(腰をまたやったけど)第二公子とお近づきになった

「さあ、みんな開けて差し上げろ!

 皆がどんなものを食べているのか……第二公子殿下にも、ぜひご賞味頂こうじゃないか!」


 ハイツの当惑など、知ったことかとばかりに……。

 おっさんの冒険者が、開拓者たちに向かって呼びかける。

 すると、お行儀よく列を作っていた開拓者たちは、進んでハイツのために前を開けた。


「ハイツ様、どうなさいますか?」


「どうするか、と言われても……」


 護衛の騎士に問われ、答えあぐねる。

 ハッキリ言ってしまおう。

 色々と置いておいて、あんな得体の知れない男が、こんなよく分からない馬車で調理した品など、食べたくはない。

 しかしながら、この申し出を拒否するには、開拓者たちの注目を浴びすぎてしまっていた。


「………………」


「………………」


 誰も、あえて口には出さない。

 だが、早くハイツに試食を終えてもらい、配給の再開を望んでいるのは明らかなのだ。


「いや、ままよ」


 騎士たちを置いて、調理馬車の前に進み出る。


「そうだな!

 是非、僕も味見させてもらおうじゃないか!」


 そして、おっさん戦士に向けてそう宣言した。


「そうこなくっちゃ!

 ああ、器と匙はあるので安心して下さい!」


 戦士はそう言うと、棚から取り出した器に素早く鍋の中身を盛り付ける。


「さあ、熱い内にご賞味下さい」


 それから、匙と一緒にこれを差し出した。


「ああ、心して食べさせてもらうよ」


 声音はおだやかに……。

 しかし、視線は鋭く答える。

 奇妙なおっさんは、薄く笑うだけで何も答えなかった。


「一体、どういうつもりなのか……」


 器と匙を手にしたまま馬車から離れ、再開された配給を見ながらつぶやく。


「殿下、大丈夫でしょうか?」


「こう、毒を盛られていたりなどは……」


 護衛の騎士たちは、口々にそんな言葉を口にした。


「いや……。

 毒を仕込むとするなら、こんなわけの分からない手は打ってこないだろう」


 確かに、これから指揮していかねばならない開拓者たちの反応を気にして、料理は受け取っている。

 そんな事実はないが、彼らにとって、この炊き出しはハイツが命じたものであり……。

 あのおっさんの申し出を拒否することは、自分が食べれないようなものを開拓者に食わせていると宣言する形になってしまっていたのだ。


 だが、ハイツが開拓団の士気を気にしない男なら……。

 あるいは、単に見知らぬ相手の料理を嫌う潔癖症だったなら、それまでの話である。

 そんな不確実な手段で毒殺を狙うというのは、確率が低く思えた。


「それに、これは……」


 器によそわれた料理を見やる。


「かなり……ちゃんとしている料理だ」


 そのまま、率直な感想を漏らした。

 これなる料理を端的に表すならば、麦粥ということになるだろう。

 だが、ただ麦の粒を炊いただけのそれと異なり、肉団子や山菜など、いかにも精の付きそうな具材が入っている。


「ふん……。

 どこの馬の骨だか知らないが、これが挑戦だというなら、受けて立ってやる。

 いや、食ってやる」


 そう言いながら、匙を手に取った。

 そして、粥を一匙すくい取り、口へ運ぶ。

 瞬間……。


「――――――ッ!」


 ハイツは、くわと目を見開いたのである。


 ――美味い。


 味付けに使われているのは、塩のみ。

 しかしながら、肉団子を始めとする具材の旨味が存分に煮出されており、実に味わい深い。

 これだけ簡素な料理でありながら、滋養と味とをしっかり両立させているのだ。


「悪くは……ない」


 若干の敗北感を抱きつつも、匙を動かすことはやめない。

 若き第二公子の食欲は、たちまちこの粥を食べ尽くしてしまった。


「食器は……どうやら、自分で洗ってから返すようだな」


 見れば、食べ終わった開拓者たちは、街の井戸から汲んだ水を溜め込んでいるのだろう桶で食器を洗っている。


「ハイツ様……」


「そのような……」


「いいんだ」


 騎士たちの静止を振り切ってその輪へ加わり、ハンカチと水で食器を洗い清めた。

 その食器を手に、配給の終わった戦士へと歩み寄る。


「貴様……名は何だ?」


「戦士ヨウツー」


 ハイツの問いかけに、戦士は短く答えた。

 その表情は、さっきまで見せていた配給のおっさんとは異なる……熟練戦士のそれである。


「そうか。

 察しているようだが、僕は第二公子ハイツだ。

 話がある……後で王城へ来い」


「喜ん――」


 おそらく、片付けるためだろう。

 ヨウツーが、空になった鍋を持ち上げようとして――。


「――でっ!?」


 ……固まった。

 その顔に浮かんでいるのは死相であり、おびただしい量の脂汗である。

 それで、ハイツは全てを察した。


「おい、お前まさか……腰が?」


「だ、大丈夫です」


 明らかに大丈夫じゃない顔で、ヨウツーが鍋を下ろす。

 その動きは、アンデットじみたギクシャクとしたものである。


「あの……無理そうなら、来なくてもいいぞ?

 宿を教えてもらえれば、こっちから……腰の痛くなさそうな時に行くから」


「いえ、お気遣いなく……」


 腰をやった人間に対する無限の優しさは、しかし、固辞された。


「ま、まあ、それなら。

 城で待っているけど、無理そうなら来なくてもいいからな。全て察するから」


 それだけ言い残し、ハイツは立ち去る。

 ただ、振り返りながら、ちらっちらと瀕死の戦士を見てはいた。

 まあ、早くも信頼を得た開拓者たちが手伝ってやってるようなので、何とかなるだろう。




--




(先生……流石です)


 一方……。

 一連のやり取りを、影から見守る者が一人……。


(開拓者たちの信頼を得て、開拓を指揮する第二公子へ接近することも果たした。

 街にすら入らずこれだけのことを成せるのは、世界広しといえど先生くらいのものでしょう)


 その者は、やや過剰にヨウツーのことを持ち上げつつ、ここまでの流れを分析する。


(実際に開拓団を見た先生は、このまま行けば失敗すると悟った。

 そこで、料理を振る舞うことにより、開拓者たちの信頼を得て、さらには騒ぎにより第二公子をおびき寄せたのです。

 全ては、自らが開拓の中心人物となり、これを成功させるために……)


 腰をさすりながら開拓者たちに指示し、馬車を畳むヨウツーの背を見上げながら、さらに心中でつぶやいた。


(まあ……相変わらず、腰は悪いようですけど)


 ここまでの道中、腰に固く布を巻くなどした結果、ずいぶんと具合は良くなっていたようだが……。

 一瞬の油断で、全てはご破産である。


(とりあえず、湿布でも貼っておいてあげますか)


 影の中で、少女はそう考えるのであった。

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