17 Underholder《エンターテイナー》:後編

 ビールとじゃがバターをホクホクと楽しんでいると、二人の人影が近づいて来た。


「師匠、このお兄さんです! しっぽ届けてくださった親切な方!」


 服装は変わっているが一目見て分かる。ロプトとアトだ。

 ロプトは謎の眼鏡と付け髭を外しゆるっとした服に着替えている。黒曜石のような瞳を持った、塩顔のイケメンだ。アトは詰襟の清楚なワンピースを着て、背負っているリュックからうさぎのぬいぐるみが顔を覗かせている。


「これはこれは! 先ほどは弟子の尻尾を届けてくださりありがとうございました!」


 舞台を降りても彼らしかった。いつもこんな調子なのだろうか……


「いえいえ、そんな。無くさないで良かったです」


「ありがとうございますぅ! 良かったら一緒にこれ食べませんか??」


 彼女の手には串焼きが握られていた。

 おお……非常に旨そうだ。俺の間を見抜いたロプトが向かいの席に座る。


「じゃあ決定ですね~。アトこれで飲物を買って来ておくれ」


 俺とロプトに串焼きを渡したアトは代わりにお遣いを頼まれる。


「は~い」


 素直に彼からお金を預かったアトは人ごみの中へと消えて行った。

 やっぱりステージの喋り方は演技だったんだな。


「ささっ! 冷めないうちに召し上がってください!!」

「それではお言葉に甘えて、頂きます。……先ほどのステージ面白かったです」

「ホントですか~!! 嬉しいな!!」


 俺達は串焼きの肉を頬張りながら話し出す。ロプトは俺に顔をグイッと近づけて真顔で質問してきた。今日はよく綺麗な顔立ちの男に迫られるな……。


「お兄さん、どちらのファンですか? 僕? アト?」

「えっ……難しい質問ですね。二人とも良かったので……」


 答えにくい事を聞いてくるな。この人。無難に返すしかない。


「二人ぃ~?」


 不服そうに彼はつぶやいた。ええっ!? どうしよう! この雰囲気嫌なんですけど!! アトちゃん助けて!

 俺の願いが通じ、ちょうどいいタイミングでアトが帰って来た。


「お待たせしました~」


 そう言ってアトは両手に飲物を二つ持って戻ってきた。


「お兄さんお酒飲んでたので、レモンのお酒です! お肉にあうらしいです」

「ありがとうございます!」


 爽やかな香りがする! アトはもう一つの飲物をロプトに渡した。なんか……独特な香りがする。


「はい、師匠は店主お勧めの妖しいお酒です♡」

「何コレェ!!!!」


 アトは小首を傾げながら可愛く考えて答えた。


「え~っと。蛇がお酒に浸かっててそれを炭酸水で割っていました!」

「マムシィっ!」


 先生から聞いたことがある。マムシやハブといった毒蛇を酒に浸けて飲むと滋養強壮にいいとか。ロプトはすぐに冷静を取り戻し、コホンと咳払いをする。


「……まぁいいでしょう。お遣いご苦労様ですアト」

「あれ? アトさんの飲物は?」

「私、控室で飲物と食べ物を沢山いただいたので……なので私は雰囲気だけ一緒に味あわせてください♡」

「そうなんです!彼女食いしん坊で」


 笑顔のまま眉をしかめた彼女はロプトの隣にちょこんと座った。二人だけで飲み食いしているのは申し訳ないが、彼女がそう言うなら致し方ない。

 マムシ酒を一口飲んだロプトは「おお美味しい!」と上機嫌になっていた。そのテンションのまま俺に質問をする。


「お兄さん、お名前は何ていうんですか?」

「レンと言います。よろしくお願いします」


「レンさんは見た感じこの村の人じゃないみたいですが……旅の方ですか?」

「ええ、相棒と二人で旅してます」

「あれ? 相棒さんは??」


 まずい……あまり目立たない方がいいから、ウルドの詳細は伏せておこう。


「今日は疲れたみたいで、先に休んでるんです」


 質問攻めになる前に、こちらも聞いてみよう。


「お二人は兄弟ですか?」


 俺からの質問に彼は一瞬キョトンとして驚く。そして大げさな手振りを交えて語り出した。


「いえ、我々は芸事を極める為に3日前に結成した身。兄弟や恋人と異なり芸で結ばれた絆……」

「ただの師弟ですぅ」


 ロプトの寸劇を遮るように彼女はやんわりと答えた。

 通常でも、アトがツッコミ役か。


「三日前に結成してあの完成度はすごいですね! 驚きです」

「いやいや、彼女物覚えが良いので。ねぇアト」

「ありがとうございます。師匠」


 仲がよさそうで安心した。


「レンさんはどちらへ?」

「俺達はニブルヘイムに、ロプトさん達は?」


「我々はミッドガルドに向けて旅をしようかと。そうだ、ニブルヘイムに行くなら気を付けた方がいいですよ?」


「何か有ったんですか?」


「ええ、月の怪物が美女を探して彷徨ってるらしくて、アトはこの通りちんちくりんなので我々には何もありませんでしたがっ!」


「……チンチクリン?」


 知らない言葉だったのかアトさんはポカンとしている。この場では知らなくていいよ。アトさん。


「そ、そうなんですね? 僕達も大丈夫だと思いますが……貴重な情報ありがとうございます」


「……ちんちくりん……」


 頂いた飲物を飲み終わる頃にロプトは出来上がっていた。絡み酒な気配だったので俺達はここで別れる事に。


「はっは~! いい夜でした! レンさんヴィ セースまたね!! 運命を感じるッ!! 必ず再開しまショウ!!」

「ハハ~こちらこそ。おやすみなさい」


 マムシ酒を飲んで上機嫌のロプトはアトに引きずられるように帰って行った。

 変った人達だったが、楽しい夜だった。


 さて俺も明日に備えて宿に戻ろう。


 部屋に戻るとウルドはスヤスヤと寝ていた。と言っても、もちろん寝息は立てておらず、瞼を閉じて静かに横たわるだけだ。相変わらずドキッとしてしまう美しさだ。物騒なことを言わなければもっと可愛いのに……


 美女を狙うキマイラか……ウルドも美人だからな。嘘かホントか分らないが、警戒するに越したことは無い。俺も今日は寝よう。


 ◇ ◇ ◇


 酒の所為か、昔の夢を見た。


 子供の俺はパソコンに向かい合って、必死に文章を入力していた。

 この頃は旧世界の文字も覚えて、それを使うのが楽しかった。


 街の子供たちの間で宇宙人に向けてメッセージを送るという遊びが流行っていた。俺も新旧の文字を使い、見たことも無い遠い空の友人に向けてパソコンでメッセージを書いて発信していた。


 返信が無いかと毎晩確認しては、新たに書いて発信する。それを繰り返していた。

 いつの間にかその遊びは飽きてやめていたな……なつかしい。


「パパ~!何か届いてる~!!見て~っ!!」


 ―――そうだ、確か返事が届いたんだ。


「どれ、見せてごらん?」


 親父に椅子を譲り、届いたメッセージを開封して確認してもらった。読んでいる親父の空気が次第に変わる。


「レン! 本当に宇宙人かもしれない! 見てごらん??」


 そう言って笑顔の親父は立ち上がり、俺を椅子に座らせた。促されるまま、開封されたメッセージを読む。返事は旧世界の文字で書かれていた。


 そう、確かそこには『友達になろう……




『ねぇ、なんで一緒に死ななかったの?』






「……ン! ……レン! 大丈夫? レン!!」


 誰かが呼ぶ声と息苦しさで目が覚めた。呼吸を忘れていたようで息が荒くなる。

 ウルドが心配そうに俺を覗き込んでいた。


「うなされてたのよ? 大丈夫?? 汗かいてる……」


 彼女はタオルで俺の額の汗を優しくぬぐった。

 嫌な夢を見てしまった。子供の頃の思い出に悪夢を付け足されて……全身汗でびっしょりだ。気持ち悪い。俺はベッドからゆっくりと起き上がる。


「驚かせてゴメン。大丈夫……水、浴びてくる」

「うん……行ってらっしゃい」


 着替えとタオルを持って部屋を出た。歩きながら夢を反芻はんすうする。


 俺が、あの日森に行かなければ運命は変わっていただろうか?

 いや、その問を深く考えるのはやめようと決めたじゃないか。疲れているのか変な事を考えてしまう。


 この問いの答えも、いつか知ることが出来るのであろうか?


 過去の亡霊を追うように、俺達はニブルヘイムへと進んだ。

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