第二章 現在を彷徨う亡霊

11 Begynnelsen av reisen《旅の始まり》

 ―――姉妹の原初の記録


『私達三体の人工知能は当初拒絶され消されるはずだった。しかし一人の男がそれを止めた。それは月裏研究所の創始者であり英雄派の重鎮。彼が私達を引き受け、私達は彼を【お父様】と呼ぶようになった』


 ◇ ◇ ◇


 ―――起動


 朝陽に照らされたサイドカーの中でウルドは目覚めた。

 身体は彩りを取り戻し、乱れた白髪はきれいな若葉色になった。緑色の瞳は不思議そうに俺を見上げて、ゆっくりとつぶやく。


「 レン??……」


 そう呟いてウルドはぼうっとする。瞳に時折ノイズが走る。

 起動したもののまだ本調子ではなさそうだ。


「ドナールは?」


「あのハンマーを壊した時の衝撃でドナールは気を失ったんだ。その隙に逃げてきた。アキとシュウも無事だ、それにパーツが一つ増えた」


 彼女に新たに手に入ったパーツを見せる。それは遺跡で見つけた物と同じものだった。

 情報が多く驚いた顔をしていたが、理解したウルドは安堵して肩をなで下ろし、穏やかな顔になった。俺も、ウルドが目覚めて一安心だ。


「どうしてレンは私を連れてきちゃったの? そのまま置いて逃げればよかったのに……」


 置いて逃げたら、ヨツンの真実は闇の中だ。それに、俺達の為にボロボロになるまで戦った彼女にそんな非情な仕打ちは出来ない。


「だって、俺はウルドのモノだし、ウルドは俺のモノなんだろう? 俺は『ヨツンの真実』について知りたい。 だから俺もウルドの妹達とユミルを探すのを手伝う」


 俺が優しく笑いかけると、彼女は泣きそうな顔をした。何かを振り払うように軽く横に首を振るって優しく微笑む。


「レン……ありがとう」


「ああ、妹とユミルを探すのも大切だけどウルドの右腕も直さないとな」


 ミョルニルを破壊する代償にバラバラに吹き飛んでしまった彼女の右腕

 ……ウルドも自身の右肩を見てため息を吐く


「そうね、右腕だけで済んで良かったわ」


「ウルドが目覚めたラボに行けば腕は治せる?」


 彼女が居た部屋の奥には、多くの機体のストックが有った。それに発電設備も生きている。


「治るけど……そこに行くならニブルヘイムに妹が目覚めたラボが有るの。そこにもパーツどり用の機体が置いてあるはずだから分けて貰うわ」


 ニブルヘイムに行くにはウルドのラボは遠回りになってしまう。それなら少し時間はかかるが、ニブルヘイムで直した方が効率的だろう。ウルドの腕が治る見込みが有って安心した。


「分かった、ニブルヘイムに向おう。遠いけど少し我慢してくれ」

「ええ、運転よろしく。ご主人様」


 こうして俺達の旅が幕を開けた。

 

 ニブルヘイムはミッドガルドから北に位置する。鬱蒼とした山に囲まれた霧深い街だ。道は整備されているが、バイクを使っても3日は掛かる。途中で通りかかる村で燃料を買い、情報を集めながら行くことになるだろう。


 バイクを走らせながら彼女に聞こえるように尋ねた。


「ドナールって何者なんだ? ウルドも知ってるようだったけど……」


「ドナールは月裏げつり研究所・創始者の弟よ。……と言っても、旧世界の地上で生まれ、肉体改造を受けて機械の体を得たサイボーグなの。地上で難なく活動が出来て、寿命に関しても長い。『英雄派』と呼ばれる月裏の一派よ」


「その英雄派も半年前に地上に来たのか?」


「いえ、彼らはずっと地上に住んでいる。彼らはAIを恐れていて、ドナールは『大』が付く程のAI嫌い。普段クリーンな筈の彼が月裏研からキマイラを借りたり、この星の人間を使って手段を選ばずにユミルのパーツを探してる所を見ると、相当私達を妨害したいようね」


 ウルドは悲しい顔をする。きっと、シュウやアキの事を考えて言えるのだろう。だが、巻き込んだのはウルドではなくドナールだ。


「英雄派の奴らも、ウルド達の未来予知で何かしようとしているのか?」


「そうね。英雄派の彼らは終焉から世界を遠ざけたいだけ、地上の侵略に興味は無いから未来を大幅に捻じ曲げようとはしない。私達AIを目が届くところに囲っておきたいだけよ」


 ウルド達をそのまま月裏に囲っていても、今度は月裏研の連中に利用されると言う事か。


「月裏研究所も複雑なんだな」


「そうよ、人工知能を狂わせるくらい異常な所よ」


 ウルドは心底嫌そうな顔をして答えた。よっぽど常軌じょうきしった所なのだろう。


 ◇ ◇ ◇



 ―――プスン


 そんなバイクの一声と共に、ゆっくりとスピードが落ちていく。

 あれ? こんなに早く切れる予定では……燃費が悪いな……。


「ウルド、どうしよう……」

「どうしたの?」


「ガス欠だ……」

「あら? 電気なら私が供給しましょうか?」


 ウルドはそう言ってチョーカーからコードを伸ばし差し込むべき場所を探す。

 そうなんだよね。ハイブリットならいいのだけど……


「このバイク、ハイブリットじゃないんだ……」


「まさか……ガソリン?」


「落ち着いてくれ、元だ。今はバイオマス燃料車に改造されてるから、どこか村に立ち寄って分けてもらう事に成るけど」


「なんだ!!よかったわ……」


「と言う事で、バイク押すの手伝ってくれ」


「……それくらいなら。次の村まで何キロくらい?」


「5キロかな?……」


「ふぇっ……!!」



 ◇ ◇ ◇


 二人でバイクを押し、村にたどり着いたのは日が傾きかけた時だ。


 小さな村で、村人に話をしたら村長を紹介してもらった。優しそうな初老の夫婦だ。ただ奥さんは今朝、足を怪我してしまったようで杖を使っていた。


「あら旅の人? 燃料と宿がないかって話しよね?」

「はい!あと仕事も有れば手伝わせてください!」


 と、言う事で今日は村長の家に泊めてもらえることになった。


 明日の朝、畑作業のの手伝いをすることになった。それだけでは申し訳ないので、日が暮れるまでの間、簡単な手伝いをしながらニブルヘイムの情報を仕入れる。


「ニブルヘイムに行くんだって? あそこは今も大変みたいだね。復興は進んでいるけど、時々月の怪物の声が聞こえるらしいよ、それに最近は幽霊が出るって言う噂だよ? 行商人が見たってみんなに話してたよ」


 話に月の怪物が出てきた通り、ニブルヘイムの近くに月からの宇宙船が不時着した為、ニブルヘイムは被害を受けた。その傷跡が今も残っている。


 怪物に幽霊……良い噂聞かないなニブルヘイム……


「夕飯の前に、お遣いを頼んでもいいかしら?」


 村長の奥さんから声を掛けられた。


「村外れの家にユエという女の子が住んでいるんだけど、ここしばらく姿を見せてくれないの。時々様子を見に行っているんだけど、今日も行こうと思ったらこの怪我でしょ? 申し訳ないのだけど、彼女が家に居たらこれを渡して欲しいの。居なかったら持ち帰って来て頂戴」


 そう言って彼女は籠を差し出した。中には焼き菓子と飲物が入っている。家の場所を聞くと遠い場所ではないので、俺達は快諾した。


 村長の話によるとユエは年老いた母と暮らしていたが、半年前に病気で亡くしたらしい。大人しく気立てのいい子で、母を亡くしてから塞ぎこんでいたが、少しずつ村にも顔を見せるようになってきた。


 しかし一カ月ほど経つと、また閉じこもってしまったのだ。彼女の母と仲の良かった村長さんの奥さんにとっては娘に近い存在なのですごく心配していた。病気なのか。それとも何かトラブルが起きてしまったのではないか……


◇ ◇ ◇


 ウルドと二人でユエの住む屋敷に来たが、二階建てのこじんまりとした屋敷で人の気配が無かった。カーテンで窓は閉ざされている。


「こんにちは~!ユエさん、村長さんからお届け物です」


 扉をノックしても反応が無い。

 俺達は屋敷の周りをぐるりと一周回ってみる事にした。


 やはり、ひと気が無く物音も明かりも無い。

 諦めてウルドを見ると彼女はぼうっと家を眺めている。おや? 彼女の瞳の色がいつもと違う。この瞳は……


「スキャンしたのか?」


「ええ、サーモグラフィーで見てみたわ。居るわね、二人」


「え? ? 一人じゃないのか? 確かここの家の住人って」


「裏口の鍵を開けて入ってみましょう♪」


「開けるってどうやって? 鍵もなしに……」


 俺達は裏口に回った。

 ウルドは扉の隙間に左手を添えると黒い液体がスルスルと入り込み……


 ―――カチャ


 静かに鍵が開いた。


 ウルドは満足そうに頷く。

 ナノマシンのそんな使い方ありかよ。


 物音を立てない様に室内に入り込む。中は暗く、俺はペンライトをつけて辺りを見渡した。


「荒れてはいないんだな。整頓されてる。埃も少ない……」

「そうね……二階の東側の部屋に彼女達は居るわ。静かに行ってみましょう」


 階段を上がり、問題の部屋の前にたどり着いた。ウルドはドアノブに手を掛けたので、そっと止める。不法侵入の後ろめたさが有った。


「勝手に入ってきて勝手に開けるのはどうなんだ?」

「ノックしてみる?」

「……お、おう。そうしよう」

 

 コンコンコン


 ウルドは静かにノックをした。すると部屋の中の空気が動くのを感じる。


「だ……誰ですか?」


 若い女性の声だ。俺が喋ろうとするとウルドに制される。俺の代わりにウルドが優しく語りかける。


「村長の奥さんに頼まれてきた使いの者です。食べ物を届けてほしいと……」


「初めて聞く声なのですが……」


「ええ、旅の者なので」


 そう聞くと、ドアノブがゆっくりと回り、扉が勢いよく開いた。


「お願いやめて!!!」


 彼女の悲鳴と共に現れたのは銀色の狼の頭に人間の体、手足は大きく鋭い爪を持っていた。その大きな手でウルドの頭を掴もうとする。


 俺も咄嗟に槍を取り出し、伸ばさずにナイフのように構えるが、手を掴まれ動けなかった。それはどうやら狼男も同じようで彼の手首を掴んだウルドが見えた。


 俺は何に邪魔をされたのか確認すると、ウルドのナノマシンだった。

 彼女は静かに彼の正体を告げる。


「月にて造られし神話キマイラ……リュカオンオオカミ男



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る