第三章 『working the other world』 (それぞれの戦場)

第10話 ヒノキ・ゲシュタルトの憂鬱

 それは数時間前の事だった。

ヒノキは酒でテンションが上がり、本に描いてある文様を描画ソフトで大量に描いていた。


「この本によればこの文様を並べて行く必要があるようだー!」


 自信満々にそう言うヒノキにカストは尋ねた。


「本の内容、解読できたんですか?」


 不適な笑みを浮かべるとヒノキは叫んだ。


「フィーリングだよ。もはやこの文字を読もうとは思わん。想像した通りに行動するまでよ! かの有名なケーニッヒ・ブロイラー博士もこう言っていたではないか! 科学とはそれつまり妄想する事であると」

「誰ですか!」


 ピンクのモニターがカストの前に謎の黒人男性のデータを表示する。それがケーニッヒ・ブロイラー博士なのだろうが、カストの記憶に1ミリも触れないことから、怪しげな科学者の一人なのだろうと理解した。

そうこうする内にヒノキは床に大量の文様を印刷した紙を適当に配置していく。

カストは以前どこかで読んだ曼荼羅みたいなだなと思いながらその様子を見ていた。

ヒノキのする事は理解出来ない。理解しようとも思わないが彼女が本当に天才科学者であるという事だけは確かだった。

ネジが数本ぶっ飛んでいるのでそれ故にあまり評価はされなかったようだが、確実に軍事産業と技術を一段上のランクに引き上げた第一人者であった。

その点には悲しいかな、カストは尊敬していた。

ふとヒノキを見るとヒノキは印刷した紙の上に立っていた。

そして地面に指を指すと叫んだ。


「時空転送!」


 ヒノキのその様子を可愛そうな目でカストが見ていたが、紙に印字されている文様が輝き出した。

一体ヒノキがどんな玩具を使っているのかと眺めていると、爆発した様な強烈な光と共に煙がたった。

目が慣れてくるとそこには見とれてしまうような美少女がこちらを見つめているではないか……

 ヒノキがテーブルにあるビールを渡し、謎の宴会が始まった。


「らって、ひどいんれすよ。私は3っつの時からかるら様にお仕えしてらんすよぉ……きいてまふ? ひのき様ぁ」


 ヒノキが面白そうにランカと名乗った少女の話を聞きながらビールを飲んでいた。


「うん、分かる。分かるぞ! 私も世界征服しようとした瞬間にいなくなっちまった奴がいるんだよ。人生うまくいかないよな」


 ヒノキがそう言うと満面の笑顔を見せて抱きついた。


「ひのき様、やさしいぃ、好きぃ!」

「あっはっは、ランカ君は憂い奴だなぁ」


 ヒノキがランカの頭を撫でるとピンクと黄色のモニターが激しく点滅した。


「お姉ちゃん(お姉様)に!」


 点滅するモニターを見るとランカはモニターにキスをした。


「ドライ様もツヴァイ様も好き」


 モニターの点滅がさらに早まる。


「ランカちゃん、ええこやん」

「だねぇ、可愛い」


 ロボットアームがランカを撫でると、気持ちよさそうにランカは寝息を立て始めた。その様子をほほえましく見てヒノキがカストに言った。


「カスト君、この子どうしよ?」

「知りませんよ!」


 ロボットアームがランカを抱きかかえるとベットへと運んだ。時折優しく頭を撫でる。


「まぁ、時空転送は出来る事が分かったよね。とりあえず一つ解決だ」

「いえ、何一つ解決してませんよ。むしろ何か拉致してるじゃないですか? それにこの娘、あの本に書いてある文様についても知ってるみたいでしたし」


 ランカはカストが見せた本を見て何か知っているような素振りをしたが、何も答えなかった。

 それをカストは怪訝に思っていた。

 考えるフリをして缶ビールを再び飲み出すヒノキ。

 それを見てカストはため息をついた。


「武器商人に誘拐犯、どんどん業が深くなって行きますね」


 缶ビールをテーブルに置くと、胸を張ってヒノキは答えた。


「私が世界征服をした暁には私は何をやっても罪にならないような法律を作ってやる。コンビニでお金払う前にお菓子食べたり。ゲーセンのコインゲームを揺らしてコイン落としても怒られないんだぜ」


 カストはヒノキが統治する世界はわりと平和なんじゃないだろうかと少し想像したが、彼女が政治を出来るとは到底思えず考えるのを辞めた。

 延々と飲み続けているヒノキを見て、これ以上は今日はする事がないと思ったカストは研究所を後にした。


「カスト君、あれぇ? 帰ったのか?」


 話し相手がいなくなり、ヒノキは缶の中に残ったビールを飲み干すと寝室に戻った。  

 そこには民族衣装のような服を着たランカがすやすやと寝息を立てていた。一つしかないベットなので、ランカの隣にヒノキは横になると目を閉じた。研究に没頭する時と眠る時が一番時間の流れが速く感じるといつもヒノキは思っていた。

 それは子供の頃からそうだった。

 授業の時間は無限とも思えるのに、夜に眠ると十時間くらいが一瞬で朝になる。 

 今だにその感覚は続き、どうしてそうなるかも理解出来ないでいた。分からない事が悔しくて、色んな知識を手に入れた。

 自分の考えにはある種の信仰のような物すら感じているヒノキ。 

 そして自分の理解の届かない面白い事が飛び込んで来た。

 今の所分かる事が限りなく少ない。


 そんな時、ヒノキは睡眠しながら考える事にしていた。不思議と何か妙案が思いついたりする。

 デビルレイの回収もその内何か思いつくだろうと深層心理の中でさらに考える。

 ドリームコントロールという夢をコントロールする術をヒノキは自然に会得していた。

 生きている間永久に考え、学習し続ける事が出来る。それが脳にどのような影響を及ぼしているのか、ヒノキの成長は十代前半で止まっていた。

 それの方が生活上得する事が多いのでヒノキは全く気にしていなかった。

 夢の中では三人の自分がいた。

 自分よりも幼い少女、自分よりも年上の少女。そして普段の自分。問答を繰り返し、考えを纏める大切な自分達。

 その二人と夢から醒めても話が出来るように生み出した人工知能がツヴァイとドライであった。

 今はそのオリジナル達が待つ夢の中の部屋へとヒノキは歩いていた。


「しかし、分からんな。あの女王製紙のプリンタ用紙に時空転送という裏機能がついていたのか? 何か国家の陰謀を感じるな」

「それは違うと思うで!」

「私もそう思います」


 ヒノキはその声のする方に微笑んで扉を開けた。


「だよね」


 ピンク色の髪をした小さな少女が椅子を引いた。


「ありがとう。ツヴァイ」

「どういたしまして」


 長いテーブル席のお誕生日席にヒノキは座る。

 その両サイドにピンクの髪の少女と黄色い髪の少女が座っていた。テーブルには所狭しとご馳走が並んでいた。その食べ物に手をつける事なく長いテーブルの先にあるモニターの電源を黄色の髪をした少女がつけた。


「何か分かったのかい? ドライ」

「うん、お姉様の目を通してずっと見てたから。はいお姉様」


 ドライはチェリーの味がついた清涼飲料をグラスに注ぐとそれをヒノキに渡した。

 ヒノキはグラスに口をつけてヒノキはモニターを眺めていた。それはヒノキが酒に酔った勢いで本に書いてあった文様を印刷し、その印刷した物を床に並べて時空転送と叫んだ。

 夢の中、素面のヒノキは自分の行動を見て頷いていた。


「うむ、これは確かに数時間前の私だねぇ」

「ここ、ここだよ!」


 ドライがレーザーポインターを指した所、それはヒノキが時空転送と言った時に、紙に書かれた文様が反応し光っていた。


「音声認識してるのかな?」


 ドライは大きなローストビーフを切り分けるとツヴァイとヒノキの皿にそれを乗せた。


「そうそう! そうやねんお姉ちゃん。これ、電波受信と似てんねん。でも何の装置もなくてこんな事が出来るなんてありえへんやろ? 魔法やでこれ」


 他の科学者なら手を叩いて笑う単語かもしれない。それを聞き、ヒノキはローストビーフを上品に切り、口に運んだ。


「魔法の理論化? 世紀の大発見。そして新しい領域の新科学」


 ツヴァイが逆手に持ったフォークでローストビーフを刺して、豪快に口に運ぶ。

 それを無理矢理飲み込むと二人に言った。


「信じられへんけど、転送されてきたのは人間の少女。聞いた事のない言葉をしゃべってはったやろ? あれ何処の言葉やと思う?」


 それに対して、ドライとヒノキは即答した。


「異世界だね(ですわね)」


 夢物語と笑うような事を平然と断言する。

 世の中の分からない事は全て予想や仮定でしかない。ちゃんとした映像情報が残っていない時代の事など全てがそうである。

 そればかりはどれだけ時代が進んでも解明されない事だった。

 それと同様にこの度の出来事は自分達とは違う特殊な科学の存在する世界があると仮定せざる得なかった。

 そう考えればまず、自分達の理論や常識は通用しない。そして、それを証明する事が出来るかもしれない異世界の人間と思える少女が手中にある。

 そして、ヒノキ達が出した結論は恐ろしいものだった。

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