第四章 『legion march』 (合同作戦)
第16話 ヒノキ研究所の朝は……遅い
ヒノキはランカが作った昼食をたらふく食べると、食後のビールを飲もうとした。
普段ならロボットアームが気を利かせて持ってくるハズだったが、代わりに返ってきた言葉はこうだった。
「お姉ちゃんビール切れてるでぇ!」
ヒノキはそう言われ、一階にある小さなな冷蔵庫を自ら開けた。
数分その様子を眺めてヒノキは言った。
「買い出しが必要だね」
ヒノキはごそごそと机の中をあさり財布を取り出した。
普段殆どの物を研究所にいながら購入しているヒノキだったが、食べ物と飲み物だけはヒノキは自身で調達していた。
毒を入れられる等色々理由はあるのだが、只端に自分が見て、食べたい物を食べるというヒノキの個人的な信仰であった。
それに自分が店を回った方が得する事が多々あった。
ヒノキは財布を白衣の胸ポケットに入れると研究所を出た。
それを見たランカがヒノキを追いかける。
「ヒノキ様、私も行きます」
カストはランカが作った料理をゆっくりと食べながらその様子を見ていた。
「女の子の手料理食べるとかいつ以来だろう」
ヒノキの後ろを歩くランカを見て、ヒノキはランカの隣に並んだ。
「一緒に歩くなら並んだ方が楽しいよ?」
「いえ、私は雇われている身ですから横に並ぶなんて恐れ多いです」
「君の国ではそうなのかい? なら、この世界を征服した後はランカ君の世界を征服しないとダメだな。そんなルールは私は嫌いだ。私はね孤児院にいたんだよ」
「孤児院?」
「親のいない孤児を育ててくれるお人好しの集まる場所さ。私はどうやら捨て子だったらしい。それなりに楽しい場所だったけどね。普通の子が毎日良い物食べられてどうして私が良い物食べられないのか納得出来なかったよ。いつも経営難なひまわり園を見て、私は何度銀行にハックをかけた事か、それから私は沢山勉強して金持ちになろうと考えたんだよね。私が連邦を倒し、世界制服を成功した暁には私のように理不尽な不幸を背負う子供を終わらせる為に、私が世界を作り直す」
ヒノキの話を聞き、ランカは涙を流した。自分と同じ境遇、そして自分よりも過酷な人生を歩んでいるヒノキ、それでも全く希望を捨てない太陽のように力に満ちているヒノキを見て感動した。
「おいおい、泣く所あったかい?」
「ヒノキ様のお話を聞いていたら自分がとても小さく感じまして……ふっ、ふぇええん」
ヒノキは微笑むと、ランカの手を握った。そしてハンカチを渡す。
「女の子が公然で泣くもんじゃないよ。さぁ涙を拭いて、笑って?」
ランカは今までこうも優しく扱われた事がカルナ以外からはなかった。
自分を好いている異性から多々優しさの安売りをされた事はあったが、本心から何の見返りも期待しない優しさは始めてであった。
もう、その瞬間にはランカはヒノキに恋をしてしまっていた。
自分の常識を全て否定するような強い心と瞳。
ただ側にいれるだけで嬉しい。
鼓動が高まる。
こんな感覚にカルナ以外では絶対にありえないと思っていたが、ランカはヒノキを握る手が緊張の汗で湿った。
ヒノキの顔を見る事が出来ずに紅潮して前を向いて歩いていると、辺りにいる皆がランカの事をじろじろと見つめていた。
「私が別世界の人間だから変なのでしょうか?」
服が少し変わった物を着ているランカだったが、変な服と言えばいくらでも現在の地球では見られた。
問題はそこではなかった。
「多分、ランカが可愛いからだね。それに珍しい黒髪で黒い瞳だ。古代の日本人に近い容姿なんじゃないかな? 今の日本人は雑種が多すぎて瞳も髪も他種多彩だからね。そんなわけだから君が特別ではあっても変じゃないよ」
そう言われても、人にじろじろ見られる事にはランカは慣れていなかった。
ヒノキの手を握る力が強まる。
俯いているとヒノキの動きが止まった。
「おじさーん、焼き鳥おくれ!」
小さな肉屋の外で焼き鳥を販売していた。
前掛けをした笑顔の男性が店の奥から現れた。
「おや、ヒノキちゃん、何日ぶりかね?」
「二週間くらいかな? それよりおじさん皮串二本」
おじさんは少し困った顔をして頭をかいた。
「ごめんよヒノキちゃん、ちょっとガスの調子が悪くてね。今日はもう無理かな」
ヒノキは頷くと、ランカと握った手を離した。
「ふむ、じゃあちょっと見てあげるよ」
ヒノキがコンロを見てカチャカチャと中をいじる。そして一本の線を引っ張り出した。
「コネクタが焼けてるね。これなら手持ちで直せるよ」
さらに手際よくコンロを解体して組み直していく。そして、火をつけると、勢いよくコンロは着火した。
「ヒノキちゃん、やっぱり凄いねぇ! 明日修理だそうと思っていたんだよ」
「じゃあ、おじさん改めて皮串二本」
肉屋のおじさんは皮やもも、つくねに砂肝と十数本の串を焼いていった。それを紙袋に入れるとヒノキに渡した。
「これはサービスだよ。コンロ直してくれたし、美人さんも見れたし」
「全く、おじさんの男前ぇ! にくいね。今度またみんなで飲もうよ!」
「おうよ! ヒノキちゃんや、そっちの美人さんがいればおじさんいつでも行っちゃうよ! あと、あの口数の少ない兄さんにも宜しく言っておいてね」
そう言って、ヒノキは手を振って肉屋を後にした。
大量の鳥串の一本を取ると、それを銜えた。
そして同じ串を取るとランカに渡す。
「おじさんの焼き鳥すっごい美味いよ! はい、ランカ君あーん!」
あまりのヒノキの可愛さに、ランカは口を開ける。
そこに香ばしい焼き鳥串が優しく入れられ、ランカはそれを食べた。
城内ではこのような食べ方はした事が無かったが、ヒノキが美味しそうに食べる様に倣った。
この世界ではこの世界のルールがあると、そうランカは学んだ。
「こっちの世界は色々自由ですね。お店の人も皆一緒に笑えるなんて不思議です」
「まぁ、そうじゃない連中もいるけどね。自分達を特別な選ばれた人間だと勘違いしているんだよね。そういう奴らは永遠にこの美味しさを知る事はないんだろう。悲しい話だよ」
焼き鳥を食べ終わった串をヒノキは紙袋にしまうと、次の串を食べ始めた。
「私はカルナ様と言う、私の仕えている方のお父上に拾われました。同じ様に育てて頂きました。なので、彼女の為に生きて死ぬ事が私の人生だと思ってました」
「どうしてだい?」
「だって、命を救って下さった方ですよ?」
「勝手に拾って育てたんだよ。そりゃ拾った方にはそれなりの義務は生まれるよ。拾った方が責任を感じても君が感じる必要はないよ。私はそう思う。でも、私はその君を拾ってくれた人に感謝するね。こうやって私と君が出会えた奇跡を作ってくれたのだから」
またランカは涙腺が緩んだ。生まれ来てくれてありがとう。
恐らくは自分は望まれずに生まれた子供であった。
クオータである事の負い目を感じ生きてきた。
それも全てヒノキは受け入れてくれるような気がした。
「ヒノキ様……」
「なんだい?」
「私がもし、人間と人間じゃない生き物の合いの子だったらどうしますか?」
「それは素敵だね」
ランカにとって嬉しいや悲しいを通り越した想像もしない解答。
ランカは確信していた。
自分の居場所はヒノキの隣であると、カルナの事は好きだが、もし本能の赴くままに自分の仕える相手を選ぶとすればそれはヒノキ以外には考えられなかった。
「さてさて、次はランカ君の服を一揃えしておこうか? その格好も素敵だが、少し動きにくいだろう? 私の服では小さすぎて入らないだろうし、何着か用意しておこう」
ようはヒノキはランカに服を買ってやると言っていた。
それに対して、手を前に出しランカは断った。
「いえ、お召し物はこれで十分です。それに、会ったばかりのヒノキ様にそんなお手を煩わす事なんて……」
腕を組むとヒノキは高笑いを上げた。
「わっはっは! 私はね。絆という物は時間ではないと思うんだ。フィーリングだよ。私がそうしたいからするんだ」
ランカの手を引いて一軒のお洒落なブティックに入った。
着飾った女性店員が二人、ヒノキ達の前に来た。
「ヒノキ様、いらっしゃいませ」
「やぁ、久しぶり。この娘に上から下まで揃えてもらえるかな? 元々素材は最高だから、後は君達の腕を信じるよ」
店員はランカを見ると、満足したように次から次へと服を持って来た。
スタイルの良いランカは何を着てもよく似合った。
髪型もいじられ、着せ替え人形状態だったランカ。
そんな中の衣装でヒノキが目に止めた物があった。
それは絶滅危惧種のオオムラサキをあしらった浴衣だった。
昔の日本で夏の風物詩である浴衣だが、今や民族衣装を着るという習慣は殆ど無かった。
「ほぉ、ヤマトナデシコってやつかな?」
黒髪に黒い瞳のランカ、それは似合い過ぎるというレベルだった。
ランカはというと、今まで着た事のない不思議な服の数々に目を回しそうだった。
「こんな感じでどうでしょう?」
それは動きやすそうな服だった。何処かの私学の制服を彷彿させるようなチェックのスカートに同じ柄のタイ。
「いいじゃないか。凄く可愛いよ」
ヒノキに褒められて、ランカは顔を赤らめた。
試着した殆どの服をヒノキは買うと後で研究所に送るように店員に言ってウィンクした。
ブティックを出ると、ヒノキは肉屋で貰った焼き鳥を全て食べ尽くしていた。焼き鳥の入っていた紙袋を覗いてヒノキは言った。
「ふむ、少し甘い物が食べたいね。よし、ランカ君、デートをしようか?」
「デートって何ですか?」
「好き合う二人が楽しくお菓子を食べる事さ」
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