第8話

 自宅に戻った俺は、最初に置時計を確認した。


「22時13分、予想通りだ」


 携帯電話で検索するが、この時間に店を開けている金取引店が見当たらない。

 俺はパソコンの電源を入れて、地図を確認しながら検索を続けた。


「転移!」



「うーーっ、朝日が眩しい」


 俺は今アメリカに転移して来た。店が閉まってるなら、開いている店に行けば良いのだ!

 マップを見て周囲の開けた公園を探して転移したのだ。

 実際に行った事が無い場所でも転移出来てしまった。これは素晴らしい発見だ。


 ★


「なんだ、イエローモンキー。ここはお前が来るような店じゃねーぞ!」


「そう言うなよ兄弟。こいつを見てくれ」


 俺は異世界の金貨を1枚、ギャングっぽい店員に渡した。店員は金貨を手で擦ったり、重さを量ったりしている。


「そいつがいくらになるか調べてくれ。値段次第で今後も沢山持って来る予定だ」


「あのなぁ。調べるのもタダじゃねーんだぞ」


「それ1枚を売った金は手間賃として、あんたにやるよ。俺は出来るだけ早く、価値を知りたいんだ」


「……訳ありか?」


 犯罪では無いが、確かに訳ありだ。異世界から持って来たなんて言えないからな。

 ゴールドの取引は世界中で大差ない金額で取引されてる。どこの国で売っても税金の問題くらいしかない。


「……ならウチの取り分は2割だ。書類はこっちで作って綺麗な金を振り込んでやる。イヤなら他を当りな」


 なんて話のわかる店員だ。手数料2割は痛いが、日本で税金に取られるよりは良いだろう。

 金貨の価値は今日中に調べてくれるようだ。俺は連絡先を教えて日本に帰る事にした。


「転移!」


 今更ではあるが、言語理解【S】は凄いな。訛りが強そうなボソボソッとしゃべる英語でも理解出来てしまった。

 今すぐ会社を辞めても、通訳として働けるだろう。それも全世界の言葉を通訳出来るバイリンガルとして。

 だがハイスペック過ぎるのがバレると、馬車馬のように働かされそうなので止めておこう。


 明日は、会社に辞表を出そう。最悪でも通訳として稼げるんだ。もうあんなブラックな会社で働く必要は無い。


 ★


「部長、退職したいので辞表を持ってきました」


「ああ? キサマ! 誰の許しを得て、そんな物を持って来た!」


 んー。相変わらず部長の言っている意味がわからない。

 辞表を出すのに誰かの許可が必要なのだろうか? 必要だとしたら部長だと思うのだが・・・


「会社を退職します。部長ではなく、社長に直接持って行くべきでしたか?」


「何を言っている! 勝手に会社を辞めれる訳が無いだろうがー!!」


 んー。今日も、部長との会話が成り立っていない気がする。言語理解【S】が有っても部長には無力のようだ。


「では誰に辞表を提出すれば良いのでしょうか」


「そっ、そんな物はゴミ箱へ捨てろ! 働けるだけで有難く思え!!」



「・・・あぁ、もしもし、今の会話は聞こえてましたか? ・・・はい、相手は部長の糞原です・・・」


「おい、キサマ。誰と電話をしている」


「・・・はい。・・・あ、ちょっと待って下さい―――


 ―――電話が通話中になったようで、部長との会話を労働基準監督署の方に聞かれてしまった・・・・・・・・ようです」


 部長の顔色が面白いように変わっていく。


「・・・ああ、火色ひいろくん。君の希望通りの日付て退職出来るように尽力しよう」


「本当ですか? では今日から有給休暇を取り、有給の消化が終わり次第退職します」



 長年勤めて来たが、今日初めて部長との会話が成立したような気がした。最初で最後の会話だったけど・・・


 これで異世界に自由に行ける時間が出来た。早速異世界に行きたいが、その前に売る商品を仕入れに行こう。

 まずは百均を数件廻って大人買いをする。当然購入した商品は収納魔法に入れていくので、どんなに買っても大丈夫だ。大丈夫で無いのは俺の財布の方だ。今回使えるお金は10万円しか無い。ここに来て安月給で働いていた事が仇となった。


 自宅に戻って、異世界に持って行く布団を用意しているとメールを着信した。送り主は俺の事をイエローモンキーと言った店員だった。

 ゴールドの含有量は70%くらいだったようだ。思ったよりも混ぜ物が多かった。それでも1枚1010ドルの価値だそうだ。

 手数料の2割を引いても800ドルは残る。10枚売るだけで100万円になる計算だ。


 金貨の価値が解れば、異世界で売る商品の値付けもしやすい。これで絶対に損をしない金額で売る事が出来る。


「転移!」



「オバサン、久しぶり」


「あんた、部屋に居たのかい」


 俺は冒険者ギルドの3軒隣にある安宿を長期で借りる事にしていた。高い宿でも布団は自前のを使う事になる。宿はドコを借りても大差ないと思ったのだ。


「宿代はあと何日分残ってるか、わかるかい?」


「……銀貨30枚受け取ってるから・・・あと3日分だよ」


「無くなる前に、追加で払うから宜しく頼むよ」


「そういう事は、金を持って来た時に言いな!」


 そりゃそうだ。金を払わないヤツが”よろしく”と言っても意味無いよな。早速金儲けをしよう。

 俺は商業ギルドへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る