青空の下で周囲のビル群より一際聳え建つ……多目的複合施設タワービルの定礎に『モッチータワービル』と『株式会社持田コーポレーション2020年5月吉日』の刻み文字。外光を反射する大きな窓ガラスと細く見える桟枠の外壁を――地上で見上げても視界が霞む高さの最上階の取締役室の窓。

 木目調のおごそかな一室に、パソコンを乗せたデスク。パソコンを見ていた持田金雄49歳が顔を顰めて窓際に歩き……外を眺めて、ぼやく。

「銀次の奴。資産管理しているのか? 0はないだろう……」と顎を擦る持田金雄。

 壁のフックにハンガー掛けしていた金糸仕立て紺のスーツのポケットからスマホを出して、電話する持田金雄。

パソコンの画面――資産データグラフ……で、持田銀次の持ち資産が0になっている。

「あー銀次。お前の持ち資産が0になっているが?」と耳にスマホを当てた持田金雄。


 ツインの尖り帽子屋根の東京駅のホテル――最上階の窓が開き、ローブ姿の持田銀次48歳が外を見る。駅前ロータリーは行き交う人々が多くなっている。ヨーロピアンな鐘の音が、ガラーン、ゴローンガラーン……と奏ではじめる……10時の時報。

 キンピカゴージャスイメージのスイートルームでローブ姿の持田銀次が、開いた窓の外を見ている。ヨーロピアンな鐘が鳴り止み余韻のフェイドアウトする音色……黄色い装飾のリビングテーブルに置いたスマホのスピーカー機能にして、昨夜のことを思い出す……。

「……0になっているが?」とスマホから聞こえる持田金雄の声。

「兄さん実は……ゆうべ」と窓辺で見下ろす銀次。

 見下ろす白い光の中の下界には、車や人々の行き交う駅前ローターリーの光景がある。


   *    *    *


 この街を象徴する明治から昭和を経た現代もビル上の二代目大時計が10時を示している夜のネオン街。幅広通りに面したビルの前に、一台の黒っぽいワゴン車が横付けする。

 案内板には『しのぶ』などテナント各位の高級クラブのロゴ表示が記されている一階玄関口自動ドアから黒服コーデの部下らに囲まれて、「じゃ、美香ママ」と和装アラサー美人に見送られ出てきたギンピカスーツ姿の持田銀次に……突然ぶつかるピッチリ首下までブラウスのボタンを止めた黒っぽいリクルートスーツ姿で、黒髪オカッパショートヘアの華奢な古風女子。一人の部下が銀次から離そうとするが、古風女子がその腰に両腕を巻き付けて離れようとはしない。ホホッてな感じでお辞儀して戻っていく和装美人の美香ママ。

「何だね、君は」とその頭をソフトに掴んで顔を見る銀次。その顔は響妃美華⁉

「助けて」と怯えた顔を向け続けているオカッパ黒髪の古風女子、改め古風妃美華……。

「おおー。古風な感じはわたし好みだ!」とスケベ心全開の顔に変貌する銀次。

「どこかで匿(かくま)って……お兄様」と体を震わせる古風妃美華。

「どうしたのかね、事情を話してはくれぬか、お嬢さん」と好み女子にいきなりコクられた気分になりつつある銀次。

「チカンに追われ……恐縮します、お兄様」と怯える古風妃美華。

「何故、わたしなんだね?」と警戒心を口にする銀次。

「お力、ありそうなお方とお見受けしたものですから」と眼(まなこ)を潤ませる古風妃美華。

「まあ、見る目は確かだがねーお嬢さん」と表情を綻ばせる銀次。

「勘違いなザコ程度なら、貴方様が吹けば飛んでいってしまうようにお見受けします」

「おおーますますいい目利きをしている、お嬢さんは」と過呼吸で鼻が鳴る銀次。

「お願いします……」とやや立ち上がって、「今は居ないようですが」と来た方を見て、「タクシー乗り場から後をつけてきているのが足音で……怖い」と顔を埋める古風妃美華。

「タクシー乗り場とは?」とスケベ心を募らせる下心が仕草で有態に分かる銀次。

「待っていたら、チカン男がわたくしのおしりを触って来て」と顔を上げる古風妃美華。

「御一人だったのですかな?」と古風妃美華の首に触れた左手を項へと滑らせる銀次。

「はい。銀座四丁目のタクシー乗り場でも、今夜は珍しく他のお客さんはいらっしゃらなく……待機停車中のタクシーも……な、く」と唇を震わせる古風妃美華。

「それで」と右手で、若干乱れたオカッパヘアを直してあげる銀次。

「はい。イヤっ! と叫んで、走って逃げると、追いかけて来て、人通りのある歩道を……でも、追いかけてきていた靴音と同じ足音が今までついてきていて……ビル角を来たときに、貴方様をお見掛けしまして、不躾で恐縮ではございましょうが、お力をお貸し願えればと。フェミニスト系なお兄様のように……オーラが」と顔を伏せる古風妃美華。

「おおそうでしょそうでしょ。ではお嬢さん。わたしどものオフィスに」と撫でる銀次。

「チカンの素性が全くなので。どこかのホテルがいいかと」と一旦離脱する古風妃美華。

「では」と銀次が部下に手で合図すると。頷いた部下がスマホを出して検索する。

「あそこ! 駅のあそこがいいかと」と、方角を指差す古風妃美華。

「あっ! 支配人に連絡して、いつもの部屋を」と銀次が部下に指示を出す。

 半身抱きついている古風妃美華が、その胸にオデコをつける。

「はっ」とお辞儀して少し離れる部下が電話する。「銀次さんで!」とスマホを一旦保留にして、「ダメです、銀次さん。今夜は先約が」と報告する。

「……なら、隣でいい」とおでこで甘える古風妃美華の頭を、回した左手で撫でる銀次。

「はっ」とスマホで電話する部下が、「銀次さん。OKです、銀次さん」とお辞儀する。

「では参りますよ、お嬢さん」と甘え続けている古風妃美華を優しく左横に誘導して……横付け中のワゴン車へとエスコートする銀次。

 先に乗り込んだ古風妃美華が手を出して、掴んだ銀次の手を引いて、乗車を手助けする。


 魅力的な都会の夜景の一角でもあるライトアップされた――ヨーロピアン調でツインの尖り帽子屋根ホテルの前の……ロータリー一般車両乗り合い所に横付けした黒っぽいワゴン車から下車した……黒服部下らに囲まれたギンピカ銀次と古風妃美華が降りる。

「あ!」と段さに足を取られ躓く古風妃美華が、横の銀次にしがみつく。

「おい、平気かい、お嬢さん」と古風妃美華の脇下に手を添えて転ぶのを防ぐ銀次。

 肩を竦めた古風妃美華が、恥ずかしさ隠しに舌をチョコッと出す。

 にやける銀次が、溜まらず古風妃美華の腰に腕を回し……イチャイチャ歩きをする。

 古風妃美華の服に包まれ中の右乳が、銀次に密着する……。

「ここからは、お前らはいい」と、しがみついた古風妃美華をエスコートする銀次が、部下たちを手払いする。お辞儀してワゴン車に入る部下たち。

「スゴイ、凄いです。頼ってよかったです」と斜に銀次を見上げる古風妃美華。

 銀次にエスコートされる古風妃美華がホテルの玄関口を入って行く。


 ホテルのエントランスからの……ロビーのフロント……顔パスの如く急な宿泊にもすんなり受付を済ませ、フロント係からカードキーを受け取る銀次。古風妃美華と銀次が寄り添いホールでエレベーターに乗り……ドアが開くと……こげ茶の柱縁に白壁調の清楚な感じで廊下が迎え……すぐの客室ドア前へと銀次エスコートできた古風妃美華。『KINGの部屋』と金文字をつけたドアを銀次が開いて、キンピカ高貴なイメージのゴージャススイートルームも些かキンピカないやらしさも覗かせている感じで二人を向かい入れる。


 ――入室する妃美華と銀次。

「すっごーい! 凄いです」と胸の前で両手の指を絡めて天井を仰ぎ……部屋を、黄色イメージのリビングを……上目づかいで見渡す古風妃美華。

「そうか。いつもの隣のクイーンが埋まっていたので、こちらになったが、お嬢さんをかくまうには決して高くはない」と閉じるドアを背に歩み寄る銀次。

 テーブルの上に、置かれた各所の能書き説明書の中から……ルームサービスメニューを開いて……放心状態で立ち尽くしている古風妃美華に見せる銀次。『ラストオーダー0:00時』の文字が見開きページ右下に表示してある。

「お腹、空いていないかい、お嬢さん」

 肩を若干竦めて、上目遣いにはにかみ笑う古風妃美華が銀次を見る。

 脇に来て肩を目深に並べて、メニューを一緒に見る銀次と、古風妃美華。

「あ、あーはい。少し……」

「どれがいい。わたしは食事はいいのだが。お嬢さんは」

「ああ、でも、どれも高そうです」

「心配ない。よしわたしが見繕っていいかな? お酒は? 未成年ではなさそうだが」

「ああ、はい」

 銀次が内線をして、「ああ、フロントかね。夜食を。ストロベリーとスパークリング……」

「アタシ、清酒で」とうちとけ感を見せる古風妃美華。

「おおー。フロント。スパークリング清酒で」と内線を切った銀次が、立ち尽くしている古風妃美華に近寄って、「まあ、お嬢さん。御気を楽にして。さーこちらに」とリビングのふかふか二人掛けソファに、古風妃美華をエスコートして座らせる。

「ああ、アハー」と座るが座り慣れていない風に……腰を下ろした瞬間に深みあるクッションに慣れず、ズボッてな感じで転げるように背凭れまで深く座ってしまって、「ウフッ! あ! キャッ、恥ずかしぃーです」と言い直す顔を手で覆う古風妃美華。

「ああ、ふかふかだからな。そうなることもあるさ、お嬢さん」と明らかなるスケベ顔で笑った銀次が、背凭れ裏へと回って、断りもなく古風妃美華の背に手を添えたとき!

 ピンポン! と、ドアベルが鳴る。

「お! ああ、ルームサービスだ」とドアを開ける銀次。

 キンピカの大皿にイチゴフルーツ盛り合わせと、水滴汗かき金のバケットに斜に入ったスパークリング清酒のボトルと、金のピルスナーグラス二つが乗った黄金ゴージャスワゴンをお届けした、ボウイが立っている。

「おーそこに」と指差し指示する銀次。

 従ったボウイがワゴンを押して指示位置まで入る。

「あとはいいよ、わたしが」と銀次。会釈してドア外に出るボウイ。

「あー待った」と、ボウイに近づいた銀次が、「これ、支配人には内緒だよ」と裏地の小さめポケットから手で覆い隠し出した三つ折り万札一枚を握らせる。

「今夜のことは……(右手の二本の指で縦に口を塞ぐジェスチャーを見せて)……これで」と会釈したボウイが外でドアを閉じる。

「あ、アタシが!」と立ち上がろうとする古風妃美華。

「ゲストの手を煩わせては。座っていていいよ、お嬢さん」と銀次が手慣れた手つきで、まずは……イチゴフルーツ盛り合わせ大皿をテーブルに運ぶ。

 座り直す古風妃美華が、また、ソファの深みにはまって、焦って、恥ずかしさ隠しにチョコッと舌を出す!

「ふふん」と笑った銀次がスパークリング清酒のバケットをテーブルに移す。

 竦め気味に構えた感じの古風妃美華が、上目遣いに微笑む。

 スパーリング清酒の栓を抜き。二つのグラスを左手に器用に持ち! 右手でスパークリング清酒のボトルをすんなり傾けて注ぎ……上目遣いに見ている古風妃美華に、グラスの一つを手渡す銀次。

「有難う御座います」と微笑む古風妃美華。

「では、二人の出会いに乾杯しよう、お嬢さん」とドッシリと古風妃美華の隣りにケツが着く勢いお構いなしに座る銀次。

 古風妃美華も、注がれたグラスを掲げ持って、「はい。ナイスないぶし銀のオジ様との出会いです」

『乾杯!』と、声を合わせる二人が、まずは一杯目を飲み干す……。

「うわー」と銀次が……。

 飲み干した古風妃美華が、おろおろした感じで、恥じらってグラスをテーブルに置いて、横のクッションを胸に抱え顔を伏せて……上目遣いに銀次を見る。

「おお、イケる口だね、お嬢さん」と二つのグラスに、二敗目を注ぐ銀次。

「すみません、アタシ、炭酸のお酒、一気に飲んでしまう癖が、あります」と舌を出す古風妃美華。

「そー人それぞれさ、お嬢さん」と古風妃美華に脇を再び完全密着させた銀次が……その背に左腕を回して……髪や項……背や回したその左脇などをお触りしはじめる……。

「あ! ウフン……」と感じたる吐息を口に出す古風妃美華。

「初めて、じゃ、ないよね。お嬢さん?」と銀次がその右耳に囁く。

「アハあーあーぅ」と銀次の手を止める古風妃美華。

「ああ、先ほど。いつもの、と仰いましたが……」と突然ブッこむ古風妃美華。

「は?」と突飛なフリに戸惑いを見せる銀次。

「ここに入るときに、ですわ」とスルー対策で腰を浮かす古風妃美華。

「ああ、月一で、三の週に。隣のクイーンの部屋に滞在するのだが。今夜は二週目で、先約が」と、しつこく撫でようとする銀次。

「ここって相当高そうですね」とテーブルの向こう側に移動して天井を仰ぐ古風妃美華だが、伸ばせば手が届くポジショニングで、銀次にお尻を敢えて向けている。

「この部屋は、このホテルでは一番さ。たいてい空いているので」

「どうして、隣のスイートを」と、いきなりターンして小首を傾げる古風妃美華。

「クイーンの部屋は少し安いが、間取り自体はそうも変わらないのだよ。お嬢さん」

「リザーブできそうですけれど、いぶし銀なお兄様なら」と、また隣に座る古風妃美華。

「ま、先約には逆らえないよ。いくらわたしでもね」と観念したかのように思える古風妃美華の体をお触りしはじめる銀次。

「力、富と、絶対ですね」と敢えて甘える古風妃美華が、その視界に隠れた状態になった顔で、ベーをする。

「銀次だ。お嬢さんのお名前は?」と臍あたりで甘えている古風妃美華の頭を……こちら側に顔を向ける銀次。

「……風華」と、お触りをなされるままな古風妃美華が微笑む。

「おー名前まで古風な。源氏名とか」

「? 源氏名、とは?」

「ああ、クラブの女の子らが名乗っている源氏名で……芸名だな」

「いいえ。そんなのは……」

「では、そろそろ……」と手で古風妃美華の顎を上げて……キスの体制を誘発する銀次。

「オホッ! うん。観念するわ、銀のお兄様」と目を閉じる古風筆禍。

 キス寸前で、「いや、待って、銀のお兄様」と、その顔を引き離す古風妃美華。

「ええーどうしてだい、風華。もう……」と眉を顰める銀次。

「女の子って、色々! キャッ! それに、バージンだったら、どうします、か? 銀のオジ様は」と、はにかむ古風妃美華。

「構わん! もうたまんない。やらせろ! 助けてやったお礼をしろよな。いいだろ」と着たままだった上着の内ポケットから出した帯付き札束で! 古風妃美華の頬にピタピタと叩いて、胸元の谷間に突っ込む。

「ねー銀のお兄様。シャワーしてきて」と古風妃美華が上着を取って、立って、キンピカパイプの衣装かけにハンガーで掛ける。

「そうだな、お嬢……風華、いいや! ハニー、ちゃん」と立ち上がった銀次が……ズボンも、シャツも、脱ぎ古風妃美華に次々と手渡して……リビング壁の凹みに行く……。

「ピカピカにしてきて、あそこもね、キャーッ」と古風妃美華がソファのクッションを胸に抱いて、顔を埋め、上目遣いに見る。

 こちら向きで……壁凹み前まで行き、パンツの上から手でシン様の強調する銀次。

「やーだー!」と恥じらいを見せる古風妃美華。

「じゃあ、よおーく洗って来るから……出てきたらノンストップだよ、ハニー」と投げキッスを放って壁の凹みに入って行く銀次。

 銀次の姿が凹みに消えて、「オエー」する古風妃美華。


 バシャ! スーパシャ! と、バスルームからドアの開閉音がする。

 入ったのを音で確認して、胸の帯付き札束をテーブルに放り投げた「イヒッ!」と肩を竦めて行動する「風華」と名乗った古風妃美華状態の響妃美華が……上着のポケットからスマホを出して……起動、アプリを見つけて……充電などジャック口に右の人差し指を突っ込むように触れて……ラーニングのハッキングを開始する。眼が赤く点灯する!


 ――0と1と、0と1が混ざった数字が猛スピードで羅列するその人工頭脳の裏側で――


 目の赤い点灯が! 通常のやや茶の眼(まなこ)に戻る! ニンマリした古風妃美華が、ドレッサーのミラーに箱入り口紅で大きく文字を書く。

『もう一度顔のチェックをね。I got!』

 キンピカ客室のドアを出て行ってしまう古風なままの妃美華。

「さー、もう、やっちゃう、ぞーおー……」とフェイドアウトするバスローブ姿の銀次。

 シャワーから出てきた銀次が……さすがに気がついて、ミラーの前で、呆然とする。

 ドレッサーのミラーに、『もう一度顔のチェックをね。I got!』と口紅文字!

ドレッサーにお試しコスメの箱入り口紅が一つキャップを外した状態で置かれている。

 リビングソファのテーブルに、縁に引っかかるように投げ置かれている帯付き札束!

 顎を手で擦る銀次……「あ! ああーあ。隠れん坊か、な? ハニー、ハニーやあーい! 何処に隠れているんだい」とリビングにある別のドアのはいぇにも開けて入って行く銀次……「よおーし、見つけたら、即、そこでやっちゃうぞ、ハニーやあーい!」と捜しまくる……持田銀次。


   *     *    *


 キンピカゴージャスなリビングの窓を閉じて、テーブルのソファに座る持田銀次。テーブル上のスマホがスピーカー機能実施中の表示画面が出ている……。

「と言う具合で、兄さん」と銀次が昨夜の出来事を締める。

「モッチーエージェンツ発動だ!」と持田金雄の声がする。

「まあった、兄さん。素性もわからないんだ」と銀次。

「スケベ心があだになったのか。ハニートラップか? 銀次」と金雄の声。

「でもー兄さん。現ナマはおいていった」

「そのスケ。もしかすると……」と何か思い当たるような口調の金雄の声。

「何か?」と銀次。

「いいや。いずれにせよ、こちらに罪的落ち度はない。警察に」と金雄の声。

「でもー家内に浮気が!」と銀次。

「なら、持ち資産を回収するのをあきらめるのか、銀次」と金雄の声。

「数十億! イヤだよ、兄さん」

「なら、検証させて。あらかた状況を掴み次第。モッチーエージェンツ発動すればいいさ。なあー銀次よ」と悪だくみ口調の金雄の声。

「なるほどーそうする。兄さん。まー察には握らせればいいか? お小遣いを」

「ばあーか。それが職務だ。余計なリスクを生まなくていいさ、普通に捜査させればいいさ。今時賄賂なんてどうせコンプラなんちゃらで受け取らないさ。銀次よ」と金雄の声。

「分かったよ、兄さん。じゃー」とスマホにタッチして電話を切る銀次。

 ドレッサーの鏡の文字を見る銀次……『もう一度顔のチェックをね。I got!』

 鏡に顔を近づけて、自ら顔を擦る銀次。

「もう一度って、悪くはないよな、天然の若づくりだし、俺」と呟く銀次。

 テレホン台の上の内線のボタンを押して……ふたコールの間、思いにふける銀次。

「フロントです」と声に、「ああ、もう支配人いるか?」「はい。支配人室に」「ああ分かった」と内線のボタンをタッチして切る銀次。

(隠密に済ませた方が……)と考えに、スマホで、『小江戸支配人』の受話器マークをタッチする銀次。スピーカーにして、テーブルにスマホを置く。

 ……呼び出し音が些か続いて……「遅くなりました、持田銀次様。支配人の小江戸です」と支配人の声がする。

「ああ、来てくれ、今日はKINGのほうだ」

「畏まりました。銀次様」と電話が切れた音がする。

 テーブルのスマホ画面をタッチして、スマホを手にしてドアの前でウロウロと歩く銀次。


 間もなく――ピンポン! とベルが鳴る。

 銀次がドアを開けると、四十五度のお辞儀をしている小江戸支配人がいる。

「ああ入ってくれ、支配人」

「はっ、失礼いたします」と一歩入ってドアを閉める小江戸支配人。

「内密に警察を呼んでくれ。捜査してもらいたいことが起きた」

「へぇー。はっ! 失礼しました。畏まりました。直ちにフロントに」と内線に近づく小江戸支配人。

「待った。内密にだ」

「ですが、警察が来ると、どのみち目立ちます」

「そこを、顔利きの小江戸支配人に頼んでいるんだ」

 小江戸支配人が自ら顎に一本指を立てて、「え……? あ……! 畏まりました」と懐からスマホを取り出し、掛ける小江戸支配人。「ああ竜次君かね、隠密で来てくれぬか……」

 背を向けている小江戸支配人を見て、微妙に口角を動かし……落ち着かない持田銀次。


 ――地下北口自由連絡通路の階段を、『八重洲口』へと上がるローアングルの妃美華……。


「銀次の奴め。女とみれば見境なしだ。彼奴にも内緒だが……アソシエーション復活のために。銭がいるんだよ」と、どこかの自社ビルプライベートオフィスでぼやく持田金雄の声。


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