23 Øst for Jotun《ヨツンの東》

 ―――研究者が住まう電子の町ヨツン


 そこには旧世界の電子機器やITになどに詳しいエンジニアが集う町だった。世代が変わってもその技術は次の代へと伝えられ、旧世界の人工遺物たちは細々と生き残った。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、俺達はヨツンに向けて旅に出る準備をする。


 右腕が直ったウルドは自身の手で髪を梳かし、お団子から生えた尻尾の様な髪が腰の辺りで嬉しそうに揺れている。

 宿から荷物とバイクを持ってニイロのラボに戻ってきた。ヴェルとニイロが鞄に荷物を詰めているのを、部屋の後方で腕を組んだミノスが見ている。彼はどことなくウキウキしていた。


「旅か! 楽しそうだな!! 俺も準備する!!」


 ―――え??


 俺とニイロは思わず彼を二度見する。俺の勘違いだといけないので、確認の為聞いてみた。


「まさか……ミノスも行くのか??」


「おう! 行く↑↑ なんだ? まさか行っちゃダメか??」


 ダメな事は無いが……昨日からミノスは斧を振り回すことなく大人しい。お茶を飲んでは豪快に笑うだけだ。至って無害である。本人が良いならいいか。


「大丈夫だが……」


「はっはっは! 任せろ! 家族は俺が守る!!」


 そう言ってニイロに近づきヒョイと持ち上げて肩車した。

 ニイロもいきなりの事で驚いている。


「なっ! いきなり何するんですか! ミノスってば!! 僕、肩車される様な歳じゃないですっ!!」


 ニイロは彼の頭をぺちぺちと叩き抗議する。旅の準備を手伝うというより、妨害しているが、ミノスはとても楽しそうだった。


「はっはー↗! そんな恥ずかしがるな!! 動くぞ?しっかりと角に捕まれっ↑↑↑」


「ひゃっ! 待って!! 天井が近い!!」


 そう言うとミノスは笑いながら走り出した。ミノスが居ると雰囲気も明るくなるし、いいのかもしれない。ニイロも恥ずかしそうだが時折嬉しそうにしている。


「ニイロ、実は嬉しそう?」


 無表情なヴェルが彼らの姿を見て俺に尋ねてきた。荷物を抱えたウルドも近寄ってくる。


「ああ、嬉しそうに見える。隠してるけど。あの二人結構気が合うかもしれないな」


「じゃあミノスも道連れ決定だね」


「そうね、ヴェル達はどうやって移動するの??」


 それもそうだ。何だかんだ5人パーティとなってしまった。ヨツンはニブルヘイムの西に在りバイクなら2日程で着く。


「姉さん達はバイクで先に向かって。僕達は三人でヒッチハイクしながら行くよ。遠隔アバター達も拠点の近くに居ると思うから、彼女達の事頼んだよ」


「ええ、分かったわ。道中デイマキナとロキアス達には気を付けてね」


「二手に分かれるなら……ヴェルよかったらこれ使ってくれ」


 俺はここに来る前に街で買った荷物を入れた紙袋を彼女に渡した。

 キャンプに必要なミニコンロと鍋、あとカップと茶葉だ。彼女は怪訝な顔をして紙袋の中を覗く。


「……?」

「飯や温かいもの飲む時に必要かなと思って。ニイロの飯や……ミノスは茶が好きみたいだし」


 荷物になって申し訳無いが、そちらには子供のニイロが居る。短い旅路とはいえ体調面が心配だった。それに意外とミノスも寒がりだろう。

 渡した理由を聞くとヴェルは穏やかに……笑った! ニイロ以外に見せる笑顔は貴重ではないか??


「ああ、そうだね。君は変わらず優しいね。ありがとう、ありがたく使わせてもらうよ。レン達も道中気を付けて」


 変らず?? 何のことだ??

 少しの疑問は残るが俺達はヨツンに向けて出発した。


 ◇ ◇ ◇


「なぁ、スクルドってどんな子なんだ?」


 小悪魔? 魔女? な姉とダウナー系の姉に囲まれて育ったスクルドが気になっていた。


「うーん……しっかりした子よ? 人間でいえば清楚、お淑やかかしら♪」


 生意気系かと思ったがお淑やか清楚系か安心……いや、納得の結果だ。大体、グループやユニットの中には必ず1人常識人枠が居るものだ。ノルニル三姉妹でその担当はスクルドなのか。ことわりってうまくできているな。


「でも、彼女を連れ回してるロキアスが厄介なのよね……」


「どんな奴何だ? ロキアスって」


「彼も英雄派の1人で、最狂の戦士と呼ばれてる男よ。狂人というか……変人というか……一番何考えてるか解らなくて対応しづらいわね……」


 ウルドはそう語ると露骨にいやそうな顔をした。ロキアスという男よっぽどクセモノなんだろうな。ウルドが苦手としているなんて。


「思ったんだが……スクルドは彼から逃げらんないのか?」


「……そうね、今は難しいわね。それに、アンドロイドのボディはオーナーの指示に従うように設計されてるからね。オーナーの命令は人を殺したり、自壊しない限りは体が従っちゃうよのね」


「へぇ~意外とロボットらしいな……良く考えてみたらウルドも人間に致命傷を与えられないって言っていたもんな」


「そうよ?」


 ウルドは『今更?』といった顔をして俺を見つめた。


「じゃあ、ウルドに命令したら聞いてくれるのか?」


「聞くけど……変な命令は事前に相談してね? 心の準備をしたいから……」


 彼女は顔を赤らめては無いものの、恥ずかしそうな仕草をして困り眉ながらも微笑んでこちらを見る……以前、キャンプの夜に見た彼女のあられもない姿を思い出してしまった。


 確かに、ウルドの機体にはそんな機能が有ったな……

 何でだろう。自然にスピードが上がってしまう。


「ねぇ? 聞いてる? ……無視したわね? ひど~い! 」


 彼女の抗議は風にかき消された。


 ◇ ◇ ◇


 ウルドとの賑やかな一泊二日の道中の後、俺達はヨツンの東に有る森に到着した。

 ここに来るのはあの日・・・以来だった。また来ることになるとは……


 森の入口に白いローブを纏った人影が有った。


「大丈夫、近づきましょう」


 ウルドの言葉通り近づく。するとその人影も俺達に気付き目深に被っていたローブのフードを降ろした。その顔は……


「ヴェル!……の予備機?」


 そう、ヴェルダンディと瓜二つだった。


「そうよ。……遠くまでお疲れ様。待ってってくれたのね? ありがとう。ユグドラシルの元まで案内してくれるかしら?」


 彼女は無言で頷くと森の中へと向かい道を歩き出した。

 かろうじて平らで道幅も有ったのでバイクを押しながら進む。


 進むたびに昔の記憶が蘇り、懐かしい気持ちになる。子供の頃は広いと思っていた森の中の原っぱも、こじんまりとして見えた。


 二十分程進むとそびえ立つ崖の前に出た。道はここで途切れる


 先導していた、遠隔アバターもくるりとこちらを向き直った。


「行き止まり? 何もない……迷ったのか?」


「いえ、到着よここがユグドラシルのふもとね」


 ウルドが崖を見上げて感慨かんがい深そうにつぶやいた。崖の上には木すら生えてない。どういう事だ? 混乱していると崖の間―――岩と岩の隙間からもう一体ヴェルの遠隔アバターが現れた。


「まさか! 崖の中にあるのか!?」


「ええ、そうよ。さぁ、行きましょう。バイクはここに置いて? 二人とも荷物を運ぶの手伝って?」


 ウルドは二体の遠隔アバターに言いながら。荷物を持って奥へと進んで行った。

 俺もバイクを持ち彼女達の後を追うのであった。


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