33 Jomfru av Nornir《ノルニルの乙女》

 ―――新サーバー《ユグドラシル》の運用を開始します。


 サーバールームでは機材が稼働し、時折ちかちかと静かに光を灯していた。ヨツンの民が作りたかった物が完成した。俺とニイロはそれを見るとハイタッチをして、サーバールームから地上のラボへと向かう。


 俺達がラボに入ると同時に、置いてある椅子にもたれ掛っていたノルニルの三姉妹は同時に目を覚まし、三人に鮮やかな色彩が宿った。


「美しいぃぃぃぃ↗」

「ミノス、ダメだよ」

「分かっている。彼女らに許可なく触れるなだろ? ははははは!」


 三人はユグドラシルの中からの遠隔操作で体を操作している。コミュニケーションの取り易さや今後の作業を考えると体が有る方が便利らしい。ミノスには厳しく言っていたニイロだが……


「ヴェル!!」


 彼女の名を呼んで、駆け寄り抱きついた。彼女達がこの体に戻るのは一週間振りになるので彼も寂しかったのだろう。


「ニイロ、お待たせ」


 そう言ってヴェルダンディは彼を抱きしめて頭を優しく撫でた。二人の仲睦まじい姿は見ていてホッとする。皆に癒しを与えていた彼女は隣に座る姉ウルドに対して、相変わらずの感情の無い声で告げた。


「じゃあ、姉さんはユグドラシルの森ここに定住確定だね」


 定住?

 ウルドは穏やかな顔で答えた。


「そうね。皆が作ってくれたサーバーの保守しないと。あら? 二人ともやらないつもり?」


 少しイジワルそうに笑ってヴェルを見る。


「そんなおっかない顔しないでよ。僕達も旅先でメンテナンスするよ。それにまだ散らばっているユミルのパーツも集めなきゃ。ニイロにはいろんな世界を見てもらいたいし」


 そう言ってヴェルはニイロの頭を優しく撫でる。

 彼等はこの後、世界を巡って旅するそうだ。可愛い子には旅をさせるらしい。


「ウルドさん、ごめんなさい……でも僕、沢山勉強して優秀な技師になるので許して下さい」


 ニイロは申し訳なさそうにウルドを見つめた。


「そんな可愛い事言われたら怒れないじゃない……世界を見て来てねニイロ」


 ウルドは笑顔で彼の頭を撫でる。

 そんな微笑ましい様子を見てミノスは豪快に笑い出した。


「仲良きことは美しきかな!! はっはっは! 俺達・・は新たな恋を探しに出る!!」


 などと、言いつつスクルドをヒョイと持ち上げ小脇に抱えた。

 いきなりの事で思考が追い付かなかったスクルドは、一瞬の間を置いて慌てだす。


「ええぇっ!! なんで私まで!? 姉さん! 助けてぇ~!! 攫われる~!!」


 いや、既に攫われている体勢だ。

 脚をばたつかせているがびくともしない。ミノスはだいぶこの星の環境になじんだのだろう。前よりも筋肉の調子がよさそうだ。


「大丈夫だ! あんな変態ロキアスよりいい男を一緒に見つけてやる!! はっはっはっは!!」


「ひぃぃぃ! 余計なお世話です!! うう~私はヴァルキュリア達と一緒にやることが有るのに!! ミノスはヴェル姉さん達に着いて行かなくていいんですかっ!?」


 小脇に抱えられながらも抵抗するが……


「ああ、大丈夫だ!ヴェルよりスクルドが弱そうだからな。俺が守ってやる!」


「きゅ~~~!」


 スクルドが声にならない悲鳴を上げている。こんな彼女だが本気を出せばミノタウロスと互角なのに……。


 スクルドとミノタウロスはある土地へ行って未来のための布石をしてくる。旅をしながら二人で村々の仕事を手伝い、月から来たキマイラ達を助けに行くのだ。困っている者が居たらヒントを与えて、人を困らすキマイラが居たらお仕置きするそうだ。


 これはウルドからこっそり聞いた話だが。後にキマイラの子孫達の中に英雄と呼ばれる人物が誕生する。もっと言うと、この後旅に出たミノタウロスは、目的の地で運命の恋に落ちる。恋の旅路の終着点に向かう事を彼は知らない。

 楽しそうな面々を眺めていたら……


「レンはどうするの?」


 ウルドに尋ねられた。皆の視線も俺に集まる。

 俺も今後の事を決めていた。


「ミッドガルドに行って、シュウとアキに会ってくる。ウルドが調べてくれた、ハルの病気についての資料を届けに。そのあとヴァルハラにいって親父達にユグドラシル完成を報告して……」


「そうね……ここでお別れね……」

「レン……今までありがとう。餞別せんべつにこれをあげるよ」

「レンさん!? 常識人が減っちゃうぅ……」

「おう! また何処かで会おうぜ↑↑」

「寂しいです……せっかく仲良くなったのに……」


 皆、口々に言葉を掛けて来た。ヴェルに関しては餞別の猫のぬいぐるみロボットまで渡してきた。準備が良すぎる……。


「なぁ、皆……勘違いしてないか? 俺、ここに戻ってくるよ??」


「「「「えっ!! 何で!?」」」」


 ホントに旅に出てやろうか……?


「ヴァルハラで用事を済ませたらここに戻ってくる。仕方ないだろ!? ミッドガルドに住んで先生たち英雄派と出くわしたら! 帰る家も無いんだ。暫くここを拠点にさせて貰う!!」


「あら? じゃぁ……」


 ウルドの瞳が一瞬煌めくと、腕に抱えていたぬいぐるみロボットが光った。


『……じゃぁ、私も遠隔でこの子の体を借りて、一緒に小旅行に着いて行くわ♪ 本体は一人で黙々とメンテナンス頑張るのだから、少しくらい息抜きしてもいいわよね? ご主人様♪』


「え゛っっ!?」


 二体のウルドに見つめられてしまう……何か言おうと口を開こうとしたその時


「良かったね、姉さん。一人ぼっちにならなくて。じゃあ、これで丸く収まったから各々準備に移ろうか? みんな健闘を祈るよ。解散」


 何の感動も無く解散の声が掛けられた。それぞれ軽く別れの挨拶をしながら部屋を出ていった。えっ?? おい! 待ってくれよ!!


「何してるの? さっさと行くわよ?」


 椅子に座るウルドはニヤニヤと俺を見つめ、ぬいぐるみのウルドはぼやっと光りながらせかしてくる。


「もう分かったよ!! あまりうるさいと、置いてくからな?」

「まぁ! ひど~い!!」


 こうして、彼女達は無事ユグドラシルサーバーに移り住むことができ、月の裏側とは直接的にな縁が切れ、この騒動は幕を閉じた。そして、俺とウルドの長ーーーい付き合いの幕開けでもあった。


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