12 Λυκάων《リュカオン》
「お願い! 彼を殺さないで!!」
「いい、隠れてろユエ」
リュカオンの影から女性が一人飛び出してくる。そしてウルドにすがり懇願した。
この状況は……俺は腕の力を緩めるとナノマシンの拘束が解けた。
槍を納め彼らに話しかける。
「いきなりすみませんでした。よかったら詳しく話してもらえませんか? 奥さんから預かった料理も渡したいし」
敵意が消えた俺を見て、警戒しながも狼男は手を降ろした。小柄で綺麗な金髪に緩やかなウェーブが掛かった女性、ユエは俺達を部屋の中に招き入れた。
「では、中へどうぞ……」
リュカオンは俺達から目をそらさずゆっくりと彼は右足を引きずりながらベッドに腰掛ける。
「初めまして僕はレン。彼女はウルドですニブルヘイムに向けて旅をしています」
「は、初めまして……。私はユエ、彼はルカです」
薄暗い部屋の中、俺達は自己紹介をした。部屋を見渡すと、洗面器や包帯など誰かを看病しているといった様子が伺える。ユエがルカの怪我を看病していたという所か。ウルドは神妙な顔で彼らを見ていたので俺が話を続ける。
「勝手家に入ってすみませんでした。村長さんの奥さんから料理を預かったので届けに来ました。あの……単刀直入ですが、ルカさんは半年前、月から来たキマイラですか?」
キマイラというワードを聞いて驚き、二人は顔を見合す。ルカは静かに頷き覚悟を決め話し出した。
「ルカと呼んでくれて構わない。そうだ、半年前に来た月のキマイラだ」
「ルカはなぜここに?」
ユエさんの話によるとこうだ。
五か月前の嵐の晩、雷が近くの山に堕ちたらしい。その木はユエさんが気に入っていた木だったので、翌朝様子を見に行くと木の根元に彼が倒れていた。落雷に捲き込まれたようだったが息もある。
彼の容姿が変わっていることも、月からの襲撃の事も知っていたが、彼女は彼を放っておけず、この屋敷に運び看病したとのことだ。
「この星に来てすぐに、両者激しく戦っていたのを見て俺は怖くてその場から逃げてしまった。山の中に逃げ込んだが、月からは村を襲えと指令が出た。非武装の一般人を殺すなんてことできない……。そして、体が重く腹も減って気力を無くしていた。その日の夜、落雷に捲き込まれて、ユエに助けられた」
キマイラの目から見ても悲惨な戦いだったのだろう。
ウルドは『失礼』とつぶやき彼の首輪に触れる。
「成るほど。幸か不幸か雷で首輪は無効化しているのね。案外壊れやすいのね、この首輪♪」
「その様だ。その日以降月からの通信は無い」
ウルドは、ナノマシンを使いながら彼の首輪を外した。首輪から解放されると、ルカとユエ両方から安堵の息が漏れる。しかし、不安が晴れないユエは心配そうに俺達に尋ねてきた。
「あの……レンさんとウルドさんは私達をどうするんですか?」
そう聞かれてウルドの顔を見てしまった。彼女も同じだったようで目が合う。
「「届け物しに来ただけだから……何も……」」
その答えを聞いて二人はあっけにとられている。ユエはウルドに向けて尋ねた。
「ルカを捕まえに来たんじゃ……」
「いいえ、ルカが居る事も知らなかったわ。彼が洗脳されていれば別だけど……ルカはこの星の人間を殺したいの??」
ウルドは真っ直ぐにルカの目を見て尋ねた。
彼もウルドの目を真剣に見つめた後目を伏せて、穏やかに言葉を紡ぐ。
「いや……殺し殺されはうんざりだ。長くない命、今はゆっくりユエと過ごしたい」
そう言ってユエの手をそっと握る。彼女も安心したようにルカを見上げた。何というか二人には温かい空気を纏っていて……その、相思相愛というか……きっと、好き同士なんだなというのが分かる。
だが、同時に悲壮感も溢れていた。
ルカは自身の体の事を良く知っているから、未来に対して希望が持てない。恐らくユエも彼から聞いているんだろう。そんな二人を見てウルドが左手を顎に添えて悩んでいた。
「うーん……どこまで言おう?」
「どうした?」
ウルドは二人を真剣に見つめ、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。
「……今の月裏研究所は、別の事件の対処で忙しくて、月は地上に放ったキマイラを追うことを諦める。更に近い未来の話なんだけど……キマイラとこの星の人間は共存できるわ」
「「「え?」」」
ウルドを除いた3人は思わず驚いてしまう。そんな夢のような話、起り得るのか?
驚く俺達をよそに彼女は話し続けた。
「キマイラの子孫は獣人と呼ばれこの星の歴史に溶け込む。だから諦めず長生きする道を探してみて。まずは少し日光浴した方がいいかも。あと、リハビリも」
ね? と言うかのようにウルドは二人に優しく語りかけた。
「具体的なことを言って未来が変わってもまずいから、今の私が言えるのはここまで♪ もちろん辛い事もあるかもしれないけど、少しずつ理解しあえる。まずは村長夫妻に差し入れのお礼を言った方がいいわね♪」
ユエとルカの目に光が宿る。
「私、まだまだルカの傍に居たいわ……」
「ああ……俺もだ。諦めずに一日でも長く一緒に居られるように努力する」
ユエはルカに抱きつき彼は彼女の頭を優しく撫でた。俺達も二人の姿を見て安心する。落ち着いたユエは、俺達を不思議そうに見て尋ねた。
「ねぇ、あなた達何者なの?」
その問いは……未来を視るアンドロイドと、その主?いや、なんか胡散臭い。
俺が悩んでるとウルドは優しく笑いながら彼女の問いに答える。
「私達は……占いが得意な『機械の魔女』と『魔女の騎士』って所かしら?」
怪しさはぬぐえないが、魔女と騎士か……そう言われるのも悪くない。
気が付くと外は日が暮れて真っ暗になってしまった。
「じゃあ、私達はこれで。勝手に入ってごめんなさい」
「二人とも、元気で!また逢えたら」
「ありがとうございます!」
「ウルド、レンありがとう、頑張ってみるよ」
二人に部屋から見送られて俺達は屋敷を出た。
村長の家に向かい歩きながらウルドに尋ねた。
「なぁウルド。二人に言ったことは本当なのか?」
キマイラがこの星の住人と共存するって……
「本当よ? 最初は風当たりが厳しいでしょうね。差別もある。でも各地で彼らのような共存を願う者が地が出てくるの。彼らの努力は実を結び数十年後には共存できる国までできるわ」
「なんかお伽噺みたいだな……」
「そうね。旧世界の人間からしてみたら今の私達なんて空想の存在よ。でも、大丈夫。あの二人なら生きていけるわ」
彼女は嬉しそうに笑う。恐らく、彼女にはもう少し具体的な情報が見えているのだろう。そう言えば……
「ウルドは過去の情報を扱うのに、何で未来を知ってるんだ?」
「彼らに話した未来まではもう見えていて、その情報は姉妹間で共有されているの。獣人の出現でこの星は更に活気を取り戻していく。緩やかにその流れに今乗り始めているんだけど……」
「けど?」
「それを良しとしない連中もいる。それが
憎々しそうにウルドは予言する。
「なるほど……ってか、俺にそれを話していいのか? 彼等より具体的な情報を知ったけど……まさか消されたしないよな?」
「レンは特別だから問題ないわ」
「特別? なんで??」
「……だってほら、この情報を悪用する様な人じゃないし無条件にキマイラを殺さなかったし……ありがとう♪」
「キマイラ達の背景や置かれた状況を知らなければ、俺だって……なぁ……彼らの事実をもっと広めた方がいいんじゃないか?」
「そうね。ただ……中には出会った時のハイルピュアの様に、月の支配下に居る者もいるし洗脳されている物だっているから、丁寧に説明しないとね。……この旅路で出会ったキマイラにはできるだけ手を差し伸べたいわね……」
「ウルドはこの星の住人だけじゃなくキマイラにも優しいんだな?」
「そうかしら? 私にとってはこの星の住人もキマイラも人間。私は人間の平和な道具で居たいだけ。そして、月裏研究所の連中が大嫌い。それだけよ」
彼女はいつもと違う微笑を見せた。慈愛に満ちた……いつものような悪戯っぽい笑い方では無かった。
「レンは優しいわね。さて、今日は良く寝て、朝一に仕事したら次の村に行きましょう!」
翌日、朝の畑仕事を手伝っていると、ユエとローブのフードを目深に被ったルカが現れた。
もちろん村長夫妻は酷く驚き、村は騒ぎになった。彼女の無事と様子を見て彼らは彼女の言葉に耳を傾けた。
ここから少しずつ理解が広がり、彼らに幸せが訪れる事を切に願った。
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