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 尖りツイン帽子屋根のホテルの玄関口を、妃美華に買ってもらったペパーミントグリーンワンピ基本のコーデ姿の北条仁美が外に出る。

 キンコンカンコン……と夕暮れの天井に響き渡る太い音波の鐘は6時の時報!

 ビル風に吹かれてはためくワンピの裾も気にすることなく……ポシェットバッグを片手にしたサラロン毛も靡かせて……タレント女子気取りな北条仁美。


 同・ホテル『QUEENのお部屋』内――キンコンカンコン……と天井をも響き渡る鐘の音は6時の時報が、うすら漏れ届くリビングにバスタオル簀巻きの妃美華が出てきて、ピカッと光って、ピンストライプはトレードマークなライトグレー系ベストにロンパン(ロングパンツ)で、スカーレッド系ボタンダウンブラウス姿のバーテンダーに変貌する。

 つけっパテレビでニュースがはじまる。「6時のニュースです。サイバー詐欺事件……」と報じるキャスターに気を止めることなく。「ウフッ」と姿見に写した我が身を見て微笑む妃美華が、ソファに預けているサマーコートを横目に壁の凹みに姿を消す……。


 周囲のビルに比べると背高のっぽな20階建てビルの――2階店舗の『ReコーデG』ショップ内にはアウター、スカート&パンツ、インナー、アクセサリーとキッチリコーナー分けされた内装一角の入口前のレジカウンターでボヘミアンコ―デの緑沢青美が、隠し机兼用棚でパソコンをうっている。マウスなど使わずノートPCのみで。

「ねえ、青美。これって新入り?」と背高のっぽながお胸が強調せざる負えない体形のミリタリーコーデでショートヘア女子の白金黄美華が臍だしニットトップスを選んで問う。

「ううん」とカウンター上に目を出して見る青美。「クリーニング済みで、1階の買取りからスタッフの子が持ってきたようですわ。B人オーラ隠し女子が売りに来たって」

「ふうん。こんなのもどうかな?」と姿見の前でお胸前にあてて見栄えを見る黄美華。

「うん。でも、お胸が上下はみ出て、アンバランスね」と言い切る青美。

「ううん、容赦ないね、忌憚のなさは相変わらず、青美は」

「あなただからですわ、黄美華さん」

「でも、これってぇ……」

「うん。そうですわよね……」

『AIロイド4号の……妃美華の好み』と声が揃う緑沢青美と白金黄美華。

「揃えば完璧最強になるのにね。大鳳姉さんも喜ぶね」とトップスを戻す黄美華。

「それより。お仕事入りましたわ。今夜」と、またPCを見る青美。PC画面に都心マップが投影されていて、赤ポチがモッチーコーポレーションのタワマンビルを示している。

「いくらボッタくったの?」

「聞き捨てならないですわ。ボッタくったなんて。依頼者承諾済みプライスですわ」

 目を合わせて笑いあう白金黄美華と緑沢青美。

「さ、私も戻るよ。上に。とある住宅街の古家の仕事準備さ」と出て行く白金黄美華。

 見送って……またPCに集中する緑沢青美。


 警視庁のMEETING・ROOMの中で――下野所轄署管轄の砕石所内の山肌に隠された火薬保管庫の内外のスマホ映像を投影したスクリーンを見ながら……デカ長と、芝田竜次と、南城真美が話す……。

「ということでして、デカ長さん。アリの子一匹入れそうな穴はどっこにも存在せずでした。どうやってこの厳重なところからパクったのでしょうね?」

「まあ、身内の線が濃厚だが……」と唸りつつも推論を言うデカ長。

「だが、デカ長。あそこに随一勤める作業員は5人で。あとは砕石を取りに来るダンプの運ちゃんぐらいなんだが、それらも逐一カメラで納められ、あの出入り可能なゲートも、専用センサーで自動開閉するんだ。一連に流れに背いて行動すれば、足はつく」と芝田。

「そうだなあ……」と顔を顰めるデカ長。

「例えば、もっと。有刺鉄線2メートルを難なく飛び越えられて。南京錠もピッキングに優れて開けて。あそこに1カ所開いているダイナマイトの木箱10トンを軽々と運べる方法持つ何者かが別にいるとかがあれば。って! アニメじゃないしね」と真美。

「ああ、俺ら世代では、お伽話チックだ。それでは現実味がなさすぎる。というんだよ、南城君」とデカ長。

「後はGPS探知で。まあ、リアルにAI人間でもいれば、お!」と声を一瞬上げる芝田。

 考え閃く芝田を見る真美とデカ長。「なにかあるか? けい、いや、巡査部長」

「で、ホテルの方は? デカ長さん」と真美がスマホをデカ長が用意していた映像媒体と取り換えて、ホテル防犯カメラ映像を投影する。

「どう見ても、カメラに銀次氏が言う女が映っていないんだ」とデカ長。

 スクリーンに投影されている……ホテルエントランスや、廊下、『KINGの部屋』前のドア付近と……銀次の姿は映っているが、同伴女子の姿は無い――?

「ううん……ルージュメッセはあったしなぁ」と顎に手を当て唸りつつ見ている芝田。

「そうですねぇ。酔っぱらった銀次さんしか」と間を細めて見ている真美。

「ううん!」と顰めた目でスクリーンに近づく芝田。

「どうした警……ああ、巡査部長。何かある?」とデカ長。

「うん……酔っぱらっている風でもだがぁ……隣に何か! 腕の回し方があまりにも」

「私でやってみて竜次さん」と真美が芝田に近づいて、腕をとって映像に倣って腰に回す。

「セクハラじゃないからな」と真美の腰に銀次に倣って手を回す芝田。

ブー垂れて、イーして、必要以上に芝田に引っ付く真美。

「おい。そこまでくっついていないから」と空いている手でスクリーンを指差す芝田。

「いいんです。解除していないですよ、私たちの恋人設定」と真美。

「人目のある所じゃないんだ、今は」と芝田。

「ええ、でも」とデカ長を指差す真美。狼狽えるデカ長。

「警察身内はこの場合、人目にあたいしない」と芝田。

「だ、か、ら! 往生際が悪いって! 芝田竜次さん! 激おこになると勝手に手出ちゃいますよ。私ったら」と軽く芝田にボディブローを放つ真美。

「う!」と呻いて、「おおい!」と怒る芝田。

「……」とツッコミどころのない二人のやりとりに言葉無きデカ長。

「少し前に。富士山麓でも爆弾による大爆発が。確か、資料によると。テロ的秘密結社アジト痕跡があったとか? ね、竜次さん」と真美。

「……ああ」と未だ引っついている真美の腕を振り解いて、ドアへと歩む芝田……「明日、10時に地下の覆面車でな」と言い残して出て行く……。

「竜次、さん……」と放心状態で見送るしかなくなった真美。

「ううん……」と唸って、真美を見るデカ長。

「何かあったんですか? デカ長さん」と問う真美。

「ううん……まあ、ああ、そうだなぁ……」と歯切れ悪いデカ長。

「私、そういった煮え切らないのが……!」と拳をつくって右の掌にパシッとする真美。

「バディでも、すまん。彼奴の許可なしには言えん!」と背を向けて出て行くデカ長。

 ……真美。


 同・廊下――こぶしを握り締めて、右パンチを自らの左掌でパシッと受けて! 歩いていく……芝田竜次甚佐部長改め、兼公安警察第四課警部補の背中……。


 金雄のオフィスで、デスクの前をウロウロ歩く持田金雄。

「首領亡きあとでも、その精神は、このわたくし目が受け継いでおります。吉凶日の夜辺りに、……活動名改め、モッチーエージェント行動を始動しましょうか? 時は満ちはじめておりますし。首領殿」

 と、窓際で下がるブラインドーを指で捲って外を見る金雄。もうすっかり夜となっていて、その周囲の都心ならわの電飾の明かりが些か臨めてもいる。


 閑静な住宅街の中にある街灯が灯った公園――広場に木々の葉の狭間に見える例の公園前の各窓に明かりのついた古家。その小さな明りの玄関前に停車するころ塗りワゴン車。

「ちいっす、銀次さん」

「明日は自宅でゆっくりするから。明後日の夕方にでも。ああ、連絡入れる」と銀次の声。

 黒塗りワゴン車が走り行く……大きな灯りの玄関を銀次が入ってドアが閉じる……。

「あ、お帰り、パパ」とあの幼女の声。


 この街を象徴するビル上の二代目大時計が6時55分を示している夜のネオン街。幅広通りに面したビルの案内板には『しのぶ』などテナント各位の高級クラブの表示がある一階玄関口自動ドアを、ペパーミントグリーンワンピコーデ姿の北条仁美が入っていく……。


 尖りツインの帽子屋根のホテル『QUEENのお部屋』内――人の気配は有れど誰もいないリビングで、何となく点けているテレビでニュース――砕石所外観映像を映し……。

「次は、先日、下野所轄署管内の砕石所の火薬庫でダイナマイトの木箱が紛失した一件は、未だ新たな情報提供を警察は明らかにしてはおりません」とキャスターが報じている。

 壁の凹みから出てきたピンストライプライトグレー系ベストにロンパンで、スカーレッド系ボタンダウンブラウス姿のバーテンダー妃美華が、テレビを消してソファに預けているサマーコートを羽織り着て……ドアを出て行く。


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蜃気楼な女! 鐘井音太浪 @netaro_kanei

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