第一章 『magic and super technology』 (異世界と最終兵器)

第3話 水の国セイレーンの女王

 水の都と言われたセイレーン、スピンワールドと呼ばれた広大な大陸の中で、豊かな資源と大陸一の海軍力を誇り、強大な魔力を持つ若き女王が統治する平和な国である。

 しかし、年々増加する魔物の出現に、国の大幹部である六英の人間が集まり渋い顔をしていた。



「軍事国家バルカンの魔術戦闘部隊がスピカ山脈に進軍し、《・・》七曜を待たずに壊滅、撤退したという報告が入った」



 報告を聞いて、一人の気の強そうな男がいきり立って言った。



「我々も討って出るしかあるまい。魔物の増加は日に日に酷くなっている。スピカから遠い我が国でも随分被害が出ているのだ! 王よ、ご決断を!」



 皆が見た先に年の頃はまだ十代と言った少女が豪華な椅子に座って難しい顔をして言った。



「ケルトス将軍、落ち着いて下さい。貴方は我が国の兵士達の長なのですよ?」



 少女はセイレーンの女王、カルナ・シュシュ・セイレーン王。

 人魚の一族がこの国を作り、その末裔であるカルナは人間と人魚の血を有したクオータ種、その為、一般人よりも遙かに魔術の力が強く、国の象徴とされていた。

 カルナにそう宥められ、ケルトスは高ぶった感情を抑えた。



「王の御前で見苦しい所を……」

「いえ、貴方達が国の事を第一に考えてくれている事はよく分かります。しかしスピカ山脈の魔物の力は強力です。イタズラに兵を出しても無駄死にするだけでしょう」

「ではどうすれば? このまま魔物の脅威に怯えて生きていくというのですか?」



 他国との外交を担う、恰幅のよい女性。アコが嘆くように叫んだ。

 それをかなり年老いた男が一括する。



「国の危機とは言え、アコよ王に対して……」

「イリアナ、構いません。国が始まって以来の惨事です。私の力不足も認めましょう」



 カルナが少し寂しそうな笑みを見せた。

 途端にそこにいた幹部達がカルナに叫んだ。



「王に力が足りない事などございません」

「そうです。王がいるからこそ我らと民が笑えるのです」

「どうか、お顔を上げてください」



 カルナはくすりと笑うと、満面の笑顔を向けた。



「セイレーンの六英にここまで励まされるとは、本当に私は贅沢な王です。守りましょう。絶対にこの国を! セイレーン王家に伝わる秘術を使います。私にうまく出来るか分かりませんが……」



 イリアナを除き、その場にいた五人が口々に呟いた。



「秘術?」



 イリアナはゆっくりと話し出した。



「昔、カルナ様の先代である。人魚族の王、カルトラム王がこの地に凶悪な魔獣が現れた時、異世界の勇者様をお呼びなったと言われている。その者、光の御髪に光りの鎧を纏い、光の剣を持って魔獣を討ち滅ぼしたと言う。それ以降、この地は太陽の光と尽きる事のない水の光に満ち溢れている」



 イリアナが話し終えるとカルナは頷いた。



「今一度、勇者様をこの地に降臨して頂くのです。悪しき魔物を討ち、セイレーン、いえ、スピンワールド全土に平和を取り戻します。私は勇者様を召還する為の禊ぎに入ります」



 そう言うと、カルナは従者を一人連れて、城下にある森の奥の滝へと向かった。

 従者は同い年の黒髪の少女ランカ、カルナの幼なじみであり、唯一気が許せる友でもあった。

 ランカもまたクオータであり、耳が少し尖っていた。目を細め、いつも笑顔が絶えないランカ、カルナの着替えを大事そうに抱えてカルナの後ろを歩いていた。



「ねぇランカ」

「何ですか? カルナ様」



 昔はちゃん付けだった間柄だったが、いつしかランカはカルナを様付けで呼ぶようになっていた。それは至極当然の事だったが、カルナはそれが嫌でしかたがなかった。



「いつも言ってるけど私と二人の時は……」



 ランカはカルナの唇に指を当てた。

 その表情は変わらずにニコニコしていた。



「それ以上は言ってはいけません。そして何でしょうか?」



 ランカはそう言って、後ろで結った髪を揺らしながら歩いた。カルナは少し思う所を残しながらも自分が言いたかった事をランカに訪ねた。



「勇者様ってどんな人だと思う?」

「きっと素敵な殿方なのでしょう」



 ランカに即答され、カルナは赤面した。

 物心ついた時に王であった両親を亡くし、六英に助けられながらも幼くして王としての運命を受け入れたカルナに、異性との関わり、ましてや恋愛などした事はなかった。

 そんなカルナの想像上の勇者とは、幼少期に読んだ絵本に出てくる勇猛果敢で格好いい王子様のそれだった。その王子は国を害悪から守り、自分を特別な存在として見てくれる。

 そんな夢物語はありえないのだが、カルナは自分の想像と合致した事をランカが言ったので慌てて反論した。



「勇者様は神の御身を持つ方かもしれません。殿方とは限らないでしょう!」

「素敵な方であれば、私は女性でも男性でも構いませんよ。きっとセイレーンをお守りいただけると信じております」



 ランカは自分で言って納得したようにうんうんと頷いた。

 同い年なのに少し大人の雰囲気を持っているランカ、珍しい黒い髪に整った顔、若い兵の中でも人気がある事を度々聞いた事があった。

 十六才、普通の町娘なら結婚する年頃だが、自分の従者である事がランカに女性としての最高の喜びを奪っているのではないかと常々カルナは思っていた。



「ランカは好きな人とかいないの?」

「私は王様が好きです」



 ランカは即答した。



「ありがとう……じゃなくて、男性で好きな人よ。貴方はいつも色んな男性にお誘いを受けているでしょう?」



 少し考えるような仕草をすると、思い出したように話し出した。



「そういえばそんな事もありましたね。興味がないのでお断りしておりました。私は私よりも強いお方、カルナ様を共にお守り出来る方にしか興味がありません」

 その一瞬だけランカの目は開かれ鋭い目をしていた。ランカはフェンリルという狼の血が宿っていた。人を遙かに越えた身体能力を誇っており、一般の兵程度ではランカには勝てない。

 常時笑顔でお淑やかなランカからあまり連想されない為、カルナの召使いのように皆思っているが、それだけではなかった。カルナの身辺警護をする事がランカの主な仕事であった。



「貴女より強い男性なんて中々いないわね。軍団長の……」

「単騎での戦闘ではこの国のいかなる方にも負けるつもりはありません」



 ランカは表情を崩さずにそう言う。



「じゃあ、誰なら貴女よりも強いかな? 貴女と結婚出来る男性は一握りしかいないわね」



 ランカは自分の唇に指を置いて呟いた。



「勇者様……でしょうか?」

「そんな、ダメよそれは」



 明らかな動揺を見せるカルナに首を傾げるランカ。



「何故ですか?」

「それは、えっと、とにかくダメなのぉ!」

「分かりました。カルナ様がそう言うのであれば何か深いお考えがあるのでしょう。恐れ多い発言でした」



 カルナはただ自分の想い人になるかもしれない相手にランカが恋をされたら自分では勝ち目がないと思った。

 カルナは自身が思うより遙かに美しい容姿をしているのだが……

 透き通るような青い髪に琥珀色の瞳、太陽の光に焼かれた事などないような白い肌。

 実の所、ランカ以上に兵達に人気があった。

 そんなカルナが一番気にしている点は胸だった。


 同い年、同じ物を食べているハズなのに、ランカの胸はふくよかで、逆にカルナは膨らんでいる事がかろうじて分かると言った所だった。

 以前、ランカの行水を見た時からカルナはそれはそれはそこを気にかけていた。

 スピンワールドでは珍しい真っ黒な美しい髪、そして黒い瞳、そして真っ白ではなく少し黄がかった生命力を感じさせるような肌の色。

 その全てが珍しい上に容姿も美しい。

 勝てるわけがないと思っていた。

 それでも、ランカに好きな人が出来たら心から祝福してあげたいと思っていたが、勇者に関してだけは譲れなかった。

 そんな悶々とした妄想をしながら、森の滝へと辿り着いた。


 美しい滝、子供の頃は喉が渇いたら杯で水を注いで二人で飲んだなと思い出していた。

 とても冷たく、美味しい水。

 それが今はカルナの身体を容赦なく打ち付ける。

 身体の体温を奪っていく滝の水、まさに生きた水がカルナに襲いかかっていた。人魚の血を持つカルナは水の加護を受ける事で一時的だが爆発的に魔術の力を高める事が出来る。

 王家に伝わる秘術を使うために自分の限界を超えた魔術の力がどうしても必要であった。気を失うくらい魔術の力を高める為に何時間も禊ぎを続けた。

 生気を失い、焦点の合わないカルナ。

 ランカはカルナの水分を拭い着替えを手伝うとカルナを御姫様抱っこした。



「少しお休み下さい。私が城へお連れします」

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