32 Valhalla《ヴァルハラ》
先生と決別した俺は、ただ一人バイクでひたすら荒野を駆ける。
無心で走るうちに気持ちは落ち着いてきたが、今度はノルニル姉妹を思い出してモヤモヤした。
あの姉妹は俺達をまとめて騙していた……。
姉妹でスクルドと戦った日、3人の機体をロキアス達に回収させて、オーゼのパソコンをハッキングした。そしてデイマキナ達を奪い、別れの挨拶に行っていたらしい。
3人が使った銃も口径が小さく、初速を落して威力を削いだので、3人とも皮膜を溶かしてケースが凹む程度で済んだとか。『弾の選定や偽装が成立するギリギリを攻めるのが難しかったと』ヴェルに言われ、絶句した。……攻めすぎだ!
更に、俺がヴェルからヨツンの真実を聞いた後、あの場にデイマキナ……いや、ヴァルキュリアを連れたスクルドが戻ってきた。彼女に至ってはうさぎのぬいぐるみが本体とか。驚き過ぎて目玉が飛び出るかと思った。
確かにぬいぐるみの中身は機械だけどさ!
ウルドの機体も戻って来たが、その中に彼女はいなかった。俺が目覚めさせた機体とは異なるらしく、細かな傷の位置や髪の長さが良く見ると違っていた。
俺が気づかない間に、予備機と本体を入れ替えていたとか……一体いつすり替えたんだ?? 本体は別の場所で作業をしているらしい。それを含めてウルドには言いたいことがたくさんある! なにが『これであなたは私の物♪』だ。
少し腹が立ったので、バイクのスピードを少しだけ上げて目的地へと向かった。
俺が向かったのは西の高山地帯。彼女はヴァルハラという場所に居るらしい。道が有る中腹まではバイクで登り、残りは徒歩で向かう。
なんでもそのヴァルハラという土地、生き残ったヨツンの民がそこへ逃げ隠れて生活しているとか。皆、ヨツンの名前を伏せ、自身の名前も変えて、今もひっそりと生活しているらしい。
更にそこには小規模だがユグドラシルの一部が有ると聞いて驚いた。
当初の予測だとヴァルハラが拠点になるはずだったが未来が変わり、ヨツンの東に隠されていた物を使う事になったとか。
あと一つや二つ、彼女達が隠し事をしていても俺は驚かない。
登り始めて1時間程、小さなトンネルが見えてきた。
暗いトンネルを進み、闇を抜けると一面に花畑が広がっていた。天国だと言われたら信じてしまうくらい綺麗な場所だった。
奥には集落が見え、小さな泉のほとりに一軒の屋敷があった。そこには見覚えの有る人影が……
「ウルド!!」
慌ててその人影の元に駆け寄る。……彼女は白いワンピースを着ていた。右肩にうっすらと補修の跡が有る。お団子から垂れる髪も背中までと少し短い。俺の姿を見て驚く彼女を抱きしめた。
「レン!!」
ウルドには言いたいことが山ほど有ったのに、言葉が出てこない……
彼女は戸惑いながらも微笑んで言葉を紡いだ。
「抱きしめてくれるのね。壊されるの覚悟してたのに」
「壊さないよ!! 何で、何も話してくれなかったんだよ……遠隔機とか、クロートだったとか!!」
「ごめんなさい。オーゼは察しがいいから。騙すには皆騙さないといけなかったの。それに、あなたの思い出のクロートを汚したくなかった」
「―――!! 何だよそれ。心配したんだぞ……」
「心配してくれるの? ヨツンの真実を知ったでしょ。私の所為でみんな……」
「ウルドは、皆を生かそうとしてくれた。それに俺まで……そんなこと言ったら、俺が遊びで宇宙に向けてメッセージ送らなければ、皆生きててた……」
「あなたが後悔する事じゃないわ……あなたが、生き残ったおかげでつながる未来が有った。レンに見てもらいたいものが有るの……こっちにいらっしゃい」
ウルドはそう言って俺を連れて案内を始める。
集落の端には墓が立ち並んでいた。そして二基の墓の前で歩みを止める。ウルドはしゃがむと墓石の上に落ちていた木の葉を払った。そこに書かれていた名はロイ=シーナとアーシャ=シーナ……
「あなたのお父さんとお母さんのお墓よ……」
墓石に刻まれた名前は両親のものだった。
「……ヨツンで死んだんじゃなかったのか?」
「レンの家は地下室が有ったでしょ? 二人は貴方が出かけた後、見たらないレンを探していた。丁度地下を探している時に被害にあった」
俺が居なかったから、探して偶然助かった? そんなことが……
「レンの家は街の中心から離れていたから、地下は押しつぶされずに済んだの。地下の扉は瓦礫が邪魔で中々開ける事が出来なくて、脱出するのに時間がかかってしまったけど。二人は脱出してヨツンの被害を知ったあと、レンと同じ特徴をした男の子が助けられたと知ったわ。ただ、あなたを助けたのはオーゼだと知った二人は、あなたを迎えに行きたくても行けなかったの」
ヨツンの民が生きていると知れればまた攻撃を受ける。ヨツンの街の状況を見たら何をされるかたまってモノではない。
「ヨツンの民は新サーバーの計画を諦めていなかったわ……あれほど危険な目に遭ったのに。秘密裏にパーツを集めて設計して、また私にコンタクトをとってくれたわ」
彼女は悲しそうに墓石を見つめる。
「サーバーの構築が未完成になるのを考慮して、私達が自由に動けるように機体を作る手伝いをもしてくれた。遺跡を巡ってアンドロイドのラボを見つけては修理して。彼らのお陰で私達は機体を作ってユグドラシルを完成させて地上に来ることが出来たわ……限られた人材と資材でかなり時間がかかってしまったけど。もう月裏は私達の予測を見る事は出来ない」
彼等の願いは途切れなかった……
「アーシャは体が弱かったから5年前、病で亡くなった。ロイは一昨年、はやり病で……この集落もだいぶ人が減ってしまった」
「一昨年って……そんな最近まで……」
「ロイは遺跡調査隊に参加したこともある。遠くからかレンを見れたと喜んでたわ……」
「なんで、その時に父親だって教えてくれないんだよ……」
「今回の作戦を成功させたかったと言っていたわ……すべてが終わってからまた遺跡調査隊で会うと。あなた達家族を引き裂いてしまい、ごめんなさい……」
そんな近くに居たなんて……親父、会いたかった。
俺は泣きそうな顔をして俯いているウルドに尋ねた。
「ウルドはいつヴァルハラに?」
「ニブルヘイムでヴェルに腕を直して貰った夜、ニブルヘイムで待機していた予備機と交換して、こっちに来たわ」
「ここでの仕事は?」
「ひと段落ついたわ。ここのサーバーは向こうに比べて小規模だから集落の人の手を借りながら何とか構築できて、月裏のサーバーからも無事にデータを避難させられた。後は本拠地のユグドラシルが完成すれば全て終わるわ」
「そうか……ヴェルからの伝言だ。『姉さんの事だから、泉の屋敷でゆっくりするつもりらしいけど、コッチは猫の手も借りたいほど忙しいから、戻ってきて構築を手伝って』てさ、連れ戻してこいと。全く、姉妹揃って人使いが荒いんだよ」
ウルドは軽くため息を吐いたあと呆れたように笑った。
「御見通しだったのね。でも、レンだって
俺は大きくため息を吐くと、隣にしゃがみ彼女の柔らかな頬をむにっとつまんだ。
「完成して『やったー』までが一区切りなの! じゃないと親父たちに報告出来ないだろ?」
それを聞いて彼女は驚いて声を漏らす。ああ……もう!
「それにオーナーがちゃんと面倒見無いと! こうやって勝手に動くんだから! 勝手が過ぎると命令するぞ?」
彼女は泣きそうな顔で俺を見つめた後首を振った。彼女は俺に会った時からいつも泣きそうな顔をする。
「なんでこの体、涙の機能はついてないのかしらね。それだけが不満だわ」
ぽつりと不満を零した彼女は困ったように笑った。
俺は立ち上がり彼女に手を差し出した。
「ウルド、俺とユグドラシルの森に帰ろう。みんなが待ってる!!」
「ありがとう。行きましょう……レン」
普段冷たい彼女の手先は、いつもより温かく感じた。
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