機械仕掛けのノルニル 〜月から逃げてきたAIは運命の女神の名を騙る〜

10 Disippel av den galeste krigeren《最凶の戦士の弟子》

　―――『大切な物は自分の手で守れ』

　急に先生に言われた言葉が頭を過った。そうだ、何のために今まで鍛えた。

「やめろ！！！！」

　俺は槍を伸ばして横からドナールに襲い掛かるが。力量は相手が上だ。もちろん避けられ距離をとられる。しかし、俺の攻撃で彼は動揺している。

「お前……その武器は……」

「グングニル……最凶の戦士のお下がりだよ。お前、ヨツンが滅んだ原因を知っているのか？」

　肩が痛くて思うように力が出ないが……時間稼ぎ位にはなりたい！

「盗人か！ ヨツンは邪悪なる巨人ユミルを復活させようとした、また終焉を呼び寄せようとしたんだぞ？ そんな奴ら裁きを受けて当然だ！」

「当然だと……?」

「……レン……退いて……」

　怒りで頭がくらくらする。ノイズ交じりのウルドの声が聞こえた気がした。

「町ごと消えて当然だと！？ ふざけるな！」

「ならばお前も消えよ！」

　奴はハンマーを思いっきり振り回し、俺は槍の柄でそれを受け止めるが一撃が重い！！ せめて一撃でも！ 怒りに任せ無我夢中で攻めた。

　―――！

　穂先がドナールの頬を掠り、赤い髪の毛がひと房はらりと落ちた。

「おのれ！！」

　俺は呆気なく吹き飛ばされて地面にたたきつけられる。槍もカタンと手から離れ転がって行ってしまった。それを目で追うと、シュウとアキが物陰から怯えてこちらを見ている。何で逃げなかったんだよ……

　しかし、禍々しい気を放った何（・）か（・）が猛スピードでドナールに飛びかかった。

　ウルドだ……

「オマエ……レンに手を出シたナ？」

　ウルドは今までにない凄味のあるノイズ交じりの声でドナールに確認するように聞いた。

　だが顔は反比例して無表情だった。これは殺気だ。アンドロイドから放たれる冷たい殺気を感じたドナールに動揺の色が浮かぶ。

「こいつ、闇堕ちしているのか！？」

「逆ダ、救わレて這い上がっタ」

　とうとう彼女の声に抑揚が消えた。

　ドナールはウルドに向かいハンマーを振り回し応戦するが、先ほどよりも格段にスピードが上がった彼女は、無表情でハンマー避けその都度持ってた黒い刃を何度もハンマーに全力で叩き込む。

　しかしその都度、彼女の関節は悲鳴を上げ、手からは刃こぼれするようにボロボロと形が崩れていく。―――だが、ハンマーから奇怪な音がして周囲は慌てた。

　涓滴（けんてき）岩を穿（うが）つ

「ミョルニルを破壊する気か！？」

　ドナールはハンマーで彼女を吹っ飛ばした。まともに喰らったウルドは俺の近くに転がってきた。無表情の彼女は立ち上がるのも精一杯のようだった。

「もういい……ウルドも逃げよう」

　彼女を庇うように間に立った。ハンマーに異変を起こされて気が経っているドナールの怒号が聞こえた。

「ならば貴様の主人から殺す！ 命がけで守って見せよ！！」

　トールはハンマーを構えて俺に迫ってくる。

　そんな時声が聞こえた。

「レン！！ウルドーーー！！これを」

　そう言ってシュウが長い棒のような物を思いっきりこちらに投げてきた。ウルドはそれを素早く受け取り構えようとするが、トールは早かった。既に間合いに入っていてハンマーを振り上げている。

　ウルドは行動変更をした。それを俺の上に落とし、華奢な右腕でハンマーを掴む様にまともに攻撃を受け止めた。

　―――！！！

　それはスローモーションのようだった。

　ウルドの右腕に光が走り、爆ぜるように壊れてしまった。先ほどまで彼女の一部だったものが、割かれ砕かれ……宙に舞い地面に散らばってゆく。

　そしてその衝撃で彼女自身も大きく吹き飛ぶ。

　彼女は色褪せるように彩りを失いながら、地面へと叩きつけられた。ピクリとも動かない。

　―――だが、俺は嘆くことを彼女に許されていない。

　ウルドを吹き飛ばしたハンマーの動きが止まり、次の攻撃に入る前のラグを見逃さなかった。俺はハンマーに照準を合わせた。

　ドナールは俺をみて目を見開く。俺の手には予想だにしないものが有ったからだ。

　シュウが俺達の元に投げて届けたのは俺の槍ではない、元々彼女の持ち物であるレールガン。電力はチャージされいつでも撃てるようになっていた。

「彼女は【ノルニルのウルド】だ。覚えておけ」

　そう言い放って俺は引き金を引く。

　―――ダァン！！

　銃弾を受けたハンマーは爆ぜた。

　その衝撃で近くに居たトールも後ろに吹き飛び地面に叩きつけられる。

「「やった！！」」

　シュウとアキ、二人の声がこの戦いが終わったことを告げた。

「ウルド！！」

　俺は彼女の元へ駆け寄った。

　しっぽのように長かった彼女の髪はこの戦いで少し短くなっていた。色も白に戻って右腕はパーカー諸共、影も無く吹き飛んで肩からは幾本かのコードが飛び出ていた。破片で傷ついた肌も痛々しい。

「おい！ 大丈夫か！？ ウルド！！」

　彼女を抱き起すと彼女の額の上に、空中ディスプレイが展開される。

　旧世界の文字で、メーターと共に……

『チェック中……チェック完了後再起動します』

　可能性が有る！！

　アキとシュウが駆け寄ってきた。

「レン！大丈夫か！！……ウルド」

「光ってるから、完全に壊れたわけじゃないよね？」

「ああ、再起動の準備をしているみたいだ」

「レン早く逃げよう！ ドナールは気絶してた。あの武器もバラバラだ……」

「シュウ、アキ……ごめん……俺、このままウルドと街を出る」

「おい！ 何でだよ！！」

「ウルドと約束したんだ。消滅したヨツンの真実を教えてもらうって。……俺、実はヨツンの生き残りで、彼女はヨツンの悲劇の真相を知る鍵なんだ。だから、彼女の妹とパーツを探す手伝いをする。ごめん……パーツ提出するとか持って行くとか都合のいい事言っちまって」

　二人は俺の話を聞いて黙った。失望されても仕方がない。

「ヨツンってマジかよ…………レンはヨツンの名前が出ると空気が変わるから気になってた。……ウルドも妹と離ればなれじゃ可哀想だもんな。わかったバイクに乗せるのを手伝う」

　俺とシュウでウルドを持ち上げた。

「こんだけ頑丈ならそら重いやっと」

「シュウ、彼女に蹴られるぞ？」

「元気なウルドを見られるなら望むところだ」

「シュウ達はこれからどうするんだ?」

「ほとぼりが冷めるまで隠れるさ。もう月の奴らとは取引しない。今回で懲りた」

　俺達はウルドの体を担ぎバイクのサイドカーに載せてエンジンを掛けた。

　アキが何かを持って駆け寄ってくる。

「レン！これ。ウルドの荷物とドナールが持っていたパーツだ。俺達、友達でいられるよな？」

　こんな俺でも友達でいてくれるのか？？ そう聞いてくれて嬉しかった。

「当たり前だろ？ 次会う時はうまいものでも食べよう！ じゃあな」

「死ぬなよ！ レン！！ 絶対また会おうな！！」

　暗い街を出て、街道をひたすらに走った。

　先生、何も言わず出て行ってすみません。後ろを振り返る旅に出ます。

　母屋の戸締りだけよろしくお願いします。