被害者面
小狸
短編
あまりに誹謗中傷が酷いので、開示請求を行うことにした。
五月病という言い訳が通じなくなってくる、五月中旬の話である。
私は、さるネット上の小説投稿・閲覧サイトで、小説を執筆している。
執筆している、などと格好つけた言い方をしてしまったが、別段私は、職業で小説を書いているというわけではない。
兼業ですらない。
小説を書いているのは、趣味である。
学生時代――かつては、小説で飯を食べていきたいと思ったこともあったけれど、現実を知って、それは諦めた。
いや――完全には諦めきれていない。
未だに、公募の新人賞に、仕事の合間に書いた小説を応募している。
まあ、引っ掛かる確率なんてほとんどないことは承知しているが、それでも、何もしないよりはマシだと思っている。
そんな風に応募用の小説を書く傍ら、私は掌編小説を投稿している。ほとんど手癖で書いた短編小説だが、それでも書き続けることは重要ではないかと、そんなことを思いながら、小説の執筆を続けている。
続けて、気が付いたら、その執筆は二百作を超えていた。
そんな中で、どこか予想していたのもあったけれど――変な応援コメントを送って来る輩が、一人いた。
応援コメントというか、もはやそれは誹謗中傷である。
この作品の瑕疵はどこかだとか、この作品は気に喰わないだとか、この作品の登場人物はどうかしているだとか、作者の考えていることが全く理解できないだとか、そんな言葉が生やさしくなってくるほどの、レベルの低い悪口雑言であった。
別に私自身は構わないのだが、他の人が見えるようなところで、不快にするような言葉を送って欲しくはない。
その旨を通達したら、今度はXのDMに来るようになった。
毎回、新作を投稿するたびに、誹謗中傷を送ってくるのである。
DMという隔離された空間だからか、応援コメントの時よりも、よりそれは酷くなった。
どう酷くなったかは、令和のこの世を生きる人々にとっては、もう例を挙げるまでもあるまい。人はどこからでも悪意を見出せるのだな、と、思い知らされた。
そして、行きつくところまで行き着いたところで、閾値を超えた。
私が、限界になったのである。
相手にやめろと言っても「アドバイスしてやっているだけ」「助言・批評はありがたく受け取るべき」などと返してくる。
精神的に、小説を書くことそのものが嫌になってきてしまったのだ。
流石にそれは深刻だと、私は判断して、開示請求を行うことにした。
今までの誹謗中傷の数々をパソコンからスクリーンショットし、知り合いの伝手で弁護士に持っていった。
その旨を、DMの内容を伏せて、「小説に対して誹謗中傷をしてくる方がいるため、開示請求を行うことにしました」と、ポストを投稿した。
するとすぐに、投稿主からDMが入ってきた。
今までの横柄な態度とは一変した、敬語であった。
「やめてください」
「お願いします」
「家族がいるんです」
「子どももいるんです」
「失いたくないんです」
そして今更のように、大量の応援コメントと称した誹謗中傷と、DMを削除してきた。
懇願は続いた。
既読にするのも面倒だったので、それもスクリーンショットを撮って、弁護士の先生に送った。
「無視しましょう」という結論になった。
最近の小説の時流でいえば、これが、「もう遅い」となるのだろうか。
爽快感や解放感とはかけ離れた、嫌な気持ちであった。
ただただ、目の前の哀れな生き物に対して、何を思えば良いのかを困惑していた。
誹謗すること、中傷することが、もう日常の中に組み込まれてしまったのだろう。
同情はしない。
共感もしない。
可哀想だとも、思わない。
本当、どいつもこいつも。
目の前に人がいるってことを、忘れてんだよな。
そう思って、私は今日も、小説を書く。
(「被害者面」――了)
被害者面 小狸 @segen_gen
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