第三章 未来を編む

28 sammenfiltret tråd《絡まった糸》

 ―――またこの夢だ。


「ねぇ、聞いて!クロート」


 視点が低い、パソコンのディスプレイに反射して映ったのはブラウンのくせ毛の少年だ。キラキラとした紫色の瞳で暗いディスプレイを覗く。

 子供の時の夢だ……ディスプレイが仄かに明るくなり、旧世界の文字がパタパタと浮かび上がった。


『どうしました? レン』

「最近パパが遊んでくれないんだ……」

『あら。では、私とお話しましょう!』


 何度繰り返し見ただろう。もう懲り懲りだ!


「おや? レンはまたクロートとお話ししているのかい?」


 ……親父? いつも見る夢と違う。

 切るのがめんどくさいと言って伸ばしっぱなしの黒髪を後ろに結っている。目元は父さんに似てるってよく言われたな。眼鏡を掛けて、いつも白衣を羽織っていたっけ……


「パパ!お仕事終わったの?」

「ああ!終わったよ。そうだレン!このレンズを覗いてごらん」


 俺は親父に言われて、指差されたレンズを覗いた。


『レン=シーナ様の生体情報を登録しました』

「パパなにしたの?」


「クロートにレンの顔を覚えて貰ったんだよ? こうしておけば彼女がレンを見つけられるからね」


「え? 会えるの!? いつ!?!?」


 え? クロートに生体情報の登録って……まるで……


「あら? 二人とも騒いで、どうしたの?」


 後ろから優しい声がした……母さん。

 ブラウンの綺麗な髪に紫色の瞳……優しく俺達を見つめている


「ああ、レンの生体情報を登録したんだ。彼女がレンを識別できるように」

「そうね……レンはクロートが大好きだもんね?」


「うん!大好き!!もっともっとお話ししたいし、大きくなったらクロートと宇宙旅行をするんだ!」

「まぁ!クロート、その時はレンをよろしくね?」


『はい。レンは必ず守ります』


「いいなぁパパ達も連れてってくれよ」

「そうね、楽しそうだわ」


 二人は幸せそうに顔を見合わせて笑っている。

 ああ、居心地いいな……ずっとここに居たい。

 穏やかな気持ちになった。彼女と楽しくおしゃべりした思い出が胸を温かくする。


 俺の姿はいつの間にか今の姿になっていた。何気なくディスプレイを見て……驚愕した。


『絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、絶対にレンは死なせない、たとえそれが許されなくても』


 ……なんだよ、これ。


 怖い……表が騒がしい。何の音だろう?


 灰色の空、瓦礫の荒野、叫んでも返す声は無い。

 何千回見た? 何億通り計算した? 何回……繰り返した?


 ◇ ◇ ◇


「あああああああ!!!!!」


 苦しい、俺は大きく息を吸った。目の前には心配そうな顔をしたニイロとミノスが居た。また変な夢を……確か……ロキアス達と戦って……


「レンさん、無理やり連れて来てごめんなさい……」


 哀しい顔をしてニイロは俺の額の汗を拭ってくれた。

 ここはユグドラシルの屋敷だ。だからあんな夢見たのか?


「ヴェルから聞いていたんです。彼女達はあの戦いの場に隻眼の男……オーゼという人物が出てきたら勝率は限りなく低くなる。その場合は機械の体を破壊して放棄すると」


「だから三人で互いを壊したのか」


 ロボット三原則の『自分を壊してはいけない』を掻い潜ろうとしたのか……


「ええ……」

「じゃあ、彼女達の独立計画は失敗したって事か?」


「答えるのが難しいです……イエス・ノー両法というか……」

「ん~?? なんだよはっきりしないなぁ!」


「三人のシステムは生きています、これを……」


 ニイロは手に持っていたノートパソコンを開いた

 そこには仄暗い画面にヴェルに似たキャラクターアイコンがぺコンと表示され、続いて文字がパタパタと浮かんでくる。


 ヴェルダンディ:『みんな、驚かしてごめん』


「……ニイロ、これって残されたメッセージじゃなくて……」

「リアルタイムです。ベルはこの中に居ます」

「生きてたんんかぁぁぁぁ↑!」


 よかった……おれは思わず力がぬけた。

 ニイロも深く息を吐いて、ぽつりと零した。


「知っていても、本当に怖かったよ……」


『だますような真似をしてゴメン。昨日の夜ユグドラシルの一部を構築して使えるようにした。僕はユグドラシルの中に入って、ここからネット経由で体を遠隔操作してたんだ。オーゼに切られた時は焦ったよ。それに思いの外、体のセーフティーと堅さが有能過ぎて3体ともボディの破壊に至らなかった』


「じゃぁ……ウルドは?」


『ごめん、居場所が分からない』


「……そんな」


 ウルドの居場所が分からないなんて……まだ機体の中に居るのか?


「なぁ、居場所が分からないならあの機体を取り返しに行かないと!!」


『大丈夫。そっちはつつがなく。レンには先に知ってもらい事がある。僕が姉さんに怒られちゃう。レンはお守りのUSBを持っているらしいね。貸してもらえるかな。ニイロ、パソコンをレンに貸してもいいかな?』


「はい」


 ニイロは俺の膝の上にパソコンを置いた。俺はネックレスを外してニイロに見せる。


「接続するので借りますね?」


 彼は受け取るとパソコンの側面にそれを差し込んだ。

 すると、ディスプレイにウィンドウが出現しフォルダが表示される。

 フォルダは2つ、1つずつ開いてみた。


 1つは中に文書データがあり、展開すると画面いっぱいに意味を持たない文字の羅列が現れる。ニイロも思わず手が止まる。


「ヴェルこれは――」


『姉さんの謎解きだね。解くから待ってて』


彼女が操作をしているのか、文字がだんだんと削り取られ最終的に8文字が残った。


「これはパスワードだよ」

 

そして、新たな画面が表示される。そこにはユグドラシルと書かれていた。

するとパスワードを求められ先ほどのパスワードを入力すると次の画面に進んだ。


すると膨大な数のフォルダが表示される。


「これはライブラリーだよ。待ってて、今ヨツンの資料を表示する」


数秒後、一つのファイルが展開された。

そしてヨツンの事件についてまとめられた文章が現れた。


「これ……ヨツンの真実か?」


「ああ、君は全てを知る権利がある。ユグドラシルが一部稼働できる今なら僕も答えられることが増えた。読み進めて貰って分からないところは解説するよ。ニイロとミノスは席を外してもらっていいかな?」


 二人は「分かったと」短く答えると部屋から出て行った。


「これは僕達の罪でもある。全てを知った後どうするかは、君に委ねる」

「……分かった」


 俺は記事を読み進める事にした。






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