9 Den sterkeste krigeren《最強の戦士》

 ―――アルカディアの研究員は語る。


『アルカディアの創始者兄弟は、強さと働きを称えてられ、英雄と呼ばれているんです。彼らの派閥を【英雄派】と呼び、しかも創始者兄弟は旧世界の失われたサイボーグ技術で体を改造されててエグい程強いんですよ。しかも現研究所所長と馬が合わなくて意見がぶつかるんです!こっちはいい迷惑です』


 ◇ ◇ ◇


 欠けた月が静かに見守る夜。ひと気のない旧市街入口の待ち合わせ場所には、緊張した面持ちのシュウとアキがいた。


「二人ともお待たせ」


 俺に声を掛けられて、ソワソワと落ち着かないシュウが、不安げに俺達の顔を見る。

 彼の足はまだ湿布と包帯が巻かれている。1人で歩けるもののまだ完治した訳では無い。


「どうするんだ? 4人掛りで襲うのか?」

「そんな強盗みたいなことしないわ。初手から私がお仕置きするのよ♪」


 ウルドは、ゆったりと微笑みながら述べて、レールガンを両手で持ち、俺達に見せるように軽く持ち上げた。

 俺達は絶句した。お仕置きの道具がレールガンじゃなければ、彼女にお仕置きされたい奴もいるだろうが……今の彼女は、お仕置きではなく圧倒的な力で分からせに行くやつだろ? せめてスタンガンの機能のみで、何とか出来ないだろうか?


「嘘だろ?」

「冗談じゃないわ、本当よ? でも残念ながら、私は人間に致命傷を与えられないの。半殺しね」


 初手お仕置き(半殺し)と聞いてシュウが慌てて尋ねる。


「薬はどうするんだ?」


「残念だけど、特効薬は存在しないの。診断された病名から月で流通している薬を調べてみたわ……」


 シュウとアキは悔しそうに俯く。


「そんな……」「ひどい……」

「本当に二人の気持ちを利用したんだな……」


 落胆する二人にウルドは文字がびっしりと書かれた紙を渡した。

 アキがこれを読んで驚く。


「ウルド!これって……病気の事調べてくれたのか?」


「ええ。月はここよりも医療や生命科学が進んでいるのは真実よ。私が今調べられる範囲に成るけど、病状を改善する食事や生活で気を付ける事を書いたわ。今日以降月の連中と取引しちゃだめよ?」


 俺が夕食を食べている間にそんなことをしていたのか。彼女がいい奴で感心してしまった。


「ありがとう! 妹やレンを悲しませるようなことはしない。もちろん、ウルドの気持ちも無駄にしない。本当にありがとう!!」


「気持ちだなんて……私はただの人工知能よ? 人間の役に立つのが仕事なの」


 そう言って彼女はレールガンを恥ずかしそうに抱えてもじもじしていた。


「終わり次第、私はこの町を出るわ。短い間だけど3人と過ごせて嬉しかった。ありがとう♪ レンの件は、落ち着いたら手紙を書くわね?」


 予感はしていたが、やはり出て行くのか。


 アンドロイドを見つけたからと言って、彼女を引き留めてでも絶対に居て欲しいという欲は無い。『なぜか意志と感情が有る人間みたいなアンドロイドに出会ってしまった』という不思議な体験をしただけで、明日からは日常に戻るのだろう。


「ああ、ありがとう。ウルドも願いが叶うといいな」

 

 俺とウルドは務めて明るく振る舞うが、シュウとアキの不安は晴れていなかった。


「なぁ……もし失敗したら?」


 その言葉に、ウルドの顔も真剣になる。


「失敗したら逃げなさい。自分たちの身を守って」


 ◇ ◇ ◇


 町はずれの広場で、取引相手の赤髪の女を待った。旧市街は建物の老朽化が激しく今はほとんど住んでいない。ならず者がこうやって時々取引に使っている。


 待ち合わせの時間きっかりに何者かがこちらに歩いてきた。


 闇夜の様な濃紺のローブを纏い、フードを目深に被っていて顔は分からないが、赤く長い髪がローブの隙間から見える。彼女は俺達の前に立ちはだかる。

 長身で俺よりも高い。180cm位あるのではないか? 一瞬男かとも疑ったが、声は女性のように高く柔らかだ。


「発信機の信号が途絶えて心配していたよ。無事で良かった。薬も持ってきたけど…… おや? 後ろの二人は?」


 何とも白々しい奴だ。彼女は右手に錠剤らしきものが入ったヒートを持っている。

俺とウルドは答えた。


「会うのは初めてだけど、ハルピュイアから報告が行っていただろ?」


「彼女、最後はいい声でいてくれたわ。会うのは初めてね、ドナールさん♪……あら? その薬は月で出回っているただの鎮痛薬よね? 騙すなら月裏げつりの奴らに頼み込んで偽装くらいしたら? あっ、いま月裏は半年前の責任の所在をなすりつけるのに必死で出来ないかぁ ♪」


 ケタケタと魔女が煽るように嘲笑った。ドナールはシュウとアキの方を向くと静かに低い声で問いかける。


「二人ともこれは? 説明を」


 余りにも空気が変わったので二人は動揺した。しかし同時にウルドの態度も豹変する。邪悪な魔女は俺達を視た。ドナールよりも不気味さを感じ、思わず俺達に緊張が走る。


「簡単よ。私がこいつ等を利用しただけ! ここに居る全員倒してユミルのパーツは私が貰う。まずは強そうなアンタから始末する」


 レールガンをドナールに向けて宣言するとウルドは飛びかかった。

 これは演技だ。そう信じるしかない。


 押し倒されたと同時にドナールのローブのフードが落ち、顔が露わになる。

 その顔は……


「あらぁ? 女装とは最強の戦士様も多趣味ねぇ♪」


「ただの人形じゃないな……電子の巨人か。やはり巨人は邪悪だな!!」


 その声は太く男性の声そのものだった。女装しただと? それに、どうやって出してたんだ? あの声は!!

 ウルドはレールガンを彼に突きつけ、挨拶と共に初手を差すつもりだ。


「正解♪ 初めまして最強の戦士・ドナール様♡ きゃっ!!!」


 ウルドは挨拶の途中で、悲鳴と共に投げ飛ばされた。その拍子に彼女の手からレールガンが逃げる。

 アンドロイドの彼女を投げ飛ばしただと? どんだけ強靭な体をしているんだ!!月の住人は地上の重力下では普通に活動するのもままならないって聞いたばかりなのに……なのに何であいつは動ける!?


 ウルドは転がりながらも大勢を持ち直し、両手にナノマシンのナイフを構えた。


 ドナールはゆっくりと立ち上がるとローブを脱ぎ捨てた。赤い長髪にオレンジの瞳と強い意志を感じる眉、体は細身ながらも筋肉が付いていた。背中に大きなハンマーを背負う男だった。


 彼の正体にシュウとアキも驚く。一足先に冷静を取り戻しがアキが俺の服の裾を掴み物陰に誘導する。


 ドナールは背負っていた大きなハンマーを右手に携え構える。ハンマーからは『ヴンッ』と低い電子音が聞こえてきた。


「地上に厄災をもたらした巨人め……ヨツンといい、巨人に関わる奴等は絶対に許せん! 丁度いい、ユミルのパーツ諸共お前を破壊する!」


「濡れ衣はやめてもらいたいわ。英雄がこんな事してると知ったらさぞみんな驚くでしょうね! 最高級の体、どこまで動くのか試させてもらう」


 あの男……今、ヨツンと言ったか?

 飛び起きたウルドは黒いナイフを握り締めてドナールに襲い掛かる。


 しかし彼はハンマーを大きく振り回し、ウルドをはじき返す。あまりにも早い攻撃で彼女は避ける暇も無かった。


 雑に放り投げられた荷物のように、彼女が俺達の近くに転がってくる。目にノイズが走り一瞬無表情になっていたが、すぐに眉を歪め不敵に笑う。


「最高級の体でも痺れるわ♪ あのハンマー打撃と同時に電撃とか、チートすぎ……決めた♪ あのハンマー壊す!!」


 宣言して素早く彼の懐に潜り込み一撃を食らわそうとするが、左手で頭を掴まれそのまま地面にたたきつけられた。あいつ、何者なんだよ……早くて強い。ウルドはハルピュイアには余裕で渡り合っていたのに……


「ぐッ……」


 ウルドからノイズ交じりの声が漏れる。見てるこちらも目を背けたくなるほど痛々しい…アキが、震えながらこちらを見つめる。


「レン……どうしよう……」


 このままでは無防備な彼女があのハンマーの直撃を喰らう!!


アルカディア月裏で飼っていた【モイライ】が逃げたと聞いたが、そのうちの一匹がお前か。やはりお前達巨人は邪悪だ……消えろ!」


 ハンマーを構えた彼の目は怒りに燃えていた。

 何でだよ……!こっちだって、許せないことが多々ある。


「シュウ、アキ。俺が時間を稼ぐ、逃げろ!」


 俺は槍を握り締めドナールに向かい駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る