16 Underholder《エンターテイナー》:前編

 ミッドガルドを離れて二日目の夜。

 ヘンリーさんの家から帰ったウルドの様子がおかしかった。


 今夜の彼女はいつもと違い目元に力が無い。人間でいえば眠そうである。ややふらつきながら宿の廊下を歩き、部屋の前まで到着した。そして部屋に入った途端膝から崩れ落ち等のだ。

 慌てて彼女を抱きかかえるが、俺も一緒に床に倒れ込んでしまう。


「おい! 大丈夫か? 故障か?? 何というか……顔つきが……眠そうだぞ??」


「ごめんなさい……充電がわずかみたいで……レンは怪我しなかった?」


えええええっ!!!??? 充電がわずかって!!!


「俺は平気だけど……どうすればいいんだ?」


 彼女が充電している所なんて見たこと無い! どうしよう? 発電機借りて来た方がいいのか?? 彼女の荷物を椅子の上に避難させ、彼女の左腕を肩に回し、ゆっくりと立ち上がってベッドの上に座らせた。


「発電機を持ってるから……それを差して少し長く眠れば朝には動けるようになるわ……白い小箱の……」


 なんか……人間の寝不足と似ているな……腹が減ったじゃなくて睡眠で表現されるのか! しかも彼女は「ふぁ~」とあくびをした。生理現象まで再現するのか?? 芸が細かい……思わず感心してしまった。

 彼女の鞄を漁らせてもらい、発電機らしき白い小箱を手渡した。


「今日の修復で電力使い過ぎたみたいだから、今夜は充電の為に早く休ませてもらうわ……ごめんなさい……休みたいけど……体も拭きたい……」


 へっ!? まさか……俺に拭いてくれと言わないよな??


 緊急事態とはいえ、やや刺激が強いのだが……一応彼女の要求通り水筒の中の水を洗面器に入れてサイドテーブルの上に置いた。そして濡れタオルも準備する。俺は内心ドキドキしながら彼女を見守っていた。


 彼女は黙ってパーカーを脱ぎインナー姿になると、発電機からケーブルを伸ばしチョーカーに差し込んだ。


 すると彼女のチョーカーがぼんやりと光り、充電が始まる。少し動けるようになったのかタオルを手に取るも……バタンとベッドに倒れ込んでしまった。


 あああ……これは…………


「レン……ふいてくれる?」


 そんな、ふにゃふにゃな状態で頼まれると断れないんですけど!

 俺は薄目を開けながら彼女の機体の汚れを拭くのであった。


 ◇ ◇ ◇


 ウルドの体を拭くという重大な任務を終えた。


 いつもはウルドと話したり本を読んで過ごしていた俺は時間を持て余した為、村の夜市を見に出歩くことにした。そこで夕飯でも食べよう。

 今日は村の祭りの日らしく村の広場が賑やかだ。


 簡易的なステージが有り、みな思い思いに歌やダンスを披露していた。


 俺も露店で酒を買い、空いていた席に座りながらぼんやりステージを鑑賞していた。楽しそうに通り過ぎる人々からは、


「いやぁ! 今年の出し物のクオリティは高いな!」

「今年は負けないぞ!! 絶対に優勝してやる!」

「ああ、今年は旅の芸人が飛び入り参加らしいぞ!!」


 などなど聞こえて来た。ほろ酔いの陽気なおじさんの話によると、この村の人々は祭りが大好きらしく。今日という日を楽しみにしていたらしい。


感心していると、ステージが始まったようで拍手が聞こえてきた。


 ステージを見ると一組の男女が現れた。

 20代半ばの長身の黒いジャケット姿の男が、奇妙な眼鏡と付け髭を付けている。方や女の子は小柄でピンク綿菓子みたいなロングヘアーに、うさぎの耳を模したカチューシャを付け、ふわふわの襟巻を巻き、ふりふりの衣装を身に付けていた。

 華奢な腕にはピンク色のうさぎのぬいぐるみを抱えて……あ、白くて丸い尻尾も付けている。10代半ばか後半くらいだろうか? 彼女のかわいらしさに会場は沸いた。


「は~い!どうも~旅芸人のロプトです!!」

「アシスタントのアトですぅ」

「「二人合わせてロプアトです♡」」


 割れんばかりの拍手で会場からは「うおおおお!!アトちゃ~ん!!」と野太い声援が聞こえ、彼女ははにかみながら客席に手を振っていた。それを見たロプトと名乗る彼は不服そうな演技でに観客に声を掛ける。


「えぇ~~~!!僕の声援は??」


「「「「「ロプちゃ~ん!!」」」」」


 笑い声と共に野太い声援が飛んだ。ノリの良い村人たちだ。


「やぁ! やりました!! 僕のファン、アトより2人位多かったね!!」


「え~!! 師匠、社交辞令って言葉知ってますか? みなさん大人なので気を使ってくださったんですよ。ね~~~~?」


 彼女の突っ込みに会場はどっと盛り上がる。


「もう! みなさん酷いなぁ!!……さて!!今日は伝統あるこの祭りに飛び入り参加させてもらいます!! みなさんノリが良いから僕達もやり易いです! 旅芸人だけに、今後も度々・・来ようかな? なんちゃって!」


 うん、これはウケてない。客席がざわつく……絶妙な間を置いてアトがぷんぷんと可愛く怒りながらロプトにツッコんだ。


「師匠~~! つまらな過ぎて皆さんドン引きですぅ~!! 師匠の癖に~! 笑えないオヤジギャグ言うなんて、ざ~こ♡ざ~こ♡」


 ……変った喋り方をする子だな。旧世界の娯楽作品の中にもこんな単語を連呼しているキャラクターがいたなぁ。しかし、客席は彼女の虜になっていた。


「アトちゃんいいぞ~!! ざ~こ♡ざ~こ♡」


 そして観客も彼女に倣って野太い声で一緒に野次を飛ばしている。

 ノリが良すぎるだろう。もはや訓練されていないか?

 そんな調子で二人のステージは続き、無事彼等の舞台は好評で終わったのだった。


「じゃあね~! みなさんハーデバイバイ!!」

「ありがとうございました~♡」


 彼等がステージから降りて控室であるテントに捌ける時、彼らは俺の前を通りがかった。その時、ちょうどアトの衣装に付いていたフワフワの白尻尾がポロリと落ちたのだ。

 彼女は気づかずにテントに入ってしまう。


 あー……ふわふわだ。


 俺は尻尾を拾い、イベントのスタッフに渡したのだった。

 さて、屋台で何か買って食べよう。


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