20 Μινώταυρος《ミノタウロス》

「初めましてレンさん。僕はノルニルシステムの第二管理AI【ヴェルダンディ】リアルタイムで起った情報の収集を担当している。以後お見知りおきを」


「ニイロ=ベルウッドです。よろしくお願いします……」


 簡単な自己紹介をして合流を果たした俺達は周りを見渡す。

 地面に転がるロボットとミノタウロス……ひと気のない街の外れ、ここだけ人口密度が高いなぁ。


「ヴェル、何でキマイラとロボットに追われてたの?」

「何でだろうね? 僕、意外とモテるみたい」


 彼女の声は抑揚が少なく、真顔で言われると冗談なのか本気なのか分からない。俺は彼女達に提案する。


「何はともあれ、ミノタウロスの首輪を壊して念のため拘束しよう」

「ええ、そうね」


 スタンガンで痺れて動けないミノタウロスの首輪を破壊して外した。

 首輪を外すウルドを見つめながら彼は何かつぶやいた。


「うぉぉぉぉぉ↗……また嫁が増えたぞ……」

「「嫁??」」


 俺は思わず二人して首を捻る。持っていたロープでミノタウロスの腕と足を縛った。


「ヴェル、このミノタウロス。夫なの?」

「覚えがないな……」

「なっ!!! 違いますっ!!」


 急に静かだったニイロが発言した。彼はぷんぷんとしながら説明をする。


「このひとは一昨日からずっと僕達の事を着け回してたんです!」

「違う! 愛の追いかけっこだ!!」


 愛の追っかけっこって何だよ……どうやらこのミノタウロス、ヴェルに惚れているようである。しかもウルドを見て嫁とも言っているので、惚れっぽいにも程がある。


 ヴェルは無表情で顎に指を添えて考える素振りをした。彼女のメモリの中にはそのような覚えが無いらしい。姉妹揃って、人間に対する解像度が高い。

 そんな彼女の手を見てウルドが尋ねた。


「ヴェル、その腕どうしたの?」


 彼女の両腕は白と褐色が混ざった様にまだらだった。


「初日から皮膜破いちゃって、補修材のカラー間違えちゃった。機能は変わらないからね。姉さんこそ腕どうしたの?」


「ミョルニルと同士討ちして吹き飛んじゃった?」


「姉さんらしいね」


「ヴェルらしいわ♪」


 そう言って二人はくすっと笑いあう。これが姉妹のコミュニケーションらしい。ぎすぎすした感じは無いが……もうちょっとお互いに心配してもいいような。おおらかな姉妹である。


「建物は潰れちゃったけど、地下は残って発電機もあるから姉さんの腕治そうか? 募る話もあるだろうから、皆中でゆっくりしてって」


 ヴェルは自分の家の様に皆を案内した。あくまでここはニイロの家である。

 彼女は瓦礫を退けて地下の入口と思わしき鉄の扉を引き上げた。すると下り階段が現れる。


「こんな所に有ったのね? 気が付かなかったわ」


「姉さんからも見つからないなんて僕もなかなかだね。念のために隠したんだ。ただ資材を運び出すのは苦労してるんだけどね。さあ、行こう」


 俺達は階段を下りた。中にはこじんまりとした研究室が有った。ウルドが寝ていた物と同じ機械の寝台が有り、周囲には無数のコードが床と壁を這っている。


「姉さんはLS25モデルの素体だよね。丁度パーツ取りようの機体が有る。すぐに直せるよ。さっそく始めようか。ニイロとレンは休んでて。あとそこのミノタウロスも」


 ミノタウロス??


 俺達は一斉に後ろを振り向く。ニイロが「ひゃっ」っと小さく叫んで俺の後ろに隠れた。ミノタウロスが腕を組んでさも『仲間ですが何か?』と言わんばかりに立っていた。確か、足と手を縄で拘束したのだが……


「ははは!我嫁よ、心遣いありがとう!」

「おい……ロープどうしたんだよ……」

「ロープ↑?ああ、切れてしまった!」


 嘘だろ? 古くないし、引きちぎれる代物じゃないぞ? しかしミノタウロスは辺りを見渡して頷くと、元気に尋ねてきた。


「今日は寒いな! 白湯はあるか!?」


 ◇ ◇ ◇


 ウルドの右腕をヴェルダンディが直している間、男三人は休憩することにした。研究所に残ったカップやらを借りて三人して茶を啜る。明かりの元、改めてミノタウロスを見た。日に焼けた褐色の肌に黄色の瞳。しっかりした眉で整った顔した20代半ばくらいの見た目をしていた。一番気になる事を彼に聞いてみた。


「な、なぁ。名前なんて言うんだ?」

「名前? 無いっ! 研究所でもミノタウロス1とか2で呼ばれてたからなっ。自由に読んでくれ!」

「じゃぁ……ミノスで」

「おう! いいぞ!! この湯、色がついてていい匂いだな! 俺好きだっ!ははははっは!!」


 ミノスは茶が気に入ったようで、夢中になって飲んでいた。気に入ってくれて良かった……って、まだ色々気になるんですけどっ! 彼が茶を楽しんでいる間、俺はニイロに話しかける。


「ニイロが施設を出た理由はヴェルと暮らすからって事なのか?」

「そうだよ。パパ達が彼女を起動するって言ってたから、僕がそれを受け継いだんだ……」


 両親の意志を受け継ぐ……この年でそんなことを覚悟できるなんてすごいな。


「そっか……その、大丈夫か?」

「……もちろん辛いけど……今は彼女が僕の家族だから守らないと」


 そう言って小さな手でカップを握りしめた。


「強いな」


 俺はニイロの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「子供扱いしないで下さい!僕は……」


「そうだな。ニイロは大人びてるな。でも、辛い時は甘えて良いんだぞ? 大人だって甘えるんだし」


 そう聞いて彼は初めて子供の表情をした。彼が気丈に振る舞っているのは胸が痛く成るほど分かる。俺も先生に我儘や生意気言って甘えさせてもらった。だから今度は俺が甘えられる番だ。


「……じゃあ、ヴェルに甘えても良いのかな?」


「うん! 良いと思うよ」


「レンはウルドに甘えないの?」


 ……うっ! 大人も甘える事が有るといったが……ウルドにか。どちらかと言えば、向こうから甘えられている様な。

 答えに困っていたら、いつの間にか右腕を装着したウルドが後ろに立っていた。ただ、まだ腕と肩の皮膜の補修はされていないので、機械の関節が丸見えだ。


「レンはむっつりだから、中々素直に甘えてくれないのよ?」


 そう言ってウルドは後ろから俺を抱きしめて肩に顔を埋めてきた。少し傷が増えた両手で抱きしめられる。


「くすぐったい! やめろ!! 人前で恥ずかしい!!」


「ほらね?」ウルドはそう言っておかしそうにニイロに笑いかけた。

 後ろからヴェルの抑揚のない声で話しかけられる。


「ニイロ、ウルドの皮膜の補修をお願いしていいかい? 僕より君の方がセンスがいい」

「うん!いいよ!!ウルドおいで!」


 ニイロはヴェルに頼られて嬉しそうだった。立ち上がるとウルドに手を差し出してエスコートする。紳士だ!

 二人は手を繋ぎながらヴェルの近くへと戻って行った。


「おかわりっ↑↑」


 上機嫌のミノスがカップを差し出してきたので、茶のおかわりを注いだ。


「なぁ、ミノスは何でそんなに丈夫なんだ? 地上は月より重力が有るから骨や筋肉が弱くなるはずじゃ……」


「む? 俺は月で重石を付けて訓練していたからなっ!それに体が丈夫なのが取り柄だ!!」


 果たしてそれで克服できるものなのか? いや、実際克服してるんだから事実か。

 ウルドも環境に適応するキマイラが出て来るって言っていたもんな。


「ミノスは俺達に恨みや憎しみは無いのか? 月で色々言われているんだろ?」


「む~~~? 難しい事は分からん。色々言われていた気もするが……忘れた!!この星には美しい女神たちが居るのに他に構っている暇はない!俺は恋に生きたいんだ!」


 彼は目を輝かせながら力説した。とりあえず、地上の民に向けての敵意が無い事を知れてほっとした。あっ……俺は途中の村で旅芸人に聞いた噂を思い出した。


「美女を追い回していた怪物って噂になっていたの……お前の事だったのか?」

「??? 何のことだ?」


 十中八九じゅっちゅうはっくミノスだ。

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