第二章 『dual home stay』 (異世界からの来訪者)
第5話 一方、ヒノキ研究所では
ヒノキの研究所ではヒノキがずっと唸っていた。
「うーーーーー! うぅーーーーーーー!」
「博士五月蠅いですよ」
カストは仕入れと支出、売り上げの確認をしながらそう言った。
デビルレイの発進前の喪失。
何を仮定したとしても原因が分からなかった。
消えた。そう説明する他なかった。
夢物語ではあったが、カストが昔読んだ古い小説にこういう内容があった。
「物質転送」
電気を電波に変換して転送するというエネルギー実験は成功したが、それを質量のある物質となると不可能である事は立証されていた。
聞こえるか、聞こえないかのカストの呟きにヒノキは反応した。
「何だって! 物質転送?」
先ほどまで唸っていたヒノキが据わった目でカストを見つめる。さぁ説明してもらおうかというヒノキの表情に溜息をついてカストは言った。
「いえ、昔呼んだ空想小説にそんな物があったなと思いまして……」
「カスト君、君は私に次ぐ天才か? そうか、その考えがあった」
有名な学者が満場一致で出来ない事が大昔に証明された物質転送.
ヒノキもかなりの力を持った科学者であり、それが出来ない事である事は知っているとカストは思っていた。
「いやぁ、博士。現実的に不可能ですから」
「なんだとぉ!」
据わっていた目をつり上げてヒノキは叫んだ。
カストがホワイトボードで簡単な図を書いて説明した。
そんな装置があったとして、転送する物質の構成を一度、殆ど原子のような物にして、それを受ける側で再度構築し直す。まず受ける事が困難である上に復元の精度からしてもデビルレイのような物を転送する事が出来ない事を伝えた。
ヒノキは腕を組んでうんうんと頷いた。
「で、だから?」
カストも自分の分野の話ではないので、ヒノキに突っ込まれれば答えを濁してしまう所ではあったが面倒そうに付け足した。
「基本的には無理だって事ですよ」
「誰がそう言った?」
「量子力学の権威達ですよ」
「ほぉ、私は出来ないと言った覚えはないぞ?」
「えぇ、博士の顔と名前がその権威達の中にいた覚えもないです」
「じゃあその理論は間違っているな!」
反論する気もなくなりカストは黙ってヒノキの次の言葉を待った。
デビルレイの喪失は無視は出来ないが、兵器を作って売ってもらわないと生活に支障をきたす為、カストとしてもデビルレイ喪失からヒノキの意識が遠のいてくれればそれで良かった。
「その権威は神か?」
「いえ、実在していた人間ですよ」
「神ならざる人の子の分際で勝手な決めつけをして世の中の常識を歪める。何だあの? 私を強く勧誘し、私に侮辱されるや否や宣戦布告してきた老害達の組織」
「ストーン・ヘイト財団ですね」
手をポンと叩くと今思い出したというような表情をして笑った。
「そう、そいつらだ。世界を自分達が動かしていると勘違いしている残念連中。それと変わらない」
カストの知っている情報の中では確かに、その権威の中に財団に属している人間はいたなと思ったが、それを言うとヒノキは財団に対して武力行使をする危険性が考えられた為、黙っていた。
カストも認める程の天才、そしてマッドサイエンティストのヒノキだが、国家権力に匹敵する財団と本気で戦争をすればさすがに勝ち目がないとカストは考える。
以前の報復に対して動きを見せなくなったのは、ヒノキと戦争をした際の被害を考えて向こうが自ら引いたのだとカストは考えていた。
そんな心配をしているカストを尻目にヒノキは叫んだ。
「私はその物質転送という所を睨む。物質転送は出来る! 人に出来ないというのであれば私は科学という力を持って神になる。まずは、私の研究所にある物を勝手に転送した痕跡を見つける必要があるわけだ」
そう言うと、ヒノキはデビルレイが設置してあった場所へと向かい、虫眼鏡を持って探偵宜しく調べ始めた。
白衣を脱いだヒノキのスカートの中からチラチラとヒノキの白地にピンクの縞模様の下着が見え隠れする。
カストはヒノキが恋愛対象ではなかったが、目のやり場に困り咄嗟に言った。
「研究所への何者かのアクセスがなかったかログを確認します」
「おぉ、それは良い考えだ! アクセスが見つかればそこを一気に叩く」
カストは頷き、研究所への不正アクセスがないかを確認した。
実際、かなり強固なセキュリティをヒノキが独自に設定している為、何らかのアクセスがあればいの一番にヒノキの耳に入るハズであった。
それがないという事は不正なアクセスはなかったという事になる。
透明人間か何かがデビルレイを持ち去ったんじゃないかとカストは思い。
自分が珍しくしょうもない事を考えている事に笑えてきた。
ヒノキは地面に這いつくばって何か証拠を探していたが、実際転送装置かも分からない状態で、証拠なんて見つかるハズもないと、そうカストは思っていた。
「カスト君! 見つけたぞぉおお!」
そう、ヒノキは証拠を見つけたのである。カストは何を見つけたのか少し興味を持ってヒノキのいる場所に向かった。
ヒノキはカストの姿を確認すると、大きな本のような物を見せて高笑いを上げた。
「あっはっは! これを見たまえ」
カストはヒノキに手渡された大きな本。
随分古い紙で出来ており、また書いてある文字も記号のような文字で全く読めなかった。
ヒノキの研究所に本という物はない。全てデータ書籍、しかも不正にダウンロードした物しかなかった。
カストは続けて中を覗くとそこには多種多彩な文様と記号のような文字が書かれていた。
「これ何です?」
「それを今から調べるんじゃないか」
乱暴にカストから本を奪い取ると、それを電子レンジのような大きさの容器に入れると手帳程の大きさのパソコンのキーボードをタイプした。
「ほぉ、えらく質の悪い紙だな。これ、手作りっぽいな。何かの植物の繊維で作られてる。合成紙の紙じゃない。これ自体が古美術みたいなもんだな。それにこの文字、世界中の古代文字と照らし合わせても一致する文字はないな。記号か? それとも暗号、この文様も該当する物がないな。私の妹達にも調べてもらうか、ツヴァイ、ドライ、機動!」
巨大機動音と共に、ミュージックが流れる。ヒノキの前に23インチのピンクと黄色のモニターが現れる。そのモニターにヒノキは話し出した。
「やぁ、ツヴァイにドライ。おはよう。よく眠れたかい?」
ピンクのモニターが点滅して合成音声で話し出した。
もちろん声のモデルはヒノキ自身であった。
「お姉ちゃん、おはようさん。寝てる間も地球を最短で破壊する方法をずっと考えてたわ」
そう言うと、地球の何処にミサイルを撃ち込むのが効果的な破壊方法かを示した。カストはこの世界で一番危険な人物の所で働いているなと再確認しながら、その様子を見ていたら、突如ヒノキが涙を流した。
「ツヴァイ、君はなんて聡明なんだ。私は嬉しくて涙が出てしまった」
「何言うてんねん。お姉ちゃんには敵わんは」
ツヴァイとドライはヒノキの思考回路を元に作られた人工知能。ヒノキ自身をモデルにしている為、自画自賛しているだけなのである。
続いて黄色モニターが点滅した。
「お姉様、私達を同時起動したという事は、何か由々しき事態でも? ストーン・ヘイトと全面戦争ですか?」
話し方は違えどもどちらも攻撃的な人工知能だった。ドライの質問にヒノキはうんうんと頷いて言った。
「そうだね。ドライ、本筋を違えていたよ。君という冷静に物事を判断してくれる妹がいて私は至福の一言に尽きるよ」
可愛らしいメロディーが流れた後にドライは言った。
「お姉様ったら、私達もお姉様のような天才科学者が姉だなんて天にも昇るような気持ちですわ」
そんな自分で自分を褒める合戦がしばし続いてヒノキは研究所に落ちていた謎の本を差し出した。
天井からロボットアームが伸びてきて、それをめくり、備え付けのカメラで確認するとツヴァイが言った。
「お姉ちゃん、これ、この惑星にある言語やないで!」
ドライの返答に対して微笑むとヒノキは尋ねた。
「空間転送が存在すると君たちは思うかい?」
瞬時に答えを出すツヴァイとドライが珍しく長考して出した答え。
「お姉ちゃん(お姉様)! 空間転送は出来るよ!」
まず一般的な演算能力を持つ人工知能であればこのアンサーは絶対に出さなかった。
根拠がない事を回答しているのである。
「ほう、やっぱり君たちもそう思うかい?」
黄色いモニターが点滅する
「そうですね。私たちよりも高度な科学力や新しいエネルギーの理論化に成功していれば可能ですわ」
ヒノキの作った人工知能は単純な答えを出すのではなく、可能性の一つを例にあげて回答を出した。それにはカストは驚いた。夢物語のような答えではあったが、単純に理論上不可能であると世の全ての人工知能は答えるだろうが、ヒノキの作ったそれらは違った。
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