1544年秋 陶面会
陶の一族は大内にとって半世紀以上に渡りNo.2の地位居た言わば軍師の様な立場であった。
先代の陶興房は大内先代当主である大内義興の軍師として内政、外交、そして軍略と多岐に渡り大内家を支え、京都から撤退し、国が傾きかけていたのをその手腕で見事に立て直すことに成功した。
その陶興房の嫡男は戦場での傷で病死してしまい、跡を継いだのは甥の関係であった問田一族の次男···現在の陶隆房であった。
彼は若い頃から軍略に関しては西国一と言われるほど冴え渡っており、西国の少弐氏の反乱や石見銀山奪還戦、吉田郡山城の戦い等で武功を上げ続けたのだが、尼子討伐を軍事的側面から強固に大内義隆(父上)に進言し、月山富田城の戦いにて大内軍は大敗。
大内の将兵は多く失い、長期戦だったために国内のダメージも深刻で文治派の台頭を許す結果となる。
父上もこれにより陶隆房に失望してしまい、政治的中枢から遠ざけてしまう。
月山富田城の戦いから一年と少し経過した現在の陶隆房及び陶の親族は軍事面のトップではあるのだが、実家である問田氏は石見守護代の職を持っていたが、石見の大半を尼子に奪われ勢力と影響力は激減、陶隆房は失った領土を回復するために出兵を懇願しているが、私が父上より外交権をまず譲られた為に、外敵となり得る大友と安芸で大内派国人衆筆頭かつ、大内家内で評価が高い毛利隆元のいる毛利家とも婚姻外交を展開してがっちり両脇を固めた。
更に阿蘇と相良一族を太宰府再建運動に誘ったことで関係が良化、肥後の龍造寺一族は少弐氏残党が党首である九十過ぎの爺(龍円隆信の曾祖父さん)以外の親族を皆殺しにし、怒った爺さんが少弐氏残党を血祭りにあげる内紛に突入し、大内にとって九州は外敵不在の安全地帯となっていた。
で、敵となるのが中国地方でも尼子氏だけとなり、陶隆房が実家の関連もあり石見侵攻を言ってくるが、尼子には畿内関連をキレイキレイして貰う戦略的利用価値があり、銀山を奪い合って国力や人員を消耗すれば、得をするのは毛利だけになるので、毛利が大内の家中で飼える程度に抑えるには内政に注力して国力を増やす必要があるのだが、陶隆房は軍事面でしか物事が見れない悪癖があり、戦略的視野が欠除していた。
逆に今の大内で戦略的視野を持っているのは父上と私だけであり、父上が政治的関心を失っている以上、私が回すしかない。
行政は文治派が回せるのだが、彼らは新しく何かを作ったりするのが苦手で、頭の固い官僚が多いと思ってもらいたい。
そんな状態なので陶隆房はフラストレーションが蓄積していた。
私は彼としっかり話をし、使えるかどうか見極めるために吉敷郡陶村にある陶隆房が現在住んでいる屋敷に向かった。
事前に使いを出したが、体調が悪いからと何日も予定がつかなく、五回目の調整で面会をすることができた。
もうこの時点で私のことを舐め腐っているのが態度でわかる。
二回ほど龍円に向かってもらったが、仮病だと思われると言われるといわれ、門前払いをされたと知って私の中の粛清ゲージが上がり続けた。
で、ようやく会えたのだが
「凶漢がよく私の前に出てこれたな。その度胸は褒めてやる」
と陶隆房に言われた。
顔立ちはイケメンであり、髭はきれいに剃られ、色白で狐のような目つき···うん、もう少しふくよかであれば父上の好みにドンピシャであろう。
多分戰場を転戦したことにより引き締まったのであろうが、もう少し若い頃はふっくらしていたのだろう。
首元の皮あまりからの推測であるが。
「凶漢とは失礼な。大内義隆と万里小路貞子の子であるぞ」
「どうだか、知恵遅れであった亀童丸と入れ替わったのだろう。幼子故に入れ替わったとしてもわかる者も少ないからな」
「疑いだしたらキリがないであろうなぁ。まぁここで無駄な話をするつもりも暇もない。単刀直入に言う。武力では現状を打開するのは不可能だぞ」
「そんな事はない! 精強の大内将兵であれば尼子を今一度殴れば倒すこともできようぞ!」
「月山富田城はどうする? あの城を落とすには長期戦にまたなるぞ。また国力を落とすのか? 月山富田城攻めにより男手を取られた村々では大幅な減収だったのだぞ。そもそも先代様(大内義興)の京遠征で多くの兵を連れて行っていた為に中国全体で男手が減っているのだぞ。荒れ地も乱世で多く、治水に力を入れなければ畿内みたいに大洪水が起こっても不思議ではないのだぞ」
ちなみにこの年は連日雨が振り続けており、水害が多発していた。
大内領内でも被害が発生しており、とても外征に出れる力は無い。
「しかし、石見を取られたままでは大内の権威に傷が付く!」
「その程度で揺らぐ権威や家臣はいらん。これ以上外征せよと言うのであれば陶に渡している軍権を他家に譲渡せねばならんだろう」
「な! 陶は代々大内に尽くしてきた忠家だぞ! それを揺るがすとなれば国が乱れるぞ」
「忠家なのは認めるが、陶隆房、お前では駄目だ。信用ができない。それはお前もだろ? 私を信用できない。互いに信用できないのであれば袂を分かち合うしかなかろう」
「まだお前が義隆様の跡を継ぐと決まったわけではない。義隆様ならお前を後継者と言っても内心では継がせたくないに決まっている!」
交渉は決裂し、直ぐに問題になることは無いが反感を確認することはできた。
そのまま陶村に出ると、私は村長の所に向かった。
村長とは安慈時代に知恵を貸したことがあり、懇意になっていた。
「陶様はどうでしたか」
「あれは駄目だ。私を簒奪者としか見ていない」
「私としては年貢を安くすると言ってくれておりますし、実りの良い種籾や農法を教えてくださった安慈様に治めて欲しいのですが」
「何か困りごとか?」
「陶様は戦上手ではありますが、領民の事を全く考えてくれませぬ。年貢も豊作だからと今年は重くされ、昨年戦で帰ってきた傷も癒えぬのにまた戦をしようとしているのに村の民意も離れつつあります」
「せっかくだ一揆でも起こすか? 私としては陶隆房含めて膨張した一族を消したくて仕方がないが」
「安慈様らしからぬ発言ですなぁ」
「安慈のままであればこんな物騒な事は言わんが、大内の後継者義植としては血を流してでも良い国を作らねばならんからな」
「もし一揆を起こしたらどうなります?」
「私自らが鎮圧に向かい、首謀者を捕縛し、斬首という体裁になるだろうなぁ」
「体裁というと?」
「首謀者は別の罪人にでもすり替えて、我が勝山城で囲う。勝山周辺も土地がまだまだあるからな。新しい村を作っても良いだろう。ここまで言えば良いかな」
つまり首謀者と指定された者は勝山城周辺の土地に強制移住。
その首謀者も村人達が選んでよく、私が鎮圧するということは大内の直轄地化させるという意味もあった。
「せっかくだ農具でも贈ろうか。円匙(スコップ)は研げば木をも切れる優れものだぞ。穴を掘れるし、洗えば鍋の代わりにもなる。田畑を耕すのも、良いだろうなぁ」
「是非お願いします。周囲の村にも声をかけて冬の間にでも」
私はニコリと微笑み
「決して無理はするのではないぞ」
と言った。
陶村の村長は周囲の村や寺を味方に引き入れ、年貢の減税を行う土一揆の計画が立てられ、私が農具に見せかけて武器を贈るのだった。
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