第11話 日常物というアレ

「最悪、デビルレイのサルベージが出来なくとも、異世界の力を手に入れればそれ以上の力を手に入れる事が出来るかもしれない。そうなれば連合艦隊のコォアバーストを倒す事も容易いね」


 チェリー味の清涼飲料を飲み干すとヒノキはグラスを掲げた。


「諦めません! 世界征服するまでは!」

「「諦めません! 世界征服するまでは!」」


 ツヴァイとドライも同じ言葉を復唱した。


「じゃあ、そろそろ朝だからまたね」

「うん、じゃあお姉ちゃん、おはよう!」

「お姉様、おはようございます」

「おはよう。また夜に」


 そう言ってその部屋をヒノキは出た。すると瞳が開かれる。朝の光が眩しく再び閉じてしまう。

 少しづつ目を開き慣れさせる。完全に言う事を聞くようになった自分の五感に満足するとむくりとベットが起き上がった。


「およ?」


 隣に黒髪の少女が眠っていた。最近では珍しい黒髪の少女が誰か、転送されてきた異世界の少女、名はランカ。

 ヒノキには無い大きな胸が規則正しく上下していた。ヒノキはその胸を無造作に掴んだ。


「あっ……」

「感度よし、感触よし、完全に私達と同じだな。いや違うか、この大きさは何を食べたらこうなるんだ? 異世界恐るべし」


 ベットの上からランカをまじまじと見つめていると、ランカが目覚めた。


「んんっ、カルナ様のお食事の準備を」


 目を擦りながら起き上がったランカはぼーっとヒノキを見つめていた。


「えっと……いたっ!」


 頭を抱えて苦しそうに表情を歪めた。二日酔いであった。

 ヒノキに進められるがままにビールを飲み続けたランカ。普段から酒をあまり飲まないランカにアルコールの耐性は無かった。


「あっはっは、昨日私のペースで飲んでいたからな。ランカ君に酔い止めと水を!」

「はいはい、只今ぁ~!」

「ありがとう」


 ロボットアームが瓶に入った錠剤とグラスに入った水を持って来た。それをヒノキは取るとランカに渡す。


「さぁ、これを飲めば楽になるよ。さぁ」


 錠剤を渡そうとするが、ランカにはヒノキの言葉が聞こえていないようだった。少し目をつぶり考えるとヒノキは言った。


「感覚が揺さぶられて上手く伝わらないのかな? しかたない」

「んんっ!」


 突然の事にランカは瞳孔が開いた。

 目の前にはヒノキの顔がある。言葉を解せず薬を飲まないランカにヒノキは口移しで薬を飲ませた。

 ヒノキが調合した即効性のある酔い止めの薬が効き。楽になったランカは叫んだ。


「ヒノキ様一体何を……」

「私がこんな事するのはランカ君が可愛いから特別だぞ!」


 そう言ってペロりと舌を出した。ランカは真っ赤に顔を染めて俯いた。その様子に頭をかいてヒノキは言った。


「うぅ~、ごめん! そんな嫌だった? なんというか薬飲まないとランカ君辛いだろうし」


 ランカは顔を横に振る。


「……だったんですぅ」

「えぇ? 何だって?」


 据わった目でランカは叫んだ。


「私、その接吻は初めてだったんですぅ!」


 一瞬固まるとヒノキは腹を抱えて笑った。


「あっはっは! うっひゃひゃっひゃ!」

「何を笑っているんですかぁ!」


 ひくひくと引き笑いが止まらぬまま、ランカのおでこにキスをした。


「ひゃっ!」

「これはね。アコラーデって言って私達の世界の挨拶なんだ。君達の世界にはないのかな?」

「違う世界?」


 ヒノキはランカに分かりやすいように説明した。

 ヒノキ達がいる世界とランカの世界は違う世界である事。

 ランカはこちらの世界に文様を通じて呼び出されてしまった事。


「そうでしたか……勇者様を召還した魔法陣に私が吸い込まれるとは予想もしていなかったので」

「勇者? なんだい、その不愉快極まりないのは?」

「えっと、私達の国、いえ世界を魔物から守る為に呼び出した勇者様、名を確かレイ様と名乗っておりました。銀色の鎧に身を包み、空を飛び、海を焼く程の力を持っておられる凄い方です。私も手合わせさせて頂きましたが、軽くあしらわれていました」

「ふむ、勇者と名乗るだけあって凄まじいな」

「えぇ、私はその勇者様に敗れて、城に戻った所、魔法陣に吸い込まれたようです」


 パチンとヒノキは指を鳴らした。


「成る程、これで私達とランカ君の別々の世界が存在する事だけは確実のようだ。ではこの本に記された文様の使い方は分かるかい?」


 不可思議な文様が多々描かれている本をランカに見せた。ランカはその本を大事そうに掴むとページをぱらぱらとめくった。食い入るようにそれを眺めて本をヒノキに返した。


「この魔法陣は知ってます。勇者様を召還した時に大広間に描かれていた物と同じです。でもこの魔法陣の使い方は分かりません。私達の使う魔術とは全く違う魔法陣です」

「魔法? 君達の世界には魔法があるのかい?」

「えぇ、いえ魔法を使えるのは国の頂点に立つお方だけです。私達は精霊の力を借りた魔術を使います。それも魔法陣を用いる物があるんですが、その本にある物は見た事がありません。そして、その本は私の国、セイレーンの王、カルナ様が持っていた物です」


 乱雑に扱っていた本だったが、ヒノキは王の持ち物と知り、本を布を置いたテーブルに置いた。

 そして、紙に保存液を霧吹きでかけると乾いた布でそれを拭き取る。


「ほうほう、これは王の持ち物なのかい? ならこれは宝だね。いや、私としても宝ではあるけど、返さないとかそういう事はないよ? 文様は全て画像データとして取り込んであるからね。君達の使う魔法は私達で言う所の科学だと私は思うのだよ」

 ランカは頷く。


「こちらの魔術は科学という名前なんですね」

「うん、そうだよ。それを証明したいと思うのだよ。手伝ってくれるかい? ランカ君」


 ヒノキにそう言われてランカは頷いた。


「はい! 一宿一飯のお役には立ちます」


 それを聞くとヒノキは笑った。


「そんなのは気にしなくていいさ。さて、いつまでも私の寝室にいないで、朝食を食べようか?」

「それでは台所を貸して頂ければ何か作ります」

「君は料理が出来るのかい?」


 驚愕の表情でヒノキはランカを見つめた。


「えぇ、自分の食べる物はいつも自分で用意していました。私は食事を用意してもらえるような身分ではありませんので」

「私は世界の全ての事を知っている。だけど料理だけはどうも出来ないんだ。料理が出来る人間という者は私にはまさに神だよ。人間は食べないと死ぬからね」


 あまりにも大げさな物言いに口に手をあててランカは笑った。


「ふふっ、じゃあ朝食の準備をしますね」

「うん、じゃあ厨房に行こうか?」

 

 ゲシュタルト研究所の殆ど誰も触らないキッチン。

 ゲシュタルト研究所は地上二階、地下十階建ての構造をしていた。その地下三階にそこはある。それは高級レストランの厨房にも劣らないような設備だった。

 巨大な冷蔵庫にはびっしりと食材が収納されている。適当に切って食べるか、適当に火を通して食べる事しかしないヒノキの研究所の無駄施設。 

 ヒノキに連れられた厨房の広さに驚くランカ。


「すごいです。魚に肉も、野菜もあるんですね! どれも見た事がない食材ばかりです。何か燃やす物はありますか? 火をおこします」


 腕を組むとヒノキはクックックと笑った。


「ランカ君、では私達の魔法を見てもらおうか、手元にあるボタンをおしたまえ」

「これですか?」


 着火と書かれた丸いボタンを押すとコンロに火がついた。


「発火石を使わずに、魔術のスペルも無しに火がついた! 凄いです! ヒノキ様」

「火を消す時も同じボタンを押すといいよ。じゃあくれぐれも火には気をつけてね」


 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取るとヒノキは厨房を後にした。ランカは多種多彩な香辛料を一つずつ味見し、食材も味を見ながら自分の国の味付けに近い料理を作った。

 野菜が柔らかくなるまで煮たポトフに塩を大量に使った魚料理。ポテトをすり込ませたパンケーキを作った。


「しかし、凄いです。これ程の物があればコック達は随分楽が出来るでしょうね。ヒノキ様は是非我が国に招待したいです……」


 自分の国は誇りであった。親友であり、仕えていた君主のカルナの事も大好きだった。

 しかし、その国を捨てようと思っていた自分が国の事を考える事に少し後ろめたい物を感じていた。

 そうこう考えながら皿に作った物を盛って厨房を出た。

 扉が一つあるが開かない。無理矢理開けようかとも思ったが、扉を壊してしまいそうだったのでそのまま少し待っていると何処からともなくヒノキの声が聞こえた。


「あー、ごめんごめん。エレベータの使い方分からないよね。扉に二つボタンが並んでいるだろう?」


 扉の右側に上下に並んだボタンが二つあった。ランカが頷くとヒノキは再び話し出した。


「その上にあるボタンを押してごらん。すると扉が開くからさ」


 言われた通りにランカはゆっくりと上にあるボタンを押した。カチっと音が鳴り、少しすると目の前の扉が開かれた。


「それで、えっと私は今一階にいるから1のボタン……は分からないね。上から二つ目のボタンを押してくれれば私がいるよ」


 先程とは違い沢山のボタンが並ぶ中、上から数えて二つ目のボタンをカルナは押した。

 厨房に来た時も乗ったが、不思議な感覚だった。

 小さな部屋に入ると違う場所に行ける。開いた先にはヒノキが笑顔で待っていた。

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