第1話 おしゃべり機関車のザーセク

 モンスターは、山林や海みたいな人間の住んでいない場所で自然発生するわけだが、なにか条件が噛み合えば市街地に侵入してくる。


 もちろん科学と錬金術を組み合わせたシステムによって自動迎撃しているのだが、万能ではない。ときに迎撃システムをすり抜けてくることがあるため、街中に対モンスター用の戦力を配置していた。


 エーテルアーマーである。


 科学におけるパワードスーツと、錬金術におけるゴーレムを合体することで、この人工的に魔力を生み出す鎧が生まれた。


 ただし生身の人間では装着できないため、強化手術を受ける必要があった。


 その名も【ホムンクルス強化手術】だ。


 科学におけるサイボーグ理論と、錬金術におけるホムンクルス理論を合体した技術であり、動植物の因子を体内に埋め込むことで、人間の規格を越えるスペックを生み出していた。


 そんなエーテルアーマーの戦力配備だが、一般的な街中のパトロールだけではなくて、イベント会場にも行われていた。


 本日は大手お菓子メーカーの新商品発表会であった。


 会場の警備を担当しているのは、AMI(対モンスター捜査局)の隊員である。


 AMIは惑星警察に含まれる組織であり、主に市街地でのモンスター災害を担当していた。


 ザーセクとルルも、AMIの若手隊員である。二人とも同期入隊であり、コンビを組んで二年目であった。


「俺も食べたいぜー、新商品のクッキー。なんだってエーテルアーマーは装着したままだと飲み食いできないんだろう。まぁヘルメットパーツが密閉されてるからなんだけどさ」


 ザーセクは、エーテルアーマーを装着しているせいで、新商品の試食ができなかった。


 朝から真面目に仕事しているため、すっかり腹が減っていた。


 ちゃんと朝食は食べてきたが、もうすぐお昼なのだ。予定ではあと二時間近くイベントが続くので、しばらく昼飯は我慢であった。


「…………」


 ルルは魔法使いだから、エーテルアーマーを装着しなくても魔法攻撃が可能なので、生身の姿で警備の仕事をしていた。


 その恩恵により、警備の仕事をしながら、ばくばくと新商品のクッキーを食べまくっていた。


 彼女は食いしん坊である。食べ物に好き嫌いはなく、食事の時間を邪魔されることを極度に嫌がる。


 だからどんなにザーセクが喋っていても、完全に無視して新商品のクッキーを食べ続けていた。


 ばりばり、もぐもぐ……とクッキーを噛んで食べる音を聞いていたら、ザーセクの腹がぐーっと鳴った。


「くっそー、ルルが新商品食べるのを見てたら、本格的に腹減ってきたぜ。ほんの一分でいいからエーテルアーマー脱げないかなぁ」


 警備の仕事中にエーテルアーマーを外すことは規則違反である。


 そんなことはわかっているが、腹が減ったら目が回るではないか。


 ただでさえおしゃべりな男が、空腹をまぎらわせるために、いつもの三割増しで一人喋りを続けた。


「やっぱさー、新商品といえば試供品の提供が大事だと思うんだよな」


 ばりばり、もぐもぐ。


「どれだけうまいお菓子を作っても、発売日を知ってもらわないと売れないだろうし……」


 ぱりっ、べりっ、ばりばり、もぐもぐ。


「ってそうか、だから新商品のお披露目パーティーやってんのか! やっぱ企業の広報部ってのは賢いなぁ!」


 ルルはクッキーをばりばりもぐもぐと食べることを優先して完全に無視していたが、それでもザーセクの一人喋りは止まらなかった。


「クッキーとラッキーで印を踏めるよな。でもラッキーなクッキーっていったらオヤジギャグっぽくなるから印象悪いぜ」


 彼がこんな調子なのは、子供のころからだった。


 両親は本当に普通の庶民であって、可もなく不可もなくのありふれた性格なのに、なぜか生まれてきた息子は小学校時代に【おしゃべり機関車】とあだ名をつけられるやつであった。


 まるで山盛りの石炭をくべた機関車のように、ザーセクのおしゃべりパワーは無限大だ。


 誰かと会話することに至上の喜びを感じるし、なんなら相手のリアクションがなくてもいいし、一人喋りを聞いてもらうだけで満足だ。


 ただしマナーやルールは守れるので、授業中や電車内ではきちんと沈黙を保てた。


 あくまで趣味や生活習慣としての、おしゃべりなのだ。


 だから中学時代と高校時代は放送部に入って、お昼の雑談放送を担当していた。彼のおしゃべりパワーから生み出される無限のトラッシュトークは、在校生たちに結構好評だった。


 学校が終わって放課後になれば、雑談配信をしていた。残念ながらそこまで人気者になれなくて、おおよそ二百人前後のお客さんを集めるのが関の山であった。


 だがザーセクは満足していた。たった一人でも無限のおしゃべりを聞いてくれる人がいれば欲求は満たされているからだ。


 そんなおしゃべり機関車だが、高校を卒業したら、すぐに働くつもりだった。大学に興味がなかったし、学費を考えると両親の負担も大きいと思ったのだ。


 ではどんな仕事に就こうかと悩んだとき、ネットの動画でピンとくるものがあった。


 AMIの隊員が、エーテルアーマーを装着して、モンスターと戦う雄姿だった。


 なんてかっこいい生き様だ、と思った。


 まるで憧れの王子様に一目惚れした乙女みたいな純粋さで、AMIの入隊試験を受けて、見事合格した。


 そこまでは良い人生だったんだろう。おしゃべり機関車であることがプラスに働いてきたから。


 しかし訓練学校に入ってから、人生の手ごたえが変化した。


 職場は学校とは異なる空間だ。


 いきなり無限に喋るやつが入隊してきたら、先輩隊員たちがうんざりしてしまった。


 学生時代の教室であれば、クラスメイト全員と個別に会話することで相手がうんざりする前に相手を変えられるのだが、職場ではそうはいかなかった。


 そもそもの話として『口を動かしている暇があったら手を動かせ』となるわけだ。


 なんとか訓練学校を卒業して、AMIの首都圏部隊に配属されてから一週間後、上層部は『あの新人は電源スイッチの壊れたラジオだ』と問題視した。


 だが真面目に働くやつだったので、いきなりクビにはならず、厄介者同士をまとめて処理するために、まったく喋らないルルとコンビ結成になった。 

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