31 Farvel《別れ》

 ―――恐れた男は話す。


「ユミルは人類に恩恵を与えたが、情報を食べ過ぎた彼は不安定になってしまった。このままでは人類を滅ぼしかねない。そう判断し私は彼を止めようとした。情報の海へ逃げられる前に。彼の姿が見えなくなる前に。……それが正解だったのか今は分からない」


 ◇ ◇ ◇


 ウルドの元へ向かう前にヨツンの石碑に花を手向たむけに行った。すると、穏やかな男性の声に後ろから呼びかけられた。


「レン、ここに居たのか……」


 オーゼ先生だ。彼の手にも花が有った。供えられ枯れている花と同じものだった。

 彼の後ろにはドナールもいた。彼が何か話そうとするのを先生が片手で制する。


 オーゼ先生と初めて会った日の事を思い出した。彼は一番乗りでこの地に到着した人物だった。叫んで泣き疲れながらも彷徨っていた俺に、彼は優しく話しかけてくれた。

 一気に今までの生活や思い出が駆け巡る。思いがこみ上げてきそうになったが……それを堪え、俺は彼に尋ねた。


「先生は、何故俺を助けたんですか?」


 彼は俺の隣にしゃがみ、花を供えて石碑に祈った。

 祈りを終えると立ち上がり石碑を見つめながら答える。


「……さぁ、どうだろう。時が経ち過ぎて忘れてしまった。君がほっとけなかったのか、ヨツンの民に対する償いだったのか、自分の為か」


 ずるい回答だ……俺は質問を続ける。


「なんで俺に生きるすべを教えたんですか? 武術や旧世界の知識まで……それに大切なあなたの武器まで託したんですか?」


 いろんな疑惑が湧いてしまう。俺を手先として使いたかったのか? 暇つぶしか……別の答えを求めてしまう自分が悔しかった。そんな答えを聞いてどうするつもりなんだろう。ぐっと歯を食いしばる。そんな俺の様子を見て先生は優しく尋ねた。


「すべてを知ってしまったんだね?」


「はい、12年前の真実を……あなた達が何者かも知ってしまいました……だから、ここでお別れです。今まで育ててくれてありがとうございました」


 俺は先生から貰ったグングニルを差し出した。


『これで大切なものを守れ』


 そう言って渡された物だ。この槍に何度助けられただろう。物理的にも精神的にも俺にとってこの槍や先生の存在は大きい。


「それはもう私の物では無いから受け取れない。不要なら自分で捨てなさい。それか、この悔しさを忘れず今度こそ大切な者をそれを使って守れ」


 ……先生は一度言ったら引かない。俺はグングニルを握り締めた。


「……すべてを知って、私を殺さなくていいのか?」


 憎い……だが、その一言で片づけられないくらい俺の感情は絡まっている。なぜ、ヨツンの消滅を黙認したのが彼で、俺を助けて育てたのも彼なんだ?

 溢れそうな物を堪えながら、先生の問いに答えた。


「物事に配役は決まっています。それは俺の役目ではありません。ただ、次会った時はその役目は俺が奪います。さようなら……先生。お元気で」


「ああ。次会う時、お前は魔女の手先だ。その時は責任を持って私が始末する。長生きするんだなレン」


 俺は一礼をしてオーゼに背を向けて歩み始めた。


 幼い俺を救って、育てて、武術や知識を与えてくれた……しかし、真実を知ってしまった今もう一緒には進めない。出来るのは決別のみ。


 そんな俺の姿を見てトールは激高した。


「こいつ! 兄様にそんな態度を!!」

「トール! やめろ。これは命令だ」


「しかし兄様!!」

「彼は魔女ウルドのお気に入りだ。不意に消して終焉を近づけるのは本末転倒だ」

「じゃあ尚更あいつらを!!」


「くどい。彼等らは放っておけ。私達は残された予言を元に動くだけだ、ぼさっとするな行くぞ」


「……ふんっ!!」


 またヨツンから人影が消え、静寂がやって来る。

 こうして俺達は運命を違えた。

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