3 Urd《ウルド》

 ―――ライブラリ管理者は苦虫を噛む。


「終末のきっかけは記録から消され、お伽噺にされた。更に各地で戦争が始まり、いつの間にか法は踏み倒され、あらゆる核・生物・化学・電磁兵器を用いた史上最悪の戦争により地上は地獄と化した。汚染された大地で文明は衰退しやがて終焉しゅうえんを迎える」


 ◇ ◇ ◇


「……え?」


 人工知能であるウルドから発せられた憎しみのあるセリフに思わず聞き返してしまった。


 驚く俺達をよそに、彼女はすぐに元の妖しい笑みをたたえた表情と空気に戻った。先程のように、ゆったりと言葉をつむぐ。


「いいえ、ただの独り言よ。ご主人様の言う通り月の連中にユミルのパーツを渡さない方がいいわ」


 よく白状したと言わんばかりに、ウルドはシュウとアキの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 このアンドロイド何か変だ。人工知能と云えども人間に近すぎる。それに何でユミルのパーツや現在のこの星の状況に精通している?


「ウルドって本当にアンドロイドだよな? まるで人間みたいで、俺が知っているアンドロイドと全然違う……」


 俺が今までに見たアンドロイドは合理的で機械的、感情を補足するような行動が無かった。

 笑う事はあっても1種類の笑顔。それに彼女のように悪い顔を見たことがない。


 ウルドは眉をしかめる。自身の顎に人差し指を添え、小首を傾げ宙を見る。考えている仕草までする。


「『人間みたい』ねぇ……妹達に言わせれば、私は無駄が多くて……人間を知り過ぎたらしいわ。地表のデータを集めてまとめる役割上、どうしても人間の事に詳しくなっちゃうの」


 彼女は微笑んではいるが、その瞳は悲しく憂いを帯びていた。

 しかし……地表のデータ? また聞きたいことが増えたが、とりあえず先に疑問だったユミルのパーツについて尋ねる。


「ウルドもこのパーツについて詳しそうだな? 何故だ?」


「私達もこれからユミルのパーツを集めなければならないの。だから……ご主人様が持っているパーツを私にくれないかしら?」


 彼女は笑顔で俺に向けて可愛く小首を傾げる。

 ユミルのパーツをウルドに……?


「「「はぁ!?」」」


 俺だけでなくシュウとアキも驚いていた。

 とんでもないことを言い出したぞ? おい、待て待て待て待てっ!!!


「断る! 月の奴らが狙っている危ないモン簡単に渡せる訳無いだろ?? 尚更、調査隊に提出する。大体何でアンドロイドであるウルドが集めてるんだよ。ウルドも月の連中の味方か!?」


「それは無いわ……私達姉妹は月裏研究所げつりけんきゅうじょ『アルカディア』から逃げてきたの。月裏研は私達の予測を悪用して地上の侵略を狙ってるから困っているのよ。……私達はあいつらから独立するためにユミルのパーツを使い、この地上にサーバーを構築したいの。膨大なデータを保管しなくちゃならないし。……あ!その前にはぐれた妹達を探さなきゃ」


 彼女は指折り数えながら無邪気に答えた。月から逃げてきたぁ? もう、ややこしいなぁ……


「膨大なデータって何だよ……それに妹?」


「この星で起きた森羅万象しんらばんしょうよ。この星の歴史を記録するの。私達ノルニルの三姉妹は、過去情報の蓄積と管理、現在の情報収集、それらを元に未来を予測するシステムなの。二人の妹達も私と同じように機械の体の中に逃げ込んで地表に居るわ」


 彼女は真っ直ぐに俺の目を捉えて真剣に答えた。

 森羅万象すべてをって……そんなことできるのか? だとしたらこの星の未来を予知することになる。そんなこと出来たら未来も変えられるんじゃないか?


 胡散臭い。


 ―――というか、彼女みたいのがあと二体も??


 ウルドは俺の前に座り込み、俺の頬をくるくると指でなぞりながら甘えるようにお願いしてきた。


「だからお願い。ご主人様、パーツを頂戴ちょうだい?」


 うっ……可愛いけど……色仕掛けまでするのか? このアンドロイド。


「だめ! ウルドを信用したわけじゃないから渡せない!」

「じゃあ信用してくれたら渡してくれるの? 私の事好きになってくれたらいいの?」


 は? そう言う事じゃない!と、言おうとした時……彼女は俺にぐっと顔を近づけて頬にキスをした。頬に柔らかいものが当たる。


 ―――え?


 ゆっくりと彼女が離れていくと不安そうに俺の顔を覗きながら訪ねてくる。


「私の事嫌い? 私はレンの事大好きよ?」


 愛情表現? これじゃまるで……生身の女の子と同じゃないか!? っていうか何で名前知ってるの!?


 いきなりの事に何も言葉を返せずにいた。心臓がバクバクと慌ただしく騒いでいる。何も言わない俺を肯定と感じたのだろう。嬉しそうに目を輝かせた彼女はまた俺の頬をクルクルともてあそびながら妖しく笑って歌うように何かを宣言する。


「これであなたは私の物♪ ユミルのパーツも私の物♪」


 ―――はぁぁぁぁぁぁ!?


「な、何だよそのルール! 知らないよ!! とにかく渡さないったら渡さない!」


 俺の答えを聞いた彼女は頬を膨らまして怒った。


「ええぇ~! イジワル! ……わかったわ。シュウとアキに話を持ちかけた奴から奪うからいいわ。それまで私、あなた達について行くんだから!」


 そして、プイッとそっぽを向いた。


「「「え??」」」


 子供か?


「そいつをシメてシュウとアキからも手を引かせればなおいいでしょ? あわよくばお薬も拝借しようかしら? それで決まり! じゃあ、さっさとここを出ましょう。ご主人様、荷物持つの手伝って?」


 おっとりとそう言って彼女は立ち上がり、戸棚を漁りだした。鞄を見つけたようで、それにがさごそと荷物を詰めている。


 俺達はそんな彼女を唖然として見つめて、互いの顔を見合わせた。


 〆るって……ガチで〆る訳じゃなかろうな? 一体どんな学習をしたらこんなAIになるんだ……倫理も大丈夫か?……俺は一番物騒な奴を目覚めさせてしまったと後悔した。

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