂していた。


「工夫して斬らないと対処が面倒になりそうだな」


 今度は縦ではなく、斜めに切断した。どうやら粘液とガスのコアを切り裂けたらしく、今度こそ退治できた。


 ルルは魔法の杖を構えると、詠唱無しで発動できる初級の火炎系魔法【炎のひまわり】を使った。


 赤い線が伸びて、謎のモンスターに突き刺さると、まるでひまわりのように赤い炎が咲き誇り、敵を内部から焼き尽くした。


 だが下半身の粘膜を溶かすことが出来ても、上半身のガス生命体が成長してしまう。


 それを見て、ルルが気づいた。


「下はアクアスライム、上はフレイムクラウド」


「そういうことか! こいつら昔ながらの定番モンスターが合体してんのか! だから見覚えあったんだなぁ、なるほどなぁ」


 アクアスライムも、フレイムクラウドも、大昔から存在している定番モンスターであった。


 アクアスライムは水属性で、ありふれた見た目のスライムだ。


 フレイムクラウドは火属性で、まるで赤い着色料で染めたワタアメみたいな見た目である。


 どちらもさほど強くないので、対処が簡単なモンスターである。それこそ勇者と魔王の時代であれば、駆け出し冒険者でも倒せるザコ敵だ。


 だがザーセクは、そんな単純な話じゃないと思っていた。


「アクアスライムとフレイムクラウドだったら、高周波ブレードで斬った時点で消し飛んでるはずだぞ。でもこいつら一撃で倒せなかった。つまり合体したことでパワーアップしてないか」


 ルルはまるで返事をするように、さきほどの下半身だけ消滅して上半身が成長した融合モンスターに対して、初級の水系魔法【流水の衝撃】を発動。


 魔法の杖から無数の水玉が発生して、ショットガンの散弾みたいに広がっていく。上半身のフレイムクラウド部分に直撃。相手の火属性の肉体を、水属性で溶かした。


 本来のアクアスライムと、フレイムクラウドであれば、初級の攻撃魔法一発で倒せるはずだ。


 それなのに二発必要になったということは、目の前にいる融合モンスターは油断できない敵ということになる。


 ザーセクは、自分たちだけで対処せずに、AMIの仲間に応援要請をかけることにした。


「無理はしないで増援を呼んだほうがよさそうだ」


 ホムンクルス強化手術によって脳内に生体チップが埋め込まれているから、これを起動して同じ支部に所属する仲間たちに応援要請した。


『こちらザーセク。新商品の警備会場で奇妙なモンスターと交戦開始。アクアスライムとフレイムクラウドが融合したやつです。動画データを送るので、こちらに向かってくる間に確認してください』


 ザーセクの唇は動いていなかった。生体チップから直接言語データを飛ばしているからだ。


 しかも眼球を通して得られた動画データ、現在地の座標データ、気候条件など、戦闘に必要なデータをすべて添付してあるため、効率よく仲間たちに情報が伝わった。


 支部の責任者であるレイドリン課長から返信。


『融合モンスターはあとで詳しく分析するから、とにかく避難誘導を優先だ』


『了解。通信終了』


 通信を終了すると、避難誘導を優先する動きに切り替えた。


 敵をせん滅するのではなくて、避難中の民間人に敵が近づかないように立ち回るのだ。


 ザーセクは、民間人に近づこうとする融合モンスターを優先して斬っていくわけだが、動きに法則性があることに気づいた。


「なんかこいつら、動きに一定の法則があるんじゃないか? 民間人を狙うというより、なにかを軸に動き回ってるっていうか」


 ルルは初級の氷系魔法【氷の矢】で融合モンスターをカチンコチンに凍結しながら、敵の法則性に気づいた。


「新商品」


 アクアスライムとフレイムクラウドの融合体は、会場に置いてある新商品に群がって、まるで爆食するように体内に吸収していた。


 どうやら民間人を狙うときも、彼らの命を狙っているというより、新商品を持っているお客さんを狙っていたのだ。


「そうか、こいつら新商品のお菓子を食べたくて、都市の地下から攻め込んできたのか! ……っていうかお菓子食べて増殖してんのか、厄介すぎる」


 融合モンスターたちは、新商品を食べるたびに肉体が増殖して、ぶくぶくに膨らんでいた。


 不幸中の幸いはお客さんの避難誘導が完了したことだが、都市のど真ん中にモンスターの大群が発生した事案は終了していない。


 ――こうして物語は冒頭に戻った。ザーセクとルルは、敵に包囲された状態で、ひたすら戦い続けていた。


「さっさと食べ放題行きたいぜ、本当に腹減った」


 ザーセクは、増殖した融合モンスターを高周波ブレードで切り刻みながら、ぐーぐー腹を鳴らしていた。


「食べ放題、食べ放題!」


 ルルは、いつもの無口が嘘のように、すっかり食べ放題でテンションが上がっていた。


 いやそれどころか、食べ放題を連呼したことで、なにかに気づいたようだ。


「……在庫が空になれば、食べ放題はコース終了」


 ルルは攻略パターンを切り替えた。


 さきほども使用した炎系の初級魔法【炎のひまわり】を新商品の在庫に向かって撃ったのだ。


 これにより新商品のお菓子は一斉に燃え上がって、消し炭になってしまう。


 そう、融合モンスターが増殖する供給源を寸断したのだ。これにより敵はもう増えなくなった。


 ザーセクは口笛を吹いた。


「やるなぁ、増殖の栄養源を断ったわけだ。やっぱルルは賢いなぁ、大学行ったほうがよかったんじゃないか?」


 ルルは、いつも通り無言だったが、まるで毒々しい毛虫を見たかのように嫌そうな顔をした。


 こんな露骨な表情であれば、たとえ言葉がなくてもわかる。いくら学力と金があっても、大学に行きたくないパターンもあるわけだ。


 それはザーセクにとって意外な考え方だった。


 彼は学力も金もないので高卒で就職した。だからといってキャンパスライフに憧れがあるわけでもないので、大学生が羨ましいわけでもない。


 ただ漠然とした考えで、エリート一族は大学に通うものだと思っていた。


 しかしルルは、その一般論から外れていた。まぁ彼女の性格から考えると、すでに一般論の外側にいることは確かだから、まったく違和感はないのだが。


「まぁいいか。とにかく敵をせん滅しよう。いくら増殖しなくなっても、残った数は多いからな」


 敵が増殖しなくなれば、話は簡単だ。


 いくら融合によって耐久力が高くなっていても、スピードは遅いままだ。きちんと間合いを把握して戦えば、一方的に攻撃ができる。


 しかもAMIの増援が到着したので、あとは流れ作業になった。


 こうして新商品のお披露目会場は安全になった。

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