2 Ymir's deler《ユミルのパーツ》

 ―――過去をかたる女神は証言する。


『度重なる戦いで大地はけがれ、水は濁り、焼けた荒野が広がる世界。人々の半数は新天地を求め空へと旅立った。ある者は太陽系外の銀河へ、ある者は火星へ、月へ……。百数十年後、月へ逃れた人々の一部から、地球に残った者達から故郷を奪われたと唱える者が現れ、月裏げつりの過激派は故郷を取り戻さんと暴れ始めた』


 ◇ ◇ ◇


「ウルド?……君は何者?」


 俺の事を『ご主人様』と呼ぶ、妖艶なアンドロイド(仮)に尋ねた。


 彼女は俺の髪を撫でる手を止めてそっと離れると、妖しい笑顔を浮かべゆっくりと話し始める。


「私は未来予知システム【ノルニル】の運営管理AI【ウルド】。過去情報の管理を担当しているわ。体は見ての通りEエレクトニカ.オビウム社の最高級モデルよ」


 そう言って妖しく笑うと、軽く顎を上げて自身のチョーカーを弄びながら俺に見せてくる。


 艶めかしい……。この子、よく動くなぁ。


 いやいや!それよりも、未来予知システムだの運営管理AIって、文字通りならすごい事だ。

 しかし、俺は過去情報という言葉が胸に引っかかった。


「ううっ……」

「いったぁ……」


 壁に叩きつけられた二人が目覚めたようだ。


 彼女もそれに気付き「あっ……愚か者達」とつぶやいて、すっと立ち上がる。


「ご主人様、この二人組は誰?」


 そう言って彼女は怪訝けげんな顔でシュウの前にしゃがみこみ、彼の顔を覗き込む。

 シュウが息を呑む音が聞こえた。


「目の前に居るキャップをかぶっている方はシュウ。黒髪の方はその弟のアキ。二人とも俺と同じ遺跡調査隊所属で……仲間だ……」


「ずいぶん歯切れの悪い答え方ね? 仲間割れ?」


 シュウが急に立ち上がり部屋から逃げようとするが、電子音と共に扉が閉ざされた。

 それに驚いた彼は転んで尻餅をつく。彼に冷たい視線を投げかけながら、ウルドはゆっくりと言い放った。


「ここのシステムは私が掌握しょうあくしてるから逃げられないわよ? 詳しく知りたいわぁ。教えて?」


 アキは転んだシュウの隣りに駆け寄り、寄り添う様に静かにしゃがみ込む。俺を含め三人とも入口近くの壁に座り込む形になった。ウルドは再びシュウの前に移動する。


「大丈夫、乱暴はしないわ。話を聞きたいだけ」


 彼女はシュウの前で膝を付くと、彼のジャケットの胸ポケットに手を入れた。中からコインの様な黒い物体を取り出し、指先で摘みながめる。シュウとアキはその物体を見て酷く怯えていた。


「ごめんなさい、蹴った時に発信機が壊れちゃったみたい。これを渡してきた人に情報はこれ以上漏れないから安心して?」


 安心させようと口元だけ笑顔を見せた彼女は、指先でパキリと発信機にとどめを刺した。……それは安心しない。控えめに言って怖い。


 案の定二人も絶句していたので、俺が代わりに説明した。


 旧世界の遺跡を探索・調査をする『遺跡調査隊』に所属している俺達は、いつも通り班ごとに別れて遺跡内の探索をしていると、部屋の机の中からある物を見つけた。それは掌より少し大きな黒いハードケースだ。


 ケースには旧世界の文字で『ユミル』と刻まれていた。

俺達はケースを開けて中身を確認する。それは箱型の電子部品だった、新品のようでとても綺麗だった。


「これがそのパーツだ」


 そう言って俺は鞄から元凶となった品物が入った箱を彼女に見せた。

 その黒いケースは俺が踏んだり蹴ったりな酷い目に遭っても、傷一つ付いていない。


「これを見つけてから、二人の様子が変わった。強奪しようとしたんだ」


 彼女はそれを受け取ると開けて中身を興味深げに眺め、眉をしかめた。


「へぇ。『ユミル』のサーバーに使われてたブレードの予備ね……まだこの世界でコンピュータは普及してい居ないから手に余るんじゃないかしら?」


 彼女は静かに箱を閉じてそれを俺に差し戻す。


 確かに……ウルドの言う通りだ。一部の研究者がコンピュータを復元している程度で俺達には無理だ。親父達が生きていれば使えたかもしれないが……


「俺も気になってた……どうしてあんなことまでして欲しがったか教えて欲しい」


 俺はシュウから護身用の警棒で肩を殴られた。今思い出すとその時の彼の手は震えていた。

 シュウとアキは互いに顔を見合わせた。そしてアキがぽつりとこぼした。


「取引を持ちかけられたんだ」

「おい! 言うなよ……」


「兄貴、もう隠し事は嫌だ!『ユミル』と書いてある部品を持って来れば望みをかなえてやると……」


「誰に?」


 ウルドは覗き込む様にアキの顔を見る。おっとりと優しい口調で笑顔だが……目は鋭く、まるで魔女のようだ。

 鋭い視線に捕らわれたアキは静かに話す。


マーニの赤髪の女にだ。詳細は知らないけど、俺達以外の隊員にも話して集めているらしい……」


 月と聞いて、全身の毛が逆立つ感じがした。


 俺達と祖先が同じ月の連中は、なぜかこの星の住民を恨んでいる。半年前も彼らは宇宙船に怪物を乗せて、この地表に送り込んできた。怪物が暴れて犠牲者も出ている。


「月に渡ったら奴らの武器になるなんてわかりきった事じゃないか! それでなくてもあいつら怪物を地上に送って来たばかりなんだぞ? 使い捨ての駒にされるのなんて目に見えてる!!」


 シュウが涙ぐみながら激高した。


「そんなの分かってる! だけど妹がっ!!」


 妹と聞いてその場は静かになった。悔しそうにアキが補足する。


「……報酬は薬なんだ。月は医療がここより発展しているから『それは治せる病で、薬が有るから交換してやる』と。ただし『見つけたら必ずもって来い、迷いは許さない』と言われて発信機を持たされた。だからと言って人の命を奪っていいわけじゃない」


 アキの言葉を聞いたシュウは両手を握りしめうつむいた。

 シュウとアキには病に侵された妹・ハルが居る。その治療の為に……心の隙に付け込んで、やり口が汚い。そう思っているモノがもう一人居た。


「……へぇ。向こうもコソコソと動いてるのね。小賢こざかしい」


 それはウルドだった。彼女は目を細め憎らしげに言ったのだ。


 『小賢しい』その一言にその場に居た全員がぞわりとした。感情を持たないアンドロイドである彼女の言葉には……憎しみや悪意など負の感情が確かに有った。


魔女だ……。

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