第2話 無口の大食い魔法使いルル

 ルルは、ザーセクの一人喋りを無視して、無言で新商品のクッキーを食べ続けていた。

 

 なお会場には新商品を紹介するパンフレットが置いてあって、それにはこう書いてあった。


『わが社が提供する新商品は【かじふわくん】です。かじってふわふわ、そんな食感を楽しんでください』


 実際に食べた感想だが、味は普通だ。おそらく原材料は従来の商品と同じなんだろう。


 では、なにが新しいのかといえば、パンフレットに書いてあるように食感である。


 かじった瞬間は間違いなく固形物のクッキーだが、口の入った瞬間、じゅわーっと溶けて流動食みたいに柔らかくなるのだ。


 忖度無しで評価すると『これって昆虫を食べているようなものじゃ』と思ってしまった。


 おそらくメーカーとしては『外はサクサク、中はしっとり』を狙ったんだろうが、口の中で溶ける速度が早すぎるうえに、しかも噛む必要がないぐらい溶けてしまうため、つい昆虫を連想してしまうのだ。


 どうやら周囲のお客さんたち同じ感想らしく、物珍しそうに新商品のクッキーをかじると、とても微妙な顔になってから、二枚目は食べないのである。


 せっかく無料で提供しているのに、ドカ食いしているのはルルだけだった。


 こんな調子では、間違いなく新商品は売れないだろう。きっと企画段階でのコンセプトミスだ。だがなぜお菓子会社のスタッフは、こんな万人から拒絶されるような食べ物を売り出してしまったんだろうか。理解に苦しむ。


 そこまで考えて、ルルはお菓子会社の内部事情に興味を失った。


 どうせこの商品を買う予定はないし、今この場において大切なことは無料で食べられることであった。


 食いしん坊の優先順位は、味より量だ。


 とくにルルの場合、ダイエット食品のまずい味付けであっても『これぐらいの味であれば許容範囲だな』と判断して大食いできる。


 ルルは立派なフードファイターであった。


 こんな調子で新商品のクッキーを三百枚ほど食べたところで、ごくごく水分補給しながら会場の様子を確かめた。


 警備の仕事は基本的に暇だ。対モンスターといっても、都市部の市街地にモンスターが侵入してくることはマレなので、警戒すべきは人間の犯罪者である。


 ただし対人戦は、警察の警備部が担当しているので、ルルとザーセクは基本的に管轄外だ。


 もちろん油断はしていない。ルルは魔法使いだから、魔力の網を会場に張り巡らしてあるため、もしモンスターが接近してくれば、誰よりも早く気付ける。


 そうやってルルが魔法を使いながら新商品を試食しているとき、相棒のザーセクがなにをしているかというと、相変わらず一人喋りを続けていた。


「ちくしょー! 俺もクッキー食べてみてぇ! っていうか腹減った、休憩時間まだかよ!」


 よっぽどエーテルアーマーを脱いで新商品を食べたいらしい。


 だが彼が期待するようなおいしいお菓子ではないので、ルルは新商品のパンフレットの余白部分に真相を書き込んだ。


『味は普通のクッキー。食感だけ新しい。ただし、ぶっちゃけ昆虫を食べたような気分になるから、あんまりおすすめしない』


 それを読んだザーセクの感想はピントが外れていた。


「食感はともかく、かじふわくんって名前がダサくねぇか?」


 彼の余計な一言は、会場入りしていたお菓子会社の女性担当者に聞かれていた。


「なんて失礼な! わが社の新商品を食べもせずにダサいと切り捨てるなんて!」


 こうやってお菓子会社の担当者が怒る未来が見えたから、ルルは新商品のマイナス評価を声で発しないで、文字で伝えたのだ。


 それなのにザーセクは、うかつであった。けっして悪い人物ではないし、結構気遣いもする男なのだが、どうにも間が悪いのだ。


「いやそりゃ俺だっていますぐ食べたいですよ、新商品を。でもAMIの規則で警備中はエーテルアーマーを脱げないんです」


「だまらっしゃい。あなたのような天然ネガキャン野郎が新商品の売り上げを妨げるのです」


「いえいえ黙りませんよ、喋るのが好きですから。ほらネーミングって新商品にとって死活問題じゃないですか。そう考えると、率直な感想って貴重だと思うんですよ。だって【かじふわくん】ですよ? うしろの、くん、の部分がいらなかったと思うんです」


「また悪口!」


「いえいえこれは悪口ではなくて、建設的な意見です」


「本当に腹の立つ公僕ですわね! AMIに抗議しますからおぼえてらっしゃい!」


「ちょ、ちょっと待ってください! これ以上偉い人に怒られたら、減給処分かもしれないんです!」


「そんなに組織内の立場が悪いなら、客先の悪口をいわなければよかったでしょうが!」


 なんでうちの相棒は、お菓子メーカーの担当者と口論しているんだろうか、とルルは呆れた。


 だが驚きはない。なぜならザーセクの平常運転だからだ。


 彼と組んで二年目を迎えたが、おしゃべりであることは必ずしもプラスではなく、余計なトラブルを生み出すこともあると教訓を得ていた。


 だからといって無口であることもトラブルを生み出すから、人生は面倒だらけだ。





 ルルが無口なのは昔からだ。


 生まれつきの性格もあるのだが、不用意に近づくと物理的にも社会的にも死ぬ存在として避けられてきたことも原因だった。


 ルルは、ガンドラーム一族の女である。


 マジックアイテムの眼鏡で大いなる力を封印した危険人物だ。


 かつて魔王を退治した勇者パーティーにも、ガンドラーム一族の女が参加していた。


 魔王が退治されてからも、ガンドラーム一族の女たちは強力な魔法を駆使して数々の強敵を打ち倒してきた。


 それぐらい権威ある一族なので、政財界で一角を担うぐらい権力を持っていた。


 となれば、学生時代の同級生たちは、自分と家族の命と社会的な立場を守るために、ルルを避けて生活するようになった。


 もしルルが社交的な人間であれば、危険人物として避けられることに不満を持ったかもしれない。


 だが人付き合いが苦手だったので、便利な壁として利用した。このまま本でも読んで誰とも会話しないで卒業しようと思った。


 だが中学生になってから、やけに視線を感じるようになった。


 どうやら思春期に入ってルルの乳房が膨らんできたことで、男からも女からも注目されるようになったらしい。


 なんだか鬱陶しいなぁとルルは思った。


 これまでもガンドラーム一族の女を避けてきたんだから、乳房が大きくなったぐらいで反応しなければいいのに。


 なんて思ったところで、この問題が解決するわけではないので、煽情的な体型を隠すために、ぶかぶかのローブを着るようになった。


 効果はてきめんであった。胸元に視線を感じなくなったし、アオハルとかいう七面倒な交流にも関わらないで済んだ。


 そんな感じで徹底して人間関係を構築しないまま、中学も高校も卒業して、大学進学か就職か迷った。


 教室という環境に嫌気がさしていたし、さっさと魔法使いの仕事に就きたかったので、高卒でAMIに入隊した。


 さすがにモンスターと戦うための職業だから、ガンドラーム一族であることは単純なデメリットにはならなかった。


 だがルルの社交性が壊滅的なため、同僚たちに『もしこいつとコミュニケーションをミスしたら、ガンドラーム一族に逆恨みされるかもしれない』と避けられるようになってしまった。


 ただ避けられるだけであれば、人見知りとしてはむしろ大歓迎なのだが、いかんせん相棒がいなければ現場に出られない規則があった。


 このままではAMIを追放されてしまうと焦ったとき、ザーセクと組むことになった。


 彼は、おしゃべり機関車というあだ名が伊達ではないぐらい喋り続けるので、組織内で誰とも組んでもらえなかったから、厄介払いとしてルルと組むことになった。


 組織に馴染めない厄介者コンビは、意外にもうまくいった。


 ザーセクは一人喋りを聞いてもらえるだけで満足するから、ルルが相槌を打たなくても不機嫌にならなかった。


 それどころか、ルルが彼の質問を無視して、無言のまま本を読み続けても、絶対に怒らなかった。


 こいつ、これまで会ってきた男たちとはなにかが違うぞ、とルルは感心した。


 そんな一目置いた彼だが、いまだにお菓子会社の女性担当者と口論を続けていた。


「まずは落ち着きましょう、担当者さん。かじふわくんってネーミングセンスに違和感を感じただけで、商品が悪いとはいってないんですよ」


「かじふわくん、と名前をつけたのはわたしですっっ! それなのにネーミングセンスが悪いだなんて!」


「えっ、そうなんですか……? いやぁ、ははは、あははは」


 なんでうちの相棒は、笑ってごまかせると思ったんだろうか。やっぱりおしゃべりは災いの素ではないか。


 そう思ったルルは、会場に置いてある自動販売機で、追加のミネラルウォーターを買おうとした。


 そのとき、会場に張り巡らした魔力の網に、モンスターの反応が引っかかった。


 会場の真下だった。それも多数。


「ザーセク、多数のモンスター、足元から」


 手短な言葉で重要事項を相棒に伝えたとき、会場の地盤に振動が走った。


 ナニかが地面で蠢いている。まるで人間のルールをあざ笑うかのように。


 ソレは人類とは相いれない禍々しい気配を身にまとっている。まるで人間の考える平穏なんて夾雑物だと言わんばかりに。


 鼻がひん曲がりそうな異臭と、けたたましい異音が交互にやってきて、マンホールのフタがはじけ飛ぶと、そこから大量のモンスターが湧いてきた。

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