第17話 魔法を使ってはいけません!

 そう言って、ランカの手を引く。頭一つ分小さいヒノキに連れられるランカは端から見れば、はしゃぐ妹とそれに尽きそう姉のようであった。

 焦げ茶の髪の色のヒノキと並ぶと、ランカの髪の色が純粋な黒色である事、その容姿の美しさと仕草の可憐さに行き交う人々はランカに振り返っていた。



「うぅ、ヒノキ様、やっぱり私、見られてますよぉ」

「わっはっは、ランカ君、何度も言うが君が可愛いからだよ。それだけ可愛いんだ。君は自分の世界に恋人はいなかったのかい?」

「私に恋人なんていませんよ! カルナ様にお仕えする毎日でしたから」



 ヒノキは立ち止まり、ランカの顔をまじまじと見つめる。

 ヒノキの笑顔に見つめられ紅潮するランカに、ヒノキはランカの頭を撫でた。



「ランカ君、恋はいいぞ。女を一段も二段も上げてくれる」

「ヒノキ様も?」



 ヒノキは遠くを見て頬を赤らめて頷いた。



「少女漫画でね。今度貸してあげよう。おっと、ここだね。ここのパフェは地球一だよ」



 牛と苺の可愛らしいイラストの看板の店『甘国』へと二人は入った。

 可愛い制服の店員に誘導されて、二人はテーブルについた。

 眼鏡をかけた巨乳の店員がヒノキに話しかけた。



「おいおい、ヒノキ、この娘誰だよ? 誘拐でもしたのか?」

「ふっふっふ、店長。私のお気に入りだよ」



 店長と呼ばれたその女性はランカを上から下まで見ると満足したように頷いた。



「ウチで働かせてみない? どうせアンタの所にいたらわけの分からない武器に囲まれて花を咲かせる事なく枯れちまうよ?」



 氷の入った水を一口飲んでランカに言った。



「だってさ? 私は雇用主ではあるが、君の自由を束縛するような真似はしないよ? ここで働くかい?」



 ランカは真剣な瞳をヒノキに向けて懇願するように言った。



「私は、ヒノキ様の側で働きたいです」



 店長はクスりと笑うと言った。



「フラれちゃった。全く、何処で見つけてきたんだよ? こんな都市伝説みたいな日本人。で? お客様方は何をお食べになりますか?」



 二人にメニューを渡すと、手を振って違う客の接客をしに行った。ヒノキはメニューをテーブルに置くと、地球の文字が読めないランカの為に写真に指を指して説明をした。



「ランカ君、この店のスイーツは何を食べても美味しいけど、好みもあるだろう。私はね。大の甘党だからオススメはこのバナナのパフェかな? あっ、バナナってのは何だろうねクリームのような野菜だよ。少し甘酸っぱい物が好みならこの苺かな? 苺はねー、うーん、食べて見れば分かるさ。アイスをヨーグルトのジェラートに変更する事も可能さ!」



 ヒノキの話の途中に、テーブルにレアチーズケーキをショートカットの女の子の店員が持って来た。



「おっと、頼んでないけど?」

「ふふっ、店長がウチのパフェを褒めてくれるからサービスとの事ですよ! ヒノキ様、どうぞ召し上がって下さい」

「有り難く頂戴するよ。ではパフェの方も注文しようかな。私はこのバナナパフェを頂くとしよう。ランカ君は決まったかい?」



 慌ててランカは適当に指を指した。



「ほぅ、王道のチョコレートパフェだね」

「そうなんですか? えっと……」

「かしこまりましたぁー!」



 元気に注文を取ると、店員の女の子は厨房へと消えて行った。ヒノキはフォークを持つとチーズケーキを大きく切り分けて食べた。



「こんなサービス中々しないくせに、店長のやつ色目を使いやがったな。ランカ君も食べて食べて!」

「はっ、はい! これ美味しいですぅ」



 チーズケーキに目を輝かせながら、小さく切ったケーキをもう一口食べた。

 年相応の女の子らしくスイーツに表情を緩めるランカをヒノキは微笑ましく見ていた。

 さらに注文したパフェの登場にランカは目を回しそうな顔で言った。



「これは……なんでしょう? えらく、本に載っていた物より大きいですね。そしてこんな麗しい食べ物は見た事がありません……こんな物、私が食べていいのでしょうか?」



 ガツガツとバナナパフェを食べながら、ヒノキは言った。



「据え膳喰わねば男の恥。まぁ出された物は残さず食べなさい的な? 私達の国の古来の格言だよ。遠慮せずにどうぞ」



 そうヒノキに諭されて、ランカはチョコレートパフェを恐る恐る食べた。口の中の温度がアイスで下げられ、ほのかに苦く甘いチョコレートの風味が口の中に広がった。



「ふっふっふ、やはり未知との遭遇だったようだね」

「はい、こんな食べ物が世の中にあるなんて思いもしませんでした。食べ物の芸術ですねこれは……」

「芸術か……、やはり私が見込んだだけの事はあるね。どうだい? 私の世界は気に入ったかい?」



 先の尖ったスプーンを置くと、代わりにナプキンを手に取り口を拭いた。



「ヒノキ様といると、私は自分がとても小さい世界の中で生きていたんだと思い知らされます。ヒノキ様の世界は、私の知らない事に満ちています。知らない事ばかりで不安よりも驚きの連続です。私の知っている事なんて、この世界には何もないのかも知れません」



 ヒノキはランカの話にうんうんと頷くと、空になったパフェの容器をスプーンで軽くチンと鳴らした。

 するとすぐに眼鏡をかけた店長がヒノキ達のテーブルに来た。



「おい、呼び鈴あるだろ? いいかげんその呼び出しやめろ!」

「帰りは店長に見送って欲しいから呼んでるんだよ」

「ったく、まぁいいや。ランカちゃんだっけ?」

「はい!」

「ここで働く件、考えといてよね」



 ヒノキとは違うタイプだが、真っ直ぐに自分を好いてくれる店長に照れて、頭を下げた。

 『甘国』を後にするとヒノキは言った。



「君の知らない事しかこの世界にはないと言っていたね?」

「えぇ、はい」

「そうでもないよ。ちょっと連れて行きたい所があるんだ。いいかな?」



 ランカは頷いてヒノキについて行った。

 電車とバスを乗り継いで、緑が多い田舎町に辿り着いた。

 ランカは電車もバスも不思議でたまらなかった。

 山を見るとランカは声を上げた。



「わぁ、ヒノキ様、綺麗な所ですね。空気が美味しいです」

「そうだね。私が育った所なのだよ。ネットの回線はよく切れるし、マーマはよく私をぶん殴るし、良い想い出ばかりだよ」



 ニコニコとそう笑って、ランカの手を握ったヒノキ、一瞬頬を緩めたランカだったが、ヒノキの手を引っ張ると叫んだ。



「ヒノキ様、下がって下さい!」



 その瞬間、ヒノキの近くにいた男の首元をランカは蹴り飛ばした。



「がっ!」

「刃物を胸に隠し持ってます。すれ違い様にヒノキ様を狙うつもりだったのでしょう。あと数人、殺気をこちらに向けている者がいます」



 気を張っているランカに対して、ヒノキは変わらずに笑顔を絶やさなかった。

 懐に手を入れる男の首を持つと、ランカは捻った。そんな中で銃をランカに向ける男がいた。



「これはダメだな」



 ヒノキがランカを庇うと、ヒノキの腕から血が流れた。



「いい腕してるね! 私に傷をつけるとは」



 ランカは瞳孔が開くと、頭から獣の耳が生え、氷の礫を銃を持つ男に投げつけた。



「へぇ」



 ヒノキは面白そうに半獣化したランカを見つめていた。



「貴様等、血液が凍った事はあるか?」



 そう言うと、ヒノキを狙う男達を吹雪が襲った。

 撃たれた腕を抑えながら、ヒノキはその光景を興味深そうに見ていた。

 男が撃った銃を、分厚い氷の障壁で受け止めるランカ。 

 さらに氷で出来た鏃を放った。

 ヒノキの命を狙う者の増援、大きな黒い車が到着すると、その扉が全開になった。

 上下にガトリング砲がついた巨大な銃器をランカに向けていた。



「これはいけない。その氷の盾を軽々と打ち抜く力をあの機械は持ってるんだ! ランカ君、走れるかい?」

「はっ、はい!」



 ランカの手を引いて、ヒノキは指を指した。坂を登った先にある敷地。

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