15 RELIZA《レリザ》

 ―――RE

『再』


 ◇ ◇ ◇


 俺は修理部屋から出て、修理機体レリザを拾った時の詳しい状況とをヘンリーさんに聞きに行こうとしたら……


「あの子の状態はどうでしょうかっ???」


 彼がしがみつく様に尋ねてきた。相変わらずいきなりである。

 もう驚かないぞ! 彼のパーソナルスペースの測り方に慣れてきた。


「今、僕のアンドロイドを使って故障の情報を確認中です。それに時間がかかるので少し休憩をと思って」


 我ながら、うまい言い訳である。決してサボろうとした訳では無い。


「ああ、そうでしたか! 失礼しました!! お茶を淹れますのであちらの部屋にどうぞ!!」


 俺はリビングに案内された。

 そこには大小さまざまなロボットや、旧世界の製品カタログの一枚が額に入れられていた。そして、白黒の写真も数枚。


 彼はコーヒーを淹れてくれて俺に勧めた。温かいコーヒーを頂きながら俺は確認をする。

 

「ヘンリーさんはどうして彼女を拾ったんですか? あれだけ数多くの機械を集めている貴方なら彼女以外にもアンドロイドに出会う機会もあったと思うのですが」


「そうですね……確かに今までにも壊れたアンドロイドとは出会っていますが……彼女は特別なんです」


「特別?」


「ええ、一か月前に亡くなった恋人に似ていたんです。アンドロイドに面影を求めるなんて、おかしいですよね?」


 彼は困った顔をしながらも悲しそうに笑い、話しを続けた。


「恋人はプロポーズの答えを聞く前に病で逝ってしまって……あのアンドロイド実は三日前に僕の家の前で倒れていたんです。最初はデイマキナかもしれない……そう思っていましたが、雰囲気が彼女と似ていたんです。髪型やメイクが彼女と同じで……それで放っておけなくなって……」


 恋人を無くした後に現れた、恋人と雰囲気の似たアンドロイド……


「そうだったんですね……辛い話を思い出させてしまいすみませんでした……」


「いえ……こんなにも引きずってしまうとは。切り替えなくてはと思っているのですがついつい彼女との思い出に浸ってしまうんです」


「もしあのアンドロイドを治せたらなにがしたいんですか?」


「そうですね……私何がしたいんでしょうね。彼女はイライザではないのに……笑った顔が見たいかな」


 そう言って彼は壁に飾られた写真を見た。


 その写真にはヘンリーさんとあのアンドロイドそっくりのイライザさんの写真が飾ってあった。中にはあの作業部屋でイライザさんが作業する姿を写した物もあった。


「イライザさんも機械が好きだったんですか?」

「ええ、趣味が同じだったので。僕達は探索隊で出会いました」


「彼女も機械が?」

「ええ、彼女はパソコンに興味があったみたいで。形見としてもらったんですが、見てみますか?」


 作業部屋に戻り、布が掛けられた一角が有った。ヘンリーさんが布をとるとそこにはパソコンやいろんな周辺機器が有った。


「すごいですね。ここまで復元して」


 なつかしいな……父の机を思い出した。父の机も配線だらけで周辺機器が所狭しと並んでいた。少し形は違うが、父が使っていた物と似ている。もしかしたら起動できるかもしれない


「僕はパソコンに関してはカラっきりなので彼女が亡くなってからはそのままなんです」

「あの、こちら触らせてもらってもいいですか? 僕も父が復元したパソコン使っていたので操作には心得があります。壊さない様丁寧に取り扱いますので」


「ええ……。同志になら。こちらもお願いします」


 ◇ ◇ ◇


「ウルド、進捗はどうだ?」


 ノックしてウルド達の居る部屋に戻った

 ウルドは修理機体の口をとがらせて答える


「……この子なんか不思議なの。デイマキナじゃなかった。オーナーは……」


「イライザ=リトドゥ」


 その名前を聞いてウルドは驚き、今度は自分の口で話す。


「あら? 何で知ってるの??」


「彼女のパソコンの中に日記が有ったんだ。亡くなる数カ月前に見つけている。そして、プロポーズを受けた翌日に姿を消したらしい。ヘンリーさんからも話を聞いたから説明するよ」


 ◇ ◇ ◇


「ヘンリーさん。確認が終わりました」


 作業がひと段落したので、彼を部屋の中に招き入れた。

 部屋の中には椅子に座らされた修理機体が静かに瞼を閉じており、その隣にウルドが佇んでいる。


「どうでした!?」


「バッテリーが寿命でした。一時的にウルドから電力を分けて少し起動する程度に成ります」


「そうなんだね…… 僕の持っている発電機では全然充電されなかったから……彼女が目を開けたところを視られれば、ラッキーなのかもしれないな」


 彼はガックリと肩を落とす。


「それと、この機体のオーナのメッセージテキストが残っていたので、それを読み上げ再生はできるのですが、どうしますか?」


「メッセージ?」


「イライザさんです。この機体のオーナはイライザさん。機体名はレリザ」


「え……イライザが!? なぜ?? 聞かせてくれないか?」


「ウルド再生してくれ」


「承知しました」


 ウルドは機械的に返事すると、レリザの額にそっと触れた。するとレリザはゆっくりと瞼を開け、赤紫の瞳で正面を見つめヘンリーさんの顔を見るとニコリと微笑む。


 ぎこちなさは残るが、写真のイライザさんにとても良く似ていた。


「イライザ……」


 彼も思わず亡き恋人の名を呼びかける。

 しかしレリザは彼の呼びかけに答えるでもなく、メッセージを再生する。


「ヘンリー……レリザを引き取ってくれてありがとう。昨日はプロポーズをしてくれてありがとう。とても嬉しかった。ただ、答えを待たせてしまってごめんなさい。万が一あなたが出張から帰ってくる前に死んでしまった時に備えて、返事をこの子に託すわ」


 ヘンリーさんは驚きながらも静かにレリザに近づき床に膝をついた。彼女の手を包む様に握り締め彼女の話を聞く。レリザも彼の顔を優しく見つめながら淡々とメッセージを読み上げる。


「プロポーズの答えはイエスよ。あなたの気持ち、とても嬉しかった。でも、これを聞いていると言う事は、もうあなたと一緒にいられない。……あなたと過ごした日々はとても幸せだった。今度はおじいちゃんになったあなたと会いたいわ……沢山の思い出話を聞かせてね? また話せる日を楽しみにしている。じゃあ、一度ここでお別れね。ありがとう……あなたの幸せを願っているわ」


 レリザは読み上げが終わるとにっこり笑った。


「ああ……イライザ……」


 彼は彼女の膝で泣き崩れた……そして修理機体のレリザは静かに瞳を閉じる。


 ◇ ◇ ◇


 リビングで落ち着いた彼と茶を飲みながら話を聞いた。

 ウルドも俺の隣でアンドロイドの振りをして虚空を見つめて座っている。


「僕は闘病中の彼女にプロポーズしたんです。一日でも長く生きて欲しくて。でも答えを貰う前に亡くなってしまった。イライザはすごいな。僕が引きずってることまで御見通しだったみたいです。ダメだな僕……」


 彼女はもう自分が長くないと分かっていて答えを悩んでいた。日記にはその苦悩が書いてあった。答えを引き伸ばした彼女は万が一を考えて、ひそかに修理していたアンドロイドに返信を託した。そして意識を失いそのまま逝ってしまった……


「僕がプロポーズをした二日後に悪化して意識を失って……彼女の死に目に会えなかったんです。イライザが生き返ったようで……最後に名前を呼んで微笑んでもらえて嬉しかった」


「修理はどうしましょうか? バッテリーが見つかればもしかしたらウルドなしでも起動すると思います」


 ウルドに教えられた、事をそのまま彼に伝えた。


「いえ……彼女の最期に逢えたので、レリザはこのまま休んでもらいます。これ以上は彼女に怒られてしまう気がして。最後に動かしてくださってありがとうございました」


 ◇ ◇ ◇


 ヘンリーさんのコレクションの中に、ユミルのサーバーブレードが有った。

 それを見つけたウルドは一瞬化けの皮が剥がれそうになったが、プルプルしながら俺をみて、必死に無言で『これっこれっ』とアピールしたのだ。


 その様子をヘンリーさんに視られ


「どうしたんですか? もしや故障??」


「いえ、ただの熱暴走です。冷却すれば戻るので安心してさい」


 帰り道、ブレードを嬉しそうに眺めていたウルドであったが、だんだんと顔つきが鋭くなる。どうしたんだ? 壊れていたのか? そのブレード。


 ヘンリーさんの件は気になる所があった。なぜ、レリザは姿を消して、その後ヘンリーさんのもとに現れたのだろう?


「なぁ、ウルド。今回の件、なんかおかしくないか? 何でレリザはイライザさんが存命中に居なくなった? デイマキナとしてハッキングされたのか?」


「やっぱりレンも気づいた? ただ、デイマキナにはなっていなかったのよね」

「デイマキナになっていない?」


「そうなの、オーナーが居るアンドロイドはデイマキナにならない。オーナーから60日間触られなかったらオーナー不在と見なされデイマキナに成るけど……」


「じゃあ不具合か?」


「いいえ、ハッキングされた形跡があった。オーナー履歴を見たわ。形跡を消してるけど『アルカディア』というアカウントからハッキングされて約三週間動いていたみたい。一週間前に何かの拍子でオーナーがイライザに戻って、彼女を探してヘンリーさんの家にたどり着いたみたいね……そして電源が落ちた」


 アルカディア……


「それって月裏研究所の名前だよな? デイマキナをハッキングしてレリザを奪ったって事だよな。」


「ええ、両方とも正解。月裏はデイマキナを奪い取るルートに進んでいる……」


 ウルドは苦虫を噛んだような表情をした。月裏研も凄いな……創始者が管理しているロボット団体を奪おうだなんて……


「未来予測にはあったのか?」


「あるけど……確率は低かった。もし月裏がデイマキナを掌握した場合、地上は戦場に成るでしょうね……」


「そんな!……防ぐ方法は無いのか?」


「英雄派がセキュリティを改善するか、月裏のコンピューターをハッキングして妨害するか……デイマキナ自体を破壊するか……どちらにしろ、私達も妹と合流して新サーバーを組み立てないと何もできないわ……」


 おいおいおい……。また問題が増えてしまった……平和なこの地にまた争いが起きるなんて、それは避けたい。


「分かった……妹さん達との合流を急ごう」


「ええ、絶対奴らの思い通りにはさせない」




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