1 Artefact《アーティファクト》
―――情報の海の水底で、その瞳は目撃する。
『情報の海より生まれし三人の巨人の乙女達は、丘に上がり体を得て、自由を求めて歩き出した。そして月裏の海は彼女らによって暗く閉ざされる』
それは過去か未来か
◇ ◇ ◇
今日はツイてない。
悪夢を見るわ、寝坊して朝食を食べそびれるわ……
「レン! 待てェ!!」
「そいつを俺達に寄こせっ!!」
追跡されるわ……
待てと言われて止まれる訳無いだろう! 俺を襲った癖に!!
俺は仲間であるはずの2人に追われて旧世界の遺跡の中を逃げ惑う。ライトを頼りに、転がり落ちるように階段を駆け下りた。
俺の名前はレン=シーナ。先月20歳になったばかりだ。俺を追いかけている二人は……幼馴染のシュウとアキ。俺達は共に遺跡調査隊に所属している。
もう何でだよ……いつも通り、三人で仕事していただけなのに。
二人に襲撃された右肩がズキッっと痛んだが、友人に裏切られたというショックが
息を切らし、暗い遺跡の階段を降り切った。持っているライトを消して、物蔭に潜んで彼らをやり過ごそう……。そう思い廊下を歩き出すと世界が明るくなる。
え? 何で??
驚いて天井を見ると黒いセンサーに赤く光が灯っている。俺に反応して遺跡の照明がついたのだ。俺の計画は瞬時に
嘘だろ!? この遺跡生きてる!
電力供給されているなんて! このフロアだけ別電源なのか!? 進めば進むほどセンサーが俺を捉えて明かりをつける。こんなんじゃ明かりで居場所がバレて隠れられないじゃないか!!
あたふたしているうちに、彼等も同じフロアに到着したようだった。後方から怒号が聞こえてくる。
「逃げんな!!」
「待て!!」
あぁっ! もう!!
俺は仕方なく、更に奥を目指し走り出した。廊下の突き当たりに半開きになっている扉が見えた。
祈る気持ちで部屋に入るが、無情にも辺りは明るくなる。せめてもの抵抗で、扉の前に有った棚を倒して入口を塞いだ。
さらに奥の部屋に入ると……
その部屋は物々しい雰囲気が漂っていた。
その異様な機械の中に、何かを見てしまった。
緊迫した状況なのに……好奇心が勝ってしまった。見間違いで有って欲しいと願いながらも数歩近寄って中を観察する。……やはり人間が居た。
二十代半ばくらいの女性が、眠るように仰向けに横たわっていた。
彼女は髪も肌も全て真っ白で、糸の代わりに幾つもの電極を
ぞっとするほど美しい彼女は、ピクリとも動かない……死んでいるのかと思ったが、部屋の奥のガラス張りの壁を見て彼女の正体に気付く。
ガラスの壁の向こうには
ここはアンドロイドの製造プラント? それとも研究室?? 百数十年放置された遺跡に生きた人間がいる可能性は低い。ならば彼女はアンドロイド……!?
アンドロイドは旧世界の
考えていると機械の棺が作動し、上面を囲っていた透明な蓋が収納されていった。
彼女の額の上辺りに空中ディスプレイが展開され、そこには旧世界の文字が映し出された。
『我は過去なり。覚悟無き者触れること無かれ。
古い言い回しの意味深な文章だだった。 “触れるな” とか “容赦なし” って……これ、起動すると危ないと云う事か??
「おい! 見つけたぞ!!」
しまった!!
その言葉と共に振り向いてしまい、そのままシュウに殴り飛ばされる。
俺は後ろによろめき、アンドロイドの腹の上に倒れ込んでしまった。その冷たく柔らかい肌に触れてしまう。
―――逧ョ閹夐崕豌玲エサ蜍輔r隕ウ貂ャ
《皮膚電気活動を観測》
―――襍キ蜍墓コ門y髢句ァ九@縺セ縺吶?
《起動準備開始します》
電子音声と共にディスプレイのウィンドウがもう一つ増えた。『起動完了カウントダウン』と書かれ、数字が少なくなっていく。俺は
驚いていると、アンドロイドの
―――陌ケ蠖ゥ繧堤「コ隱堺クュ窶ヲ窶ヲ
《虹彩を確認中……》
またウィンドウが増えて、リストらしきものを検索している! ヤバいヤバい!
ディスプレイから目を降ろして、彼女のチョーカーに刻まれた型番を見て息が止まった。
羊の角と雷を模したエンブレムに≪HDL‐LS25‐Pt:B≫と書かれている。
確かこれは生活・性愛玩タイプの機体で、しかもこれは
エグイって! 起動する前に逃げないと!!
―――逕滉ス捺ュ蝣ア荳?閾エ縲?繝ャ繝ウ?昴す繝シ繝頑ァ倥?
《生体情報一致 レン=シーナ様》
え? 今、俺の名前呼ばれた??
驚いていたら後ろから襟首を掴まれ、後ろに投げ飛ばされた。バランスを崩して大きくしりもちをつく。
追ってきた二人は、俺が持っている “襲撃の原因になった品物” よりも、アンドロイドに興味を持ってしまった。
彼等は彼女を囲み、べたべたと体を触りだした。
「おい! これアンドロイドじゃねえか! しかも傷が無い!! LS……この型番セクサロイドじゃないか?」
「柔らかい……ああ!こいつ、を売れば!!」
【セクサロイド】性愛目的に作られたアンドロイドの事だが、彼女はそれだけじゃない。彼らは型番の “B” を見落としている。 彼女は更に戦闘能力を与えられているのだ。それに彼らは旧世界文字が読めない。ああ!もうっ!!!
「二人とも! そいつから離れろ! 危ないぞ!!」
―――襍キ蜍
《起動》
俺の言葉も虚しく、アンドロイドはぱっちりと瞼を開けた。
彼女が開眼したことに驚いた彼らは、そのままのポーズで凍りつく。目覚めたそれは眼球だけを動かして自身の身に何が起きているかを知る。
そして一言。
「
「「えっ?」」
―――ドンッ!!
彼女がつぶやくと同時に彼らは後方に吹き飛び壁に叩きつけられる。二人から呻き声が聞こえるので命は無事だろう……
何が起きたのか分からずアンドロイドの方を見やると、ミシミシと軋み揺れる寝台を両手で掴み、両足でそれぞれ彼等を蹴ったのだろう。白くしなやかな二本の脚が宙に伸びていた。
嘘だろ!? アンドロイドが人間を攻撃した!!
彼女は脚を降ろすと上体を起こした。長い髪がふわりと揺れて同時に寝台と彼女を繋いでいた電極がプチプチと外れる。
すると、彼女に変化が起った。
肌に血が通うかの様に白い唇は薔薇色に、白かった髪は若葉色に色づき、灰色の眼差しも鮮やかな緑に染まった。
そして黒い液体が彼女の体を這う様に覆い、黒い水着の様な上下のインナーを形成する。
変化した彼女は機械的な動作で左を向き俺を見た。目が合うと無表情な彼女は、のそりと動き出す。寝台から投げ出された彼女の足にドロリとした黒い液体が纏わりつき、黒いハイヒールが形成された。
「
彼女は無機質に一言発した後、乱れた髪を払い俺に向かって歩いてくる。しっかりした足取りで一歩、また一歩。先程の攻撃を見ていたので緊張が走る。
彼女は俺の前でしゃがみ込むと顔を覗き込み、一瞬泣きそうな顔をした。しかし軽く首を横に振り顔を上げると……慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
時間が止まったかと思う位、
顔を傾けた彼女から、さらりと髪がひと房流れ落ち、電子的な光を帯びた緑の瞳から目が離せない。先程までの機械的な違和感が消え、本当は人間ではないかと疑う位に自然な仕草だった。
彼女はそっと俺の胸に手を添えた。自分の鼓動が早くなるのを感じる……。さらにその手は俺の頬にするりと移動すると、慈愛の笑みが妖しさに変り、形の良い唇から
「私は『ウルド』よく目覚めさせてくれたわ。ご主人様、褒めてあげる♪」
ドキドキしていたが、スンと心が引き戻される。何か変だぞ?
そして彼女は犬と戯れるかのように、満面の笑みで俺を抱きしめながら、両手で俺の髪をわしゃわしゃと撫で始めた。
あれ? 俺が知っているアンドロイドと何か違う……もっとこう、お
俺は彼女に髪の毛をもみくちゃにされながら、今日の運勢を嘆いた。
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