ぼんやりとした零れ日の木陰で……その大きな花木の根を追う擬木壁材にゆったりと歩み寄って行く……キャメルカラーのパーカージャケットを羽織るように着た男は、響太浪59歳。この公園には、根を擬木壁材で囲われた広葉(ひろは)の大きな木が多数あり、それらの幹を覆う青々とした葉の狭間に臨める……青空。周囲の低層な家屋に阻まれ白みがかっている東の空を、腰を下ろした響太浪が仰ぐ……。

「……世知辛いねぇー」

 と、ぼやく響太浪が、パーカーの左のポケットから頭が飛び出しているボトルのお茶を出して一口飲んで……右のポケットから手探りで……おにぎりを一つ出し、フィルムを指示どおりに剥がしてノリを巻き、ひと齧(かじ)りする。

 虚(うつ)ろ気に向けるその視界にぼやけて……何やら動く影に焦点を合わせると、いつの間にか近寄っていた姉弟と思われる児童が、「あはっ」と笑って自ら鼻を摘まむ。

「嬢ちゃんたち、幾つ?」と無気力状態で問う響太浪……。

 女の子が三を指で出し。男の子が指で二を出すが、女の子が男の子の指を一本曲げて一本に直す。

「姉弟かな? お散歩?」

「ううんん」と首を振り、「あそこ」と振り向いて指を差す女の子。

 先に、どう見ても幼稚園の姿の子を連れた主婦らが井戸端会議している。明らかなる『日の出』文字の幼稚園バスが来て……出てきた先生らに挨拶をかわしつつ……それぞれが連れている男女の幼児を乗せて行く。

 一人の主婦が明らかにおろおろと周囲を見渡す……お仲間の主婦がこちらを指差す。

 慌(あわ)てた顔で……足早にくるその主婦! 幼児らの頭を撫でようとする響太浪……。張りを失った谷間でもまだ強調したいのか、胸開きブラウス姿の三十代半ばの主婦がツカツカと来て、話に夢中で我が子などほったらかし状態だったクセに、棚に上げて怒っている。

「人さらい。臭い! 触ったら警察呼ぶわよ」と我が子であろう姉弟らの手を取る主婦。

「ほほぉー」と朗らかな笑みを返す響太浪が、自らの体臭を嗅ぐ……。

「危ないの! ダメでしょ、汚い人に近づいては」と激怒する主婦。

「どうしてぇママ」と女の子が問う。

 姉弟の手を引き、目を細めて明らかに蔑(さげす)んだ表情で響太浪をみて、そっぽ向く主婦。

「おじさん。ホームレス?」と手痛い一発の遠慮なき一言を放つ女の子!

「たぁーあったりぃーやられたぁー」とお道化る響太浪……。

「だめよ。口をきいては。さ、行きますよ」と手を引いて行く……主婦。

「ふんっ」と俄かに笑った響太郎が、(もっと張りのあるお胸ちゃん頼むわ。目の保養にも……)と思いつつポケットからスマホを出して、(妃美華は何処だ……)とタッチ操作して起動させる。

 主婦の両手で牽引されていく男の子と女の子……振り向く男の子が響太浪に向かってバイバイし。「どうして?」と言った感じで細めた上目遣いを主婦に向けていた女の子も振り向きバイバイする。

 穢(けが)れ無きダブルのバイバイに、目尻が駄々下がりの響太浪が胸の前に軽く上げた手でバイバイする。

 通り向こうの公園口正面の古家の門扉に……通りを突っ切って、正しく通行して来た車にクラクションを鳴らされるが詫びる様子もなく……入って行く二人子連れの主婦。そこに横断歩道もなければ、黄色のセンターラインの対面交通道路をだ。

「へーへ。金持ちか」と朗らかな表情の太浪。

 今のやり取りを背景のように見守っていた他の主婦らも頷きあって、さよならジェスチャーをしつつ……蜘蛛の子の如く散って行く……。

 起動しスマホ画面に――アプリのマップを響太浪の指がタッチする。都内マップが出て――星形の赤い点滅が――指を広げてアップにすると、そこは東京駅構内と記される。

「今はそこが根城か」と俄かに笑った響太浪が、砕けそうになっている食べかけのおにぎりをいっきに上を向いて口に頬張り……ボトルのお茶を含んで一気に食道へと流し込む。

 おにぎりを食べ終わった響太浪がポケットにおにぎりのフィルムのゴミごと手を突っ込んで、ボトルをもう一方のポケットに入れ……立ち上がり歩みはじめる……。

「さあて、今日はどうすっかなぁ?」と呟く響太浪が周囲を見渡す。

 今見ていたのとは別の公園口から……男女の制服警官が、明らかに響太浪へと近づいてくる……。数メートルで男警官が響太浪に向けて指を差したのは明らかだ!

「ううん?」と流し見て視界の隅っこに警官二人を認識した響太浪が、幼稚園バスが止まった飲食物を失敬したコンビニも見える公園口に向かって歩き出す……。

 真っ直ぐ響太浪に向かって歩いてくる二人の警官……。

(彼奴らは常識論で決めつける。見間違いや偏見からくる冤罪も、自供権力の傘に正論となってしまう。あーあ、くわばらくわばら)と胸の内で思考する響太浪だが、歩調は何でもない通常を保っている。

 さらに公園正面口を歩道に出てきた響太浪が、何気に道むこうの古家を見る! 枝ぶりのいい松がお出迎えするレンガ造りの門扉にかかる郵便受け兼用の表札に、『持田』。

 少し顔を上げた響太浪の目に、偶然捕えた光景は――持田家の二階窓からさっきの姉弟が笑顔を振りまき……バイバイしている。

 目を俄かに細める響太浪……休日的無精髭面で朗らか癖の皺が深まる。

 響太浪にあと一歩! 推定5メートル弱と言ったところまで来た男女の警官だったが――テーマにしたドラマではない現状に――ホームレスッぽいと言うだけでは職質も強固にはできずで、立ち止まって何やら話し合い……公園口へと戻って行くのを横目に見る太浪。

「銭湯に行くか? 女の子も鼻摘まんでたしな!」と思いつつまた体臭を自ら嗅いで……公園外周の歩道上を歩き続けて行く響太浪の前には……木々の影ではっきりとは見えんが、遠くに白青コントラスト富士山が……角度を変えれば絶景が拝めている。


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