4 Android《アンドロイド》

 ―――戦後、地上に残された者は語る。


『オーナーを失ったロボットやアンドロイド達が急に動き出したんだ。彼らは人が立ち入ることが出来ない場所で、瓦礫の除去や環境改善活動を始めた。誰の指示で動いているが分からないが……我々にとって非常に心強い。私達は彼らに敬意を込めてデイマキナ神の機械と呼ぶことにしたんだ』


 ◇ ◇ ◇


「爆弾に抱きついているみたいで、生きた心地しない……」


 ウルドに背負われたシュウがポツリとこぼした。

 それを聞いて彼女は眉をしかめ唇を尖らせる。


 調査隊のキャンプに向かい帰る為、遺跡を脱出する事になったが、シュウは足をくじき歩けなかったので、アンドロイドであるウルドによって運ばれている。ウルドはゆっくりと宣告する。


「私を爆発させるかは、あなたの言動次第よ?」

「ハイ……ごめんなさい」


 そう言って彼は黙った。


 俺もアキも負傷している為、シュウに肩を貸すのが難しく悩んでいたら。見かねたウルドが『私が運ぶから乗りなさい』と提案したのだ。当初、シュウはウルドに背負われる事を酷く拒んだ。


『こんな姿のアンドロイドに背負われるって……拷問か? なにか反応しようもんなら次こそ半殺し……いや、全殺しにされる!!』


 ……一理ある。


 ウルドの姿は黒いヒールに上下の黒のインナー、そして彼女は荷物を詰め込んだ鞄を斜めがけにして、手には長い獲物武器を持っている……それってもしや、ショットガン?

  胸が豊かでメリハリのある体をしているので正直、目のやり場に困る。


 研究室内で何か着る物が無いか探したが……残念ながら見つからず、仕方なく俺のパーカージャケットを羽織らせて彼女の腰までを隠すことに成功した。が……あれ?もっと隠れるかなって思ったけど、意外とウルドは長身だった。


『余計エロくなってるじゃないか!! しゃがむと丸見えだぞ!!』


―――というシュウの抗議を俺達は黙殺した。頼む、目をつむって背負われてくれ。


 彼女は170cm近い長身とはいえ、自身より体の大きなシュウを軽々と背負って歩くのだ……この力はアンドロイドゆえか、戦闘向けで力が有るからなのか気になる所ではある。


 彼女達の後を歩いていた俺にアキが話しかけてきた。彼はシュウの荷物とウルドの武器を持って歩いている。


「レン、肩は大丈夫?」

「まぁな。アキこそ胸は大丈夫か?」


 アキは壁に打ち付けられた衝撃で肋骨にヒビが入ったらしい。ウルドのスキャンで判明した。便利な機能を持っている。


「うん、レンや兄さんに比べたらマシだよ。それにレンの警告を無視して彼女の体を触ったのがいけなかった。自業自得だよ」


 そう言って彼は呆れたように笑った。いつもの冷静さを取り戻したようだ。

 アキはシュウに比べて大人しく、シュウのブレーキ役だ。その彼の判断すら狂わせた月の取引人が憎らしい。


「レン、許してもらえないと思うけど……さっき殴ったり追いかけまわして済まなかった……ごめん」

「……。痛かったけど……アキたちだって脅されてたんだ、月の連中と手を切るなら許すよ」


 シュウは俺を殴った時、自身の行動に驚いていた。よほど追い詰められていたのだろう。その事に気付けない俺も悔しかった。

 幸い命はあるし体は丈夫な方だ。キャンプに戻ったら彼とゆっくり話そう。何より『体が鈍っている。訓練が足りない』と先生に怒られてしまいそうだ。


「ありがとう。そうするよ……レンは彼女をどうするの?」


 アキは前を歩くウルドを見て俺に尋ねた。


「悩んでる。敵対していないとは言え、色々と胡散臭い。言う事も聞いてくれないし……俺にどうにかできるのかな?」


 アンドロイドはオーナーの指示を受けて動く様に設計されているのだが……彼女のAIは特別なのか、指示を受けなくても勝手に行動している。何なら勝手に居なくなりそうだぞ、この子。


「仕事や家の事を手伝ってもらえば良いじゃないか? せっかく貴重なアンドロイドのオーナーになったんだから……」

「うん……街に戻るまで数日有るから考えるよ」


 調査隊でアーティファクト人工遺物は原則提出だが例外が有る。新規起動したアンドロイドを見つけた場合だ。アンドロイドは登録されたオーナーに従う機能が有るのだがオーナーの変更方法が分かっていない為、この場合は見つけた本人に所有権が認められるのだ。


 アンドロイドを見つけた人は幸運なのだ。仕事や家事を手伝ってもらえる。

 だが、中には故意に壊して闇市に……特に性愛玩タイプは闇市に高値で流れることがある。どこぞの権力者が高値で買ったとか買わなかったとか噂がまことしやかに囁かれる。


 アンドロイドの居る生活か……一瞬ほんわかとした画が浮かぶが、すぐに蹴りを入れる彼女の姿が出てくる。そして『じゃあね♪』と言って出て行く所まで見えてしまった。

 

……本ッ当どうしよう?……ってか俺どうなるんだ?


 悩みながら歩いていると、前を歩くウルドが話しかけてきたので思わず肩が跳ねた。


「ねえ、シュウとアキ。月の連中はあなた達以外にも取引を持ちかけていたのよね?」


「うん、そう言ってた……」


「じゃ、キャンプでユミルのパーツは提出しない方がいいわ…… シュウとアキは肩を狙うので精いっぱいだったけど……人間は残酷よ? 死人がでるわ」


 二人は彼女の言葉を聞いて肩を落とす。シュウに迷いが無かったら俺は死んでいただろう。いつもならここで規律を守ろうと反論するが……二人の姿を見て気が変わった。


「分かった。キャンプでは提出しない、街の本部に返ったら提出する」


「あら? 話を聞入れてくれて嬉しい。それまで私が用心棒をするわ♪ 大丈夫、二人に取引を持ちかけた奴は確実に “のす ”から。本当に薬持ってたら貰いましょうね♪ よいしょ」


「頼む……揺らさないでくれ」


 “のす”ってどんなことするんだよ……綺麗な顔して物騒な事言うんだから。

 そんなことを話していると遺跡の入口が近づいて来た。うっすらと周囲が明るい。やっと、屋外に出られる。ウルドの背中にいたシュウが覚悟を決めたように話す。


「レン…隊への報告は任せる。俺達は話しを合わせる。告発しても構わない」

「……分かった、うまくまとめるよ。シュウ、後でゆっくり話そう」

「……すまない……」


 彼は泣きそうな声で小さくつぶやくのだった。


 遺跡の外に出ると調査隊のメンバーが俺達を見て騒ぎ出す。皆探してくれたのだろう、迷惑をかけてしまった。


「隊長!第八班見つかりました!!」


 隊のみんなが俺達の周りに集まってくる。俺達の前に人の波を縫うように厳つい男が向かってくる。調査隊の隊長だ。

 シュウはウルドの背中から慌てて降りて、アキの肩を借り、挫いていない足でバランスをとって立った。

 皆、シュウの怪我に注目していたので気づいていないが、アキが肩からおろしたウルドの銃が黒いドロリとした液体に掴まれて彼女が着ているパーカーの中に吸い込まれるように隠される。なんだアレ……?


 いや、それよりもこの場を乗り切る方が先だ! 俺も姿勢を正し、隊長に謝罪をする。


「隊長、帰還が遅くなってしまい申し訳ございませんでした」

「三人とも無事で何よりだ。その女性は?」


「彼女は……」


 そうだ……なんて答えよう。

 シュウとアキの事ばかり考えていてすっかり忘れていた。意志と感情をもったアンドロイドなんて知れたら騒ぎになる。フリーズしているとウルドの方から声が聞こえた。


わたくしは、E.オビウム社製≪HDL‐LS25‐Pt:B≫ウルド。登録ユーザー名はレン=シーナ様です」


 彼女は機械的な動作で右手を自身の胸に添えて優雅に挨拶をする。軽く微笑んだ後に表情は消えていた。


「「「えっ???」」」


 俺とシュウとアキは怪訝けげんな顔で彼女を見た。

 テンプレ通りのアンドロイドな口調と仕草が出て来たので三人とも唖然としてしまった。


 彼女は『驚かないで』と僅かに目を細めて俺達に抗議する。だって……あんな魔女みたいな奴が、こんな事すると思わないじゃないか。


 季節外れの雪でも降るのか? レールガンでも発掘されるのか??

 

 しかし周りの反応は違った。羨望と憧れの眼差しで彼女を見つめてざわめきが起る。


『デイマキナ以外で初めて見たわぁ!』

『オビウム社機体の完全無傷だ!!』


 などなど、皆口々に感想を漏らし興奮している。そりゃそうだ。環境改善のアンドロイド以外が見つかったのは久しぶりだ。しかも傷も無く起動したばかりで美しい。よりによって新品が中々見つからないE.オビウム社製……


「オビウムだと!!他にアンドロイドは居たか? プラントはあったか?」


 例に漏れず隊長もアンドロイドと聞いて興奮している。

 彼は期待の眼差しで聞いて来るが、左を見るとウルドが静かにこちらを見上げて『 言 わ な い で 』と澄んだ顔で圧を掛けてくる。この世界のどこに主人に命令するアンドロイドが居るんだよ……。


「いえ、いませんでした。俺とシュウで階段から落ちてしまい、落ちた先の廊下で彼女を見つけて触ったら起動してしまいました」


 そう言うと満足したのか、ウルドはロボットのように無表情のまま、静かに正面を向いて虚空を見つめる。シュウとアキも驚いて俺を見た。バレちゃうってば……。


「そうだったか。無事だから良かったが、気が弛んでいる。以後気を付けるんだぞ」


「「「はいっ!!」」」


 特に詰められることも無く解放されたので胸を撫で下ろした。収穫物の報告は傷の手当て後でいいと言われたので、手当てを受けながら言い訳を考えるとしよう。


 はぁ、俺も生きた心地がしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る