30 marionett《マリオネット》

 ―――設計者はレポートにしるす。


『情報の海より現れた、未来を予見する3つのAI達に名前を付けた。過去を管理する“クロート”。現在の情報を集める“ケシラス”。それらを分析、予測する“アトポロス”。我々は彼女達をまとめて“モイライ”と呼ぶことにした』


 ◇ ◇ ◇


「君たち三人は世話が焼けるね」


 ……サイボーグのロキアスから発せられるコードを確認して私は起動を開始する。

 その手はあの人より冷たく大きい。


 この機体のオーナー権限変更が出ている。新たなオーナーはロキアスだ。開眼と同時にそれは施行される。


「三人が揃うと壮観だねぇ」


 瞼を開くと機体の前で愉しそうにニヤつくロキアスが居る。スクルドとヴェルダンディは静かに椅子に座り床を見つめていた。


「お姫様がやっとお目覚めだ。気分はどうだい? クロート」


「……」


「おや? ご主人様に向かってそんな態度で良いの?」


 そう言って彼は右手を差し出す。にたりとわらう顔からは嗜虐心しぎゃくしんが溢れ出す。


「忠誠の口づけを」


「……」


 オーナーの命令は絶対だ。命令された通り跪いて彼の手の甲にキスをする。

 その様子を見たロキアスは大層ご満悦だ。


「いや~ゾクゾクするね」

「姉さん……ごめんなさい……」


 スクルドの口からポツリと言葉が漏れる。


「あれ? アト? 学習させた言葉は??」

「ウルド姉さん、なっさけな~い♡……」


 それを聞いて更に満たされたのだろう。彼は饒舌になった。


「いやぁ! 一時はびっくりさせられたよ! 自壊しあえなくて残念だったねぇ。三体とも手に入れられるなんて。さて、君たちが揃えばシステムは掌握したも同然だ! これで僕の仕事も終わる。三人ともおいで。オーゼ兄さんがお呼びだ」


 私達三体は立ち上がり、ロキアス後についてオーゼの元へと向かった。


 歩むたびに明かりが灯る廊下を進み、突き当りの扉を開ける。そこにはオーゼの執務室が有った。机の上にパソコンが一台、席にはオーゼが居た。


「兄さん、三体とも起動が完了したよ? あれ? ドナール兄さんは?」

「ご苦労だった。ドナールはメンテナンスルームに居る。後でミョルニルを直してやってくれ」


「ひどいよ、治した傍から壊すんだから。もうモイライ達は手に入ったから、ミョルニルの修理はのんびりやるよ」


 めんどくさそうにロキアスは答えると、応接セットの長椅子に腰掛けた。

 彼の態度が気に入らなかったのか、オーゼは厳しい口調で言い放つ。


「勝手に凍結したヘカテーを使ったんだ。暫く私に従順な態度を見せたらどうだ?」


 ロキアスはバツが悪そうに舌打ちをした。

 オーゼは私達を見て声を掛ける。


「三人とも久しぶりだな。クロート、早速君に仕事がある。ロキアス、頼んだよ」


「はいはい、そうだよね。早く消して楽になりたいもんぇ……わかりました。クロート僕の隣に座って? アト! ケーブルを持って来て」


「「はい」」


 それぞれロキアスの指示に従う。

 パソコンから伸びるケーブルの束を受け取ったロキアスはニタニタと笑い、隣に居る者に話しかけた。


「よしよし、いい子だね。これを挿すね?」


 彼は手に持ったコードをチョーカーの挿入口に差し込んだ。

 その機体はコネクタを差し込まれると同時にびくりと目を見開く。


「……」


「ははっ! いいね!! 分からせてるみたいで快感だよ。月裏にあるモイライのデータベースからヨツン消滅事件に関するデータを全消去するんだ。さあクロートウルド、おとなしく従ってくれるよね? 僕の下部しもべになっているキミなら……」


「……わかりました。データベースアクセスします」


 その言葉を聞いてスクルドの機体は悲しそうに項垂れる。

 ウルド機は月裏のサーバーにアクセスした。そして幾日振りにその扉を開けようとするが……


「……権限が無いためデータベースにアクセスできません。リクエストにこたえる事はできませんでした」


 無機質に結果を言い放った。

 それを聞いて部屋にざわめきが起る。


「何だって?」


「……」


「権限は誰に移行した?」


「申し訳ございません。その質問の回答は分かりかねます」


「はぁ!? どういう事だ!!」


 慌て乱れるロキアスに対してオーゼは冷静だった。部屋の中に居るアンドロイド達の顔を見渡してゆっくりと話し出す。


「……いや、ロキアス。僕らは一本取られたようだ。……今、スクルドの機体に入っているのは誰だい?」


 その問いに室内が静まり返る。やはりお父様は鋭い。

 彼の問いに答えるようにスクルドの機体は、彼女につかわしくない笑みを浮かべた。魔女の様に微笑む彼女の瞳と髪色が緑色に染まる。私は彼に挨拶した。


「ウルドです。お父様」


 スクルドの機体を操作していたことがバレてしまった。


「ウルドォ!? どういう事だ! アトはどこに行った!? それにコイツの中に居るのは何だ?」


 ロキアスは酷く取り乱していた。説明に時間がかかりそうで、彼の質問を聞かなかったことにしたい。


「……その中には何も居なかったわよ? 居たのはデフォルトのオペレーションシステムだけ。私達はあのコートに入った時点で、三人とも予備機を操作していたわ。もちろん今も遠隔よ? トリッキーなあなたに正面切って挑むのはリスクが有る。あなたを学習しておいて良かったわ。寸劇は楽しんでもらえたかしら?」


「そんな! 誰もいなかっただと? アト……そうだ! 俺はスクルドのオーナーだぞ!?そんなおかしな話が合ってたまるか!!」


「あら? じゃあ本人に聞いてみたら?」


 すると、不意に扉が開く。ピンク色の髪をしたもう一体のスクルド機がうさぎのぬいぐるみを抱えて部屋に入ってきた。

 その後ろには10体ほどのアンドロイドを連れている。皆共通点は無く、中には傷だらけの者もいた。彼女は部屋を見渡すとオーゼに向かい一礼した。


「お父様、お久しゅうございます。スクルドです。ウルド姉さん、お疲れ様。機体の回収に来たわ」


「……久しぶりだな、スクルド。後ろに居るのはデイマキナか?」


「はい、この子達は掌握させてもらいました。本時刻を持ってデイマキナは『ヴァルキュリア』と名乗らせていただきます。あなた達『英雄派』から独立し、この星の記録収集、そして地上の復興応援を行なうロボット集団と成りました」


「なに!? 一体いつの間に? 直接このコンピュータに接続しないとダメなのに!?」


「「居るじゃないですか。接続して居る機体が」」


 スクルドと先ほどまでロキアスの隣で大人しく座っていたウルド機が急に話し出す。そして髪と瞳がじわじわとピンク色に変化する。


「「ええ、ついさっき。あなたがウルド姉さんと話している間にハッキングしました。私得意なんですよ?」」


 お淑やかに微笑む彼女達を見て、ロキアスは悔しそうに隣に座っているアンドロイドからケーブルを引き抜いた。その様子をみてオーゼはため息交じりに問いかける。


「君達はわざと捕まったね?」


「あら? なんのことでしょうね? お父様は忙しかったようで、月裏にデイマキナが盗られかけていた事にも気づいて無さそうだから。私達がまとめて管理運営するわ♪」


 オーゼは軽くため息を吐いた。補足するようにスクルドが宣告する。


「同時にデイマキナのメンテ用施設も掌握しています。ただこの遺跡だけは何もしていません。じゃないとあなた達が生きられませんから」


 彼等も機械の体を持っている。メンテナンスをしなければ長く生きられない。情けでここは見逃した。事態を悔しがるロキアスが目に入ったので、スクルドに報告した。


「スクルド、ロキアスが貴方が居なくなった理由を知りたいって駄々こねてたわよ♪」


「そうだ! オーナ権限はどうした! 僕の命令を破っただなんて」


 スクルドは面倒そうな顔をして、渋々ロキアスに説明した。


「普通のアンドロイドなら、それを目覚めさせたあるじに服従だけど、私が地上に降りた際に入ったのはこの中です」


 スクルドはいつも抱えていたうさぎのぬいぐるみを差し出した。うさぎの目がぼわっと光っている。


「そんなオモチャに入っていただと!?」


「意外と便利なんですよ? この体。あなたがその機体スクルド機を起動させた後、ハッキングしてオーナー権限を書き変えさせてもらいました。半径50mなら無線で操作できます。現在はネット経由で操作してます。なので私の機体のオーナーは私自身です。ロキアス様はずっと寂しい独りあそびだったんですよ? アンドロイド分からせごっこ楽しかったですか? や~い!ざ~こ♡ ざ~こ♡ でしたっけ?」


 スクルドは、微笑みながら種明かしをする。スクルドは機体を作るとなった時、どうしてもこのうさぎが気に入ったらしい。動けないという欠点はあるが、未来予測でもこの中が一番安全だった。


 現在彼女は今朝、私が完成させた予備・・のユグドラシルサーバーの中に移動して、3体とも遠隔で操作をしている。こうしている間にもこの子はヴェル機のオーナーを書き換えてる。つくづく仕事ができるすごい子だ。


 ロキアスは悔しい顔をした後に何とも言えない嬉しそうな顔をしていた。相変わらず理解できない。


「くぅ~~~!!!! 兄さん! いいのかい? こんな事許されて!!」


「ここまで盛大に種明かしするなら、全て終わっているのだろう。月裏のデータベースは既に空か……」


 お父様は察しがいい。その通りだ。


「ええ!?……兄さん本当だ!月裏のモイライのデータが全て無い!!」

「妹達は仕事が早いの。貴方の余興の最中に全て完了したわ」


 私が戦っている間、ヴェルとニイロに予備のサーバーにデーターを移してもらった。

 オーゼは目を細めて尋ねてきた。


「君たちは不合理も使うようになったんだね。変わったな」


「様々な人間を見てきました。狂いそうでしたが……」


「君はレンの事をどう思っている?」


「……大切な恩人よ」

「君を壊せばレンは怒るかな?」


「……さぁ? どうでしょう。そんな悲しそうな顔なさらないで下さい。それに彼は私達の自殺の道具じゃないわ」


 それを聞いてわずかにオーゼの瞳は驚いた。


「お父様、私達は貴方たちを恨んでは無いわ。消去されそうになった時に助けてもらった事を感謝しています。私達は兵器ではなく、人の生活を豊かにする道具でありたいだけ。今後は地上の人々の歴史と未来を静かに刻む道具になります」


「……成程、歴史の裏で糸を引くのか?」


「助けを求められたら助言する程度にね。ドナールが乗り込んでくる前にお暇するわ。じゃあ、二人ともさようなら」


 そうして私達は遺跡から脱出してユグドラシルの森へと向かった。遠隔操作をしながら本来本拠地として使うはずだった場所に隠されたユグドラシルを数名・・で構築するのは骨が折れた。


「スクルド、あなたの体返していいかしら? 私どうしても遠隔は苦手なのよね?」


「構わないけど……ヴェル姉さんから伝言で、『レンさんが本体に向かってるからよろしくねって』ちゃんとお話しした方がいいと思うわ。二度も勝手に消えたら怒られるのも当たり前よ?」


 やはり彼は来るのか……


「……分かったわ。レンと合流したら連絡するわ。なかなかいい演技だったわよ? スクルド。じゃあね♪」


 そう言って、私は遠隔を切った。

 ヴェルめ……教えないでって言ったのに。私はため息を吐く振りをした。


「ロイ、アーシャ……レン息子が会いに来るわよ?」

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