18 Niflheimr《ニブルヘイム》

 ―――村の老人はつぶやく。


 不穏の影はニブルヘイムに潜んでいる。

 夜になれば霧に紛れ冷気を纏い、亡霊と月の怪物は今夜も彷徨う。


 ◇ ◇ ◇


「いかにも幽霊が出そうな雰囲気ね……」

「……地元の人の前で、そんなこと言うなよ?」


 俺も同じことを考えて言葉を飲み込んだのに、ウルドは留めておけなかったようだ。


 ニブルヘイムは山に囲まれている地形上よく霧が発生する。しっとりと冷たい空気に纏わり付かれ、思わず身震いをした。空はどんよりと曇っている。


 この地は半年前、近くの山のふもとに月からの宇宙船が不時着し、月の怪物の襲撃を受けた。その為、街には当時の傷跡が残っている。


「ここにウルドの妹が……」


 一体どんな子だろう? 悪い子でなければいいが……


「そう、三姉妹の真ん中の『ヴェルダンディ』。町はずれにある研究所に降りたから近くに居るはずよ。オーナーは研究所に住むニイロ=ベルウッド」


 何でそこまで知ってるの? 俺は思わず目を丸くした。


「オーナーってランダムじゃなかったのか? 俺がウルドを目覚めさせたのは偶然じゃなかったのか?」


「そうよ。レンが私を目覚めさせることはかなり前から予測されていたの」


 必然だったと……。ひえーーー。


「怖いな。ウルドのラボに辿り着くとも限らないのに……でもはず・・って言うのは?」


「私が地表に降りたのが一番最後だったの。妹達は早く降り立って活動してるはずだからラボで大人しくしているって訳では無いの。予測では今日の夜、この町でヴェルは私と落合う予定よ」


「通信はできないのか? それに、未来が分かるなら場所も分かるんじゃないか?」


 なんてったって、高性能のアンドロイド姉妹だ。両方できそうなイメージはある。

 だが、彼女は困った顔で答えた。


「残念だけど今は出来ないのよね。彼女と出会う場所も一応分かるけどそんな簡単に行かないのよ、収束点は決まっているけど過程は繊細で変り易いの」


「……。つまり、リンゴを食べる未来は決まっているけど、どうやってリンゴを食べるかは変わる可能性が有るんだな?」


「そう、リンゴの調理法もリンゴを手に入れる方法もあるから何億何千通りとあるの」


「じゃあ、リンゴを食べない未来もあると言う事か?」


「あるわ。未来を知って『リンゴを食べない』という現象は、未来を知っている人間が効果的な邪魔をしない限りは起り得ない。物事は川の流れの様に確実にゴールに向かって……『リンゴを食べさせよう』と進むから」


「難しいな……まぁ、なるようになるって事か」


「ざっくりだけど、そう言いう事ね」


 つまり、何とかヴェルダンディとニイロには会えると言う事だ。心配しすぎて動けなくなるのも困りものなので、出来る事を進めよう。


「じゃぁ、夜まで時間が有るけど、先に研究所の場所を確認しに行ってみるか!」


 俺達は宿にバイクを置いて、街から離れた研究所に向かった。ウルドが居た遺跡より小規模らしい。遺跡を改修して研究所兼住居としているとのことだが……


 研究所が有るべきところにそれは無かった。


「なんてむごい……」


 ウルドもその一言を零し絶句している。


 有ったのは瓦礫の山だった。建物が圧縮されたかのように潰れている……建物を中心に半径30m程、周りの木々や草も薙ぎ倒していた。

 俺は肌が粟立ち冷や汗が額をつうっと流れ、頭の中で思い出したくない映像がちらちらと過る。俺の様子が気になったのか、ウルドが声を掛けた。


「レン大丈夫? 顔が青いわ……」


「ヨツンと同じだ……」


 彼女はその言葉を聞いて動きが止まる。

 目の前に有る光景とよく似が光景を俺は12年前に見ている。

 同じ壊れ方……つまり、ヨツンを壊した人物もまだ生きていると言う事か……。


「……レン! レン!! しっかりして」


 ウルドの声に気付けなかった。心配した彼女が俺の肩を揺さぶり、現実に戻ってきた。


「ああ、ゴメン大丈夫だ」

「長く見ない方がいいわ……レンは聞き込みに行ってくれる? 私はここを調べるわ」


 彼女の提案通り、近所に聞き込みをすることにした。


 どうやらこの研究所には若い夫妻と男の子の三人家族が住んでいた様で、夫妻は1週間ほど前に遺跡発掘の事故で亡くなられたらしい。

 子供は無事で、現在は街の養護施設に居るとのことだ。名前はニイロ。そしてこの研究所は2日前に晩轟音と共に潰れてしまったらしい。研究所の崩壊による被害者は出ていない。


「おまたせ」


 現場を調べてたウルドと合流した。


「そっちはどうだった?」

「ええ、アンドロイドの反応も痕跡も無い。そっちは?」


「人的被害は無いみたいだ。研究所に住んでいた家族の子供……ニイロが街の養護施設に預けられているらしい。その子に話を聞きに行こうと思う」


 その少年が12年前の俺とシンクロした。

 一気に全てを失った彼を思うと、とても心配でならなかった。


 ◇ ◇ ◇


「ニイロ君が消えた!?」


 俺達はニイロが預けられたといわれている施設に来て話を聞いているが……とんでもないことになった。俺は驚いて素っ頓狂な声を上げ、ウルドはアンドロイドの振りをしている最中なので、目だけで驚いている。


「ええ。昨日の朝、園のポストに手紙が入っていたんです。そして彼は居なくなっていて……」


 そう言って泣きそうな顔でスタッフはその手紙とやらを見せてくれた。


 ―――スタッフの皆さんへ

 急にごめんなさい。

 守りたい家族が出来たから旅にでます。

 探さないでください。

 短い間ですが、お世話になりました

 ニイロ・ベルウッド


 まだ幼い文字で書かれた文章だった。


「前日の彼の様子はどんな感じでした?」


「彼はご両親を二人同時に無くしましたから、酷く塞ぎこんでいて……。ずっと膝を抱えて座って壁を見ていました。ただ、前日は気力が回復したのか目に力が戻って、ご飯をしっかり食べて……私達も安心していた矢先の事でした…」


「そうだったんですね……お話を聞かせてくれて、ありがとうございました」


 そして俺達は施設を出て、街で情報を探すことにした。9歳の少年で、赤銅色の髪に明るいブラウンの瞳、利発で賢い子だと教えてもらったが……彼らしき目撃情報が無い。


 街で聞き込みをしていると、皆一様に『宿は有るのか?』と俺達の心配をしてくる。もう既にとってはあるが、なぜ心配するのが気になったのでその理由を聞くと、みんな口を合わせて言うのだ


『月の怪物と幽霊が出るから、夜は出歩かない方がいい』と。


 夕方、街での聞き込みを終えて俺とウルドは宿情報を整理しながら話し合う。

 街も店じまいを始めていて、人通りも少ない。今回の聞き込みでニイロとアンドロイドの目撃情報は無く、集めてもいない幽霊と月の怪物の情報ばかり揃ってしまった。


「レン、幽霊っていると思う?」

「何だよ……藪から棒に……居るんじゃないか?」


 科学的な存在に非科学的な存在の是非を聞かれるとは思わなかったので、思わず濁してしまった。子供の時は良く幽霊が出るから夜早く寝なさいなど両親に言われ怖がった記憶が有る。ウルドは俺の回答を聞くと“ぷくぅ”と頬を膨らました。


「もう!回答が適当ね。 私も幽霊に見える何か・・は居ると思うの……だから今夜幽霊を見に行かない?」

「そうだな……ヒントが無い以上幽霊を探してみるか」


 幽霊探しの最中にベルダンディ達を見つける事が出来れば御の字だ。

 動かないよりは動いた方がいい。槍とレールガンを握り締めた俺達は肝試しへと向かうのであった。

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