(腰は超痛いけど)かつての仲間が一人合流した

 開拓者たちは、すぐさまヨウツーが仮泊まりするための小屋を作ると言ってくれたが……。

 この後に予定――ハイツとの会合――が控えている上、馬をしっかり休ませねばならないという理由で断り、公都の宿を取る。

 そして、馬を引き連れた旅の必須事項であるブラッシングを馬房で行いながら、ヨウツーはぼそりとつぶやいた。


「ギン……。

 お前、そこにいるな?」


 そう尋ねると、同時……。

 ヨウツーの影に、変化が起こる。

 まるで、液体のようにぶくぶくと泡立ち……。


「――ぷあっ!」


 そこから、小柄な少女が姿を現したのだ。


「流石は、先生。

 わたしの影潜みを、あっさりと見抜かれるなんて」


 そう言いながら目を輝かせるのは、獣人の少女であった。

 種族の特徴である獣耳は、キツネの特質を備えており……。

 同じくキツネのそれを思わせる腰の尾は、ぶんぶんと振るわれている。


 耳や尾に備わった獣毛や、髪の色は――銀。

 銀色に輝く髪を短く整えていて、顔立ちはそれこそ幼獣のように愛くるしい。

 小柄かつ未発達な体を包み込むのは、やや露出が過度な忍び装束と呼ばれる衣服だ。

 これにも、いくつか種類があるのだが、この娘はスリットが入ったスカート状のものを愛用していた。

 紺碧の海を思わせる瞳で見上げてくる忍者少女ー――ギンに対し、ヨウツーは溜め息混じりで答える。


「道中で採集した山菜や薬草が、ちょっと増えているように思った時も疑ってたけどな。

 貼った覚えのない湿布がいつの間にか腰に貼られてたら、そりゃ気付くだろ」


 腰へ貼られている湿布に触れながら、苦笑いを浮かべる。

 この湿布は、ヨウツーが作り方を教えてやったものだが……。

 それを、しかもこっそりと貼られる日がくるとは、思いもしなかった。

 そして、ヨウツーに気付かれずこれを貼ってみせるとは、腕が上がったものだ。


「えへへ……。

 先生が、あんまり痛そうにしていたもので」


 テレテレしながら、ギンが頭をかく。

 そのこと自体は、特に咎める理由もない。

 むしろ、感謝をすべきだろう。

 ただ、明らかに詰問すべき問題が存在する。


「勝手に俺の影へ潜まないでくれと、前にも言っただろう?

 それと、先生と呼ぶのもやめてくれと言っている。

 そもそも、何で俺に付いてきているんだ?」


「先生の影は、居心地がいいもので、つい……」


 ギンは一つ目の質問に対し、やはり照れ臭そうに頭をかきながら答えた。

 しかし、残る質問に対しては、愛らしい顔をきりりと引き締めて――あくまで当人の主観だ――答える。


「先生を先生と呼ぶのは、ご容赦下さい。

 東方から流れ着いた世間知らずは、先生の教えを得ることで生きる術を見つけました」


「まあ、お前は腕が立つのに、こっち側の常識とか色々と疎かったからなあ……」


 三年ほど前……。

 当時、まだ十歳ほどだったギンと出会った当初を思い出す。

 彼女は、何やら故国の主家に変事が起きて、迷宮都市ロンダルへ流れ着くことになったようだが……。

 とにかく、こちら側の常識というものに、とことん疎い。

 何しろ、初対面の時はそうと知らず悪党に雇われ、麻薬の密輸に協力していたくらいだ。

 本人はご禁制の品だと思わず、よく効く傷薬だと思っていたのだから、世間知らずの程がうかがえるだろう。


 事件を捜査していたのがヨウツーを含む身内たちだったこともあり、彼女が犯罪に手を染めていたことは、全員が口をつぐんでくれたが……。

 放っておくとまた騙されそうな気がしたため、ヨウツーは何かと彼女を気にかけ、色々なことを教えたのである。


 冒険者として組んだ機会でいえば、ここ数年だと最も多いだろう。

 最近では、彼女をヨウツーの相棒として捉え、セットで考えている仲間も多かった。

 ただ、それはあくまで、ヨウツーが現役冒険者だった時の話だ。


「……先生呼びまでは、まあ、いいとしよう。

 それで、三つ目の質問を繰り返すが、どうして付いてきたんだ?

 腰が痛くて冒険者家業がもうきついことは説明したし、納得してくれただろう?」


 冒険者を引退するあたって、ヨウツーは様々な根回しを行っている。

 自分が窓口となり、若手冒険者たちの後援者となってくれていた有力者たちへの挨拶に始まり……。

 ポーションなど、冒険において必要不可欠な品をギルドへ卸す商人とギルド職員との間を取り持ったり、よく依頼を受けていたお得意に他の冒険者を後継として紹介したりと、残された仲間たちが困らないように計らっておいたのだ。

 当然ながら、ギルドの仲間たちにも引退する旨は説明してあった。


 ギンは、ギルドマスターを除けば最初に説明した相手であり……。

 「先生の決意が、そこまで固いなら止めません――腰がすごく痛そうですし」と、納得してくれていたものである。

 いい加減、こちら側での常識も身に付いているし、独り立ちの時だろうと思っていたものだが……。


「もちろん、納得しています。

 その上で、わたしは決めたんです。

 先生が開く酒場で働いて、看板娘になろうと!」


 ぐっと拳を握って力説されてしまった。


「気が早いな。

 酒場を開くどころか、まだ開拓団が出発さえしていないんだぞ?」


 苦笑いを深めながら、答える。

 正直な話、この娘がそう考えることを、どこか予期していた自分がいた。

 何というか、この娘のなつき方は、冒険者同士のそれとはやや異なるところがあり……。

 年齢を考えると、どこか父親のように見られていると感じるヨウツーなのである。


 また、ヨウツーからしてみても、様々なことを教えた上、冒険者としての役回りも自分に近い何でも屋である彼女は、娘のように思えることがあった。

 そんな彼女が、せっかく覚えた冒険者としての生き方を変えてまで同行してくれるというのは、素直に嬉しさを感じる。


「気が早くはありません!

 現に、先生はその布石を用意しているじゃないですか?

 あの改造馬車は、開拓団として移動している内から料理の腕前を披露して、いずれ開拓地で定着した際、酒場へ通い詰めてもらうために用意したんですよね?」


「まあ、な」


 特に謙遜する必要もないので、素直に褒め言葉を受け止めた。


「一つの集団として行動する以上、自然と開拓活動の中で、それぞれの役割ってものが決まっていく。

 なら、早い内から動いて、食事処の役割を得ておくに越したことはないさ」


「ただ、予定とは少し食い違うことがあったので、早くも動くことにした?」


「そうとも」


 眼光鋭く聞いてきたギンに、こいつも分かるようになってきたと満足しながらうなずいてみせる。


「実際に見てみると、開拓者たちは想像以上の寄せ集めだった。

 もちろん、公国の騎士や正規兵も加わるんだろうけどな。

 このままいくと、間違いなく開拓は失敗する」


「だから、あのような行動に打って出て、計画の主導者である第二公子と縁を繋いだんですね?」


「ああ、騒ぎを聞きつけた第二公子がすぐに駆けつけたのは、話が早くてよかったな。

 先に開拓団の中心的な立場を得て、徐々に接近する方法も考えていたから」


 ブラッシングを終えた老馬の背を撫でてやると、この旅ですっかり相棒となったこいつは、ヒンと気持ち良さそうに鳴く。


「そして、ここから詰めに入るわけですね?」


「ふふ……。

 まあ、ちょいと話せばお友達さ」


 可愛らしい顔で精一杯悪い表情を浮かべるギンに、本当の悪い顔となって答えるヨウツーであった。




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 本日の更新はここまでになります。

 明日からも毎日更新目指して頑張っていきますので、何卒、評価などでのご支援をよろしくお願いします。

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