第12話 おいでよヒノキゲシュタルト研究所

「やぁ、おかえり」

「ヒノキ様、朝食をお持ちしました」


 ヒノキはランカが作った食事を見て目を瞑った。そして瞳孔が開くぐらい目を見開くと言った。


「それを君が?」

「はい、お気に召しませんか?」


 首を大きくブンブンと振るヒノキ。


「食べていいかい?」

「どうぞ。召し上がって下さい」


 ヒノキは白い白衣の胸ポケットから割り箸を出して魚を食べた。

 そして、ポトフの器に口を付ける。ガツガツと自分の分を食べ終わると水差しの水を一口飲んだ。


「ランカ君、私は君が欲しい! 君の作る料理をずっと食べていたい」

「ええっ、そんないきなり言われましても」


 ランカは顔を真っ赤に染めた。

 いきなりのプロポーズ、今まで何度か同じ事を言われてきたが、自分の口を強引に奪い。

 それでいて聡明なヒノキ。そして何より、ヒノキの瞳には濁りが全くない純粋な瞳だった。


「そのくらい君の料理が素晴らしいという事だよ。私は感動してしまった。私の仕事もはかどるという物だよ」

「ヒノキ様のお仕事は何をされているのですか?」

「そうだね。世界平和の為の道具を作っている事だね」


 淀みのない瞳でそう語るヒノキにランカは感動した。

 魔物の凶暴化が進んでいる自分達の世界に今一番必要な仕事だとランカは思った。


「それはどんな道具なんですか?」

「よくぞ聞いてくれた。まずはこれだ」


 机にあるボタンを押すと、掌サイズの四角い何かを取り出した。それが携帯端末である事をランカは知るよしが無かった。


「これはね。マルチツールと言って誰でもこの世界の人間は持っている物だよ。買い物や勉強、仕事や遠くの人と話す事も出来る。そうだな、これは危ないから、私の端末を貸してあげよう。はい!」


 ヒノキが同じような四角い物をランカに投げた。


「あっ、はい!」

「じゃあ通信するよ。ポチっとな」


 ランカの端末が光り小刻みに振動する。


「わっ! 何ですかこれ?」

「画面の動物のマーク押してごらん」


 耳が長い動物のマークを手で触れると振動が止まった。するとそこからヒノキの声が聞こえる。目の前のヒノキがしゃべっている言葉がその四角い物からも聞こえるのである。


「これは凄いです!」


 通信が切れるとヒノキは自分の持っている端末を見せて言った。


「そして、これは痴漢撃退用の能力もついているのだー! 連邦のパワードスーツの装甲を難なく切り裂く。振動レーザーソードと連邦標準装備のオークガンの三倍の破壊力を持ったレーザーを打つ事も容易い。だけどこれは欠陥品なんだよね。一つの端末で戦闘機一台分の料金がかかるんだ。誰も注文しなくてこの試作機だけあるのさ。これがあれば女の敵は星の散と化すのにね」


 そう言ってヒノキは扉に向かって端末の側面にあるボタンを押した。すると眩い光が扉を消し炭に変えた。


「ヒノキ様、すごいです! 魔導騎士でもそれ程の魔術はすぐには扱えません」

「そうなのかい? これはどんな人間でもボタン一つ押せばクソ野郎を地獄に送れる素晴らしい機械だよ」


 遠くから別の声が聞こえる。



「そう、誰でも簡単に人殺しになれるんですから、やたらめったら撃たないでください」


 消し炭になった扉の外で引っ繰り返って面倒そうに言うカストの姿があった。

 丁度出勤の時間に扉を開けようとしたら、腕時計としてつけていた兵器発見装置が反応し、咄嗟に伏せた事で命を落とさずに済んだ。

 元々、ヒノキの元で働いている為、カストもまた命を狙われる可能性があり、ヒノキがカストに渡していた物だった。

 確かにカストはそれで幾度となく命を救われてきたが、それは圧倒的にカストの命を狙う物ではなく、ヒノキの作り出した兵器によるものだった。


「博士、うちの研究所って労災つくんですか?」

「あっはっは、つくわけないだろう。非合法なんだから! そのかわり年金は徴収しないよ。ありがたく思え」

「自分はちゃんと納めてますから」

「カスト君、君は馬鹿だなぁ、年金なんて都市伝説、本当に信じているのかい? まぁいいや。聞き給え。ランカ君の作る食事は圧倒的に美味い」


 全く話が違う事にカストは重そうな目を開けてランカを見た。


「そうなんすか?」


 ランカは自分を褒めちぎるヒノキに顔を赤らめて言った。


「料理は好きですけど、その」

「喰ってみたいすね」


 カストが何気なく言った台詞にヒノキは頷いた。


「ウチの研究所の料理長だね。ランカ君、君さえ嫌じゃなければ料理を仕事にしないかい? 私は給料の払いだけはいいぞ」


 それにはカストも頷いた。


「それはそうですね。俺も給料よくなかったらこんな研究所……なんもないです」


 カストに向けて二丁の光線銃が狙いをつけていた。

 それ以上を口を動かしたら発砲すると言わんばかりにピンクと黄色のモニターがちかちかと点滅していた。

 ランカはこの研究所の人々を見て微笑むと言った。


「私で良ければ是非お願いします」


 パチンと指を鳴らすとヒノキは言った。


「交渉成立だね。さて今日の仕事ははかどりそうだよ。ランカ君の作る食事が食べれると思うと俄然やる気が出るよ。馬鹿なテロ組織が私の作る。ミシシッピフロッグガンを百丁欲しいだってさ! じゃあ警官隊にもそこはかとなく情報を流して対ミシシッピガン用のシールドを売ろうかね。テロの指定になりそうな所の地域住民の避難と破壊される家屋の持ち主に保険に入るよう匿名のメールを受信と……」


 カストはヒノキの仕事で入ってくる金額の事務処理を基本的な仕事としていた。

 兵器開発は殆どヒノキの趣味で、ヒノキの持つ研究所で量産されている劣化武器の密売が主な収入源であった。

 極たまに輸送機や戦闘機の改修パーツなんかが売れた際はすぐにボーナスが出る。

 カストも始めるまでは死の商人がここまで金になるとは思わなかった。

 そしてヒノキの売る武器は殆ど死者を出さない。綿密にそうならないように考えているヒノキの頭の中をカストは理解出来ないが、彼女といると飽きないので下について仕事をしていた。

 いつか世界を飲み込む程の虎になると思っていたが、彼女は元々世界征服をする気満々でいた。

 煙草を咥えながらカストは昔の事を考えていると、ランカがコーヒーを持って来た。

 異世界の人間なのに、コーヒーの入れ方が実に美味かった。

 大人として少女の身を案じて出た言葉。


「ランカさん、ありがとう。お家の人が心配してなければいいけど」


 少し困ったような笑顔を見せるとランカは言った。


「大丈夫です。私の事は皆すぐに忘れるでしょう。私はもうあの国には必要ないと思いますから」


 ずずっと行儀悪く音を立てて湯飲みでコーヒーを飲むヒノキは聞こえるように呟いた。


「まぁ、私の研究所にはランカ君は必要だがね」

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