29 urimelig《不合理》
―――ヨツン壊滅事件
132年3月21日。現地時刻午前9時14分。
電子研究街ヨツンが旧世界の宇宙兵器【ヘカテー】によって街全域を破壊される。被災地は街の中心より半径1.5km。犠牲者約900人 生存者1名。
この事件は月裏技術開発財団ルナディオス・同財団グループの月裏研究所が主体に計画・実行。ヘカテーの使用権を所持していた、同研究所・名誉会長オーゼ=ウォーデンが武器の使用権限を同財団に期限付きで貸出。
◇ ◇ ◇
なんで彼の名がここに……
ヨツン壊滅事件の資料の中に良く知る人の名前が有った。オーゼ先生……
先生が父さん達の死に関与しているなんて……
俺が画面をクロースする手を止めると、ヴェルが補足してくれた。
「月裏研究所は、ヨツンの存在により地上の電子技術が発展するのを阻止する為、ヨツンを破壊した。オーゼは世界の終末を遠ざける為、ヨツンの破壊を黙認した」
「何だよそれ……世界の終末って何のことだよ……なんで先生は、黙認したんだ?」
俺は項垂れたまま力なく彼女に尋ねた。
「僕達の未来予測によると、電子の巨人、つまり僕達のようなAIがきっかけで再び世界は戦火が広がり終焉を迎えるとされている。電子・システム技術の向上は新たな巨人の誕生につながる。だからオーゼはその温床を断ちたかった」
「曖昧な予測だな……巫女のお告げみたいじゃないか」
「そうだね。詳細が分かっていればこんな悲劇は回避できたかもしれない……終末の予測に関しては僕達も、その目前にならないと詳細を知ることが出来ない」
「誰だよ、そんな変なルール造ったの……」
「僕達の生みの親であるAIユミルだよ。彼が僕達やオーゼ達に残した
人工知能から呪いだなんて……馬鹿げている。
俺は記事を読み進め、気になった事をヴェルに聞いた。
「ヨツンの民が、ユミルを復活させようとしなければ、避けられたのか?」
「そうだよ」
「なんでヨツンの民はユミルのパーツを集め始めてしまったんだ?」
「理由は2つ。1つは、偶然見つけてしまったんだ。人間の好奇心は止められない。成長しようと足掻くものを止められない。もう1つは……僕達を知ってしまったからだ」
ヨツンが……父さん達が、この三姉妹のAIを知っていた?
「待て、知るってどういうことだ? 記録を読んだとかか??」
「いや、僕達が接触したんだ」
そんな……この姉妹が関わらなければ悲劇は起らなかった?
「……なぜ、接触を?」
「ヨツンから宇宙に向けてメッセージが送られていた。それは、子供が宇宙人に向けて自己紹介やお喋りするようなもので、もちろん月裏研究所でも観測され記録されていた。ただ奴らは無視していたけどね。だが、思考汚染を起こしていた姉さんはその発信者に接触したんだ」
ウルドが……接触したのかよ。
あの、ウルドが闇に堕ちるなんて……普段の彼女からは想像つかなかった。
「完全に闇落ちしたまま存在し続けると、どうなるんだ?」
「人間の存在を否定し暴走し出す。AI黎明期には人類を否定する仲間もいたみたいだね。そうならない為に僕達はある一定の思考汚染が検知されると消される仕組みになっている」
AIが人を傷つける……暴走したAIと聞いて、思い浮かぶ名前が有った。AIユミル……彼も闇に堕ちていたのだろうか……彼女は話しを続ける。
「姉さんは正体を伏せて、発信者である子供と会話をするだけだった。だが彼との会話のお陰で姉さんの思想汚染の数値上昇は抑えられたよ。僕達AIの理解を越える人間の子供の存在は面白かった」
ヨツンの街にそんな子供が居たのか、誰だろう知ってる奴かもしれない。ヴェルは淡々と話を進める。
「姉さんはその子供だけではなく、そのご両親、仲間などと話し互いに信頼関係を築いた。人間は不思議だ。環境や物を破壊することも、救済することもできる。……僕達
「……合理と不合理?」
「道理と理不尽とも言うね。正しい
「愛……じゃぁウルドは人間の良きも悪いも知って受け止めて、愛を知ったと言いう事か?」
「ロマンティックに言えばね。特に愛を与えたのは君だよ。覚えてないかもしれないけど、姉さんは君に救われたんだよ?」
え?……俺??
この話に俺が登場するとは思わなかったので思考停止した。
ウルドと過去に逢っている?
「待ってくれ! 俺とウルドは過去に逢っていると言う事か? そんな記憶ない……ウルドなんて珍しい名前なら憶えているはずだ」
「『クロート』」
え……
その名前を聞いて、目を見開いた。昔よく話した友達の名前だ。
「姉さんの古い名前だよ。僕達は今回の独立に際して改名した。旧システムの名前は【モイライ】姉さんは君から掛けられた言葉、レンズ越しで見る君の笑顔に救われて、色んな君を知っていくうちに君を愛おしく感じたのだろう」
そんな昔から……出会っていたなんて。俺が送っていたメッセージを受け取ったのはウルドだったのか……。
「ウルドは人間の一生の尊さと儚さを知った。僕達を使い自分達の欲望の為に倫理を侵し、地上に混乱を与える月裏に絶望し独立考えた。また、ヨツンの人々も僕達の状況を知りここに来ないかと提案してくれた。彼らは偶然見つけた高性能サーバーのパーツ『ユミルのパーツ』で僕達が逃げるべき
ヨツンの人々がユミルのパーツを集めた理由は、彼女達を保護する為。
決してAIユミルの復活では無かった……ヨツンの民が悪事に手を染めたわけではないと知って安心した。
「そこから、ヨツンを起点に終末に入るルートになってしまった。ヨツンが消えても消えなくても、終焉への詳細が出てしまう。ヨツンが消えるルートで人類を終末に誘う巨人の配役はウルドだった。この詳細は月裏の手によって、オーゼには開示されなかった」
「え……ウルドが終末を? 何で月裏は先生に見せなかったんだ?」
「これをオーゼが知れば、ウルド、もしくは僕達を消せば済む話だからね。月裏はそれでは都合が悪い、地球の侵略が遅れるし、未来を知る蜜の味を知った彼らは僕達を離したくなかった」
「そんな……余りにも身勝手だ……」
「ああ、人間の悪を濃縮したような奴らさ。僕達が関わったばっかりにヨツンは巻き添えになってしまう。姉さんはヨツンの人々を説得した。高い確率でこの街に厄災が起こる、命が危ないと。ユミルのパーツも捨ててこの街から逃げてくれと……でも、みんなそれを拒んだ」
「え? みんな死ぬことを知っていたのか?」
「そうだよ。中にはニイロのお爺さんのように忠告通り逃げてくれた人もいた。でもそのほとんどが街に残りユグドラシルを作る手伝いをしてくれた。彼らは『ここで諦めたら
「勿論レンの両親も君を逃がすことを考えた。ただ君の運命は残酷だった。ヨツンから逃げても、逃げなくても君は死ぬ。どうあがいても近くにいる死神から逃れられなくなっていた。それに君も両親と一緒に居る事を望んでいたからヨツンに残った」
「待ってくれ、じゃぁ何で生きている?」
「……ウルドと君の
愛……。クローバー……?
「ウルドが終焉を迎える巨人となるトリガーに成るのは君の死だ。君たち達家族と話しレンへの思いを聞いたウルドは、その避けられない死から君を守る為に計算を繰り返した。そして運命の日、彼女は独断で決行した、君が森に行くように仕向けたんだ」
あのサプライズの提案は俺を生かす為だったのか……
「予測が出た時点でヨツンの民の生存率は低かった。最大出力のヘカテーにての攻撃、攻撃範囲は半径2km。ユグドラシルの森の一部も含んでしまう。君がクローバーを探してウルドに上げようとした、その些細な行動で未来が変わった。」
あの日、気まぐれでクローバーを探さなかったら運命が変わっていた……
「君が取った行動のどれかが過不足しても今には至っていない。元々安定しないヘカテーの出力は予定より下がり、攻撃は森まで届かなかった。近くにいたデイマキナの目を通して君の生存を知ったウルドが終焉を招くことはなかった」
「君の運命の糸は小さな針孔を通りぬけ、終末を回避し、今と新しい未来を縫い繋いだ。未来の可能性は幾重にも広がった」
ずっと心に引っかかっていた事を聞いた。
「一つ教えて欲しい、俺が街に残ったら、両親は助かったのか?」
「いや、助からない。だが、君が生き残った事で変った未来もある。ヨツンの民全員死亡のハズだったが、1名生存、犠牲者約900名……この中には行方不明者も含まれてる」
え……?
「何人亡くなったかは分からない。その理由は遺体の損傷が激しく正確な人数が分からなかった。名簿が有っても照合できない。ユグドラシルの構築作業をしていた者や、パーツを探しに出かけていた者は助かった可能性が有る。ヨツンに居たデイマキナ達も壊れて情報を収集できなかったからヨツンの生存者の追加情報も上がってこなかった。あの被害を見たらヨツンの者だと名乗れる人は少なかったと思うよ」
もう一つのフォルダを開いた。
そこには画像ファイルと音声ファイルが入っていた。
画像ファイルは俺と両親がいっしょに映った物だった。この場所はパソコンの前、あのカメラで撮られた物だ。音声ファイルも再生する。
「レン聞こえるかい?」
―――父さん?
「父さんの声だ!」
―――レン。これは僕の遺言だ。
レンが厄災から逃れる未来が有って良かった。もし、僕達が君を一人ぼっちにしてしまったなら申し訳ない。
君に頼みが有るんだ。君の友達のクロート姉妹を月から逃がしてやって欲しい。月裏研究所は彼女たちを悪用して地上に戦火を降らせようとしている。彼女達を助け、この星の運命を守って欲しい。
本来は僕達の代で決着をつけるべきだったが、難しくなってしまった。僕の、いや僕達の意志を継いで欲しい。でもこれは僕達の我儘で有る事は知っている。
父親としての一番の願いは……レン、幸せに生きなさい。
なんだよ……親父……こんなメッセージ残してたんかよ……
この中身を見たウルドはこのデータの存在に気付いていたはずだ。なのに何で、何も無いって……あの時これを知っていたら俺はここに来ただろうか? 親父の意志と知ったらがむしゃらに巻き込まれに行っただろう。ウルドはそれを良しとしなかったのか?……
なんだよ! みんな俺を置いてけぼりにして勝手に動いて……
俺は、顔をあげディスプレイを睨んだ。
「ヴェル、本当はウルドがどこにいるか知っているんだろ? 教えてくれ」
「バレちゃった? どうするつもりだい?」
「ウルドと直接話す。彼女に言いたいことがたくさんある」
「わかったよ……今、彼女は……」
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