(腰がそこそこ痛いけど)ザドントに到着した

 ――ザドント公国。


 ザネハ王国に従属する小国であり、王国からすれば、魔物が跋扈する北部ドルン平原との緩衝地帯である。

 その公国が誇る公都に、二週間ばかりの旅を終えた戦士ヨウツーは足を踏み入れていた。

 いや、正確には、足を踏み入れる直前であるというべきか……。


「いやあ、お疲れ様です。

 ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 ヨウツーが気さくに話しかけたのは、公都を囲う外壁に配置された守備兵の一人である。

 ヨウツーが浮かべているのは、柔和な笑みであり、声音もどこか人を安心させる温かさがあった。


「ん? ああ。

 どうかしたか?」


 本来、よそ者に対して気を張り詰めねばならない守備兵が聞く耳を持ったのは、そんなヨウツーの態度が功を奏したからであろう。


「あそこで煮炊きしてる人たち……。

 もしかして、あれが噂の開拓団に加わる連中かと思ってさ」


 ヨウツーが視線で示したのは、街壁へ寄り添うようにボロの資材などで作った小屋を立て、さらには、共同で火を炊いて食事の用意をしている人々であった。

 一見すれば、どこの街にも存在する浮浪者の集まりに見える。

 税を払えぬ連中が、魔物に食われても文句を言えぬ街壁外部で暮らすというのは、よく見られる光景であった。

 ただ、そこにいる彼らがそういった浮浪者と異なるのは、それなりにさっぱりとした格好をしていること……。

 もっと言うならば、旅装束姿であるということだ。


 そもそも、ヨウツーが過去に訪れた際、公都の浮浪者はここの反対側……。

 至ドルン平原側の街壁に小集落を築いていたのである。


「ああ、よく分かったな。

 普通なら、浮浪者と間違えそうなところだぞ」


「そこはまあ、勘と経験ってやつでさ。

 外れたところで、何か損をするわけでもなし」


「ははは、違いない」


 まるで、前からの知り合いであるかのように……。

 守備兵との会話は、和やかに弾む。


「今度の開拓は、第二公子様が主導しているんだけどさ。

 開拓者としてかき集められたのが、あそこにいる連中だ」


「見た感じだと、田舎で受け継ぐ畑のない末兄弟とか、恩赦を与えられた罪人って感じか?」


「おお、そんな感じだ。

 この公国で行き場がなく、かといって冒険者になるほどの度胸もない……。

 そんな連中が、徴収されてるよ」


「ふうん……。

 自発的に志願しているわけじゃないんだな」


 ヨウツーの目が、鋭く細められる。

 自分が加わろうとしている開拓団は、果たしてどれほどの戦力であるのか……。

 それを、正確に計ろうとしているのだ。


「ああ、自分から開拓に加わろうなんて物好きは、聞いたことがないな。

 何しろ、うちの国は過去三度だったかな?

 ドルンの開拓に失敗している」


 肩をすくめながら話す守備兵は、哀れみの念を込めて開拓団の様子を見ていた。

 どうせもう帰ってこない連中であると、見切りを付けているのだ。


(失敗は困るなあ。

 俺だって、加わるつもりなんだもの)


 守備兵には聞こえぬよう、心中でつぶやくヨウツーだ。


「それより、あんたはどういう用件でここに来たんだ?

 何というかこう、見たこともない馬車だが……」


 そう言いながら、守備兵が興味深げにヨウツーの背後を見やる。

 ヨウツーが引き連れているのは、経験豊富な老馬に引かせた馬車であったが……。

 その造りは、行商人などが使うそれとは、大きく異なるものであった。


 荷台には、樽詰めの食材や香辛料が満載されており……。

 その上へ被せられた幌は、簡単に取り外し、馬車後部へ広げられるよう細工を施されている。

 馬車後部には、棚と折り畳み式の調理台が存在しており、こちらも、簡単に組み立てと片付けができるよう工夫を施されていた。


「こいつか?

 こいつは、さしずめ……俺の城だな」


 馬車の荷台を叩いたヨウツーが、にこやかに笑いながら宣言する。

 ここまでの道すがら、宿などで改造を施してきたこの馬車であるが……。

 完成したそれは、ヨウツーが思い描いた通りの機能を発揮してくれていた。


「城?

 あんた、見たところ冒険者みたいだが、そんなもんで何をするつもりだ?」


「そうさな。

 そいつは、これから見せてやるよ」


 言いながら、ヨウツーは馬車を引き連れて進み出す。

 向かう先は――開拓団が煮炊きをしているその現場である。




--




「何?

 集めた開拓者たちの所で、騒ぎが起こっている?」


 自らの私室で書類仕事をしていた第二公子ハイツは、部下からの報告へ眉をひそめた。

 彼を称するならば、貴公子という言葉こそが相応しいだろう。

 顔立ちは、美しく整っており……。

 短めに整えられた金髪は、輝かんばかりである。

 日々の鍛錬により、体は引き締まっており……。

 文武に両道であることは、目の前へ山と積まれた羊皮紙が、そつなく処理されていることを見れば分かった。


 容姿端麗、才にも優れし第二公子……。

 それこそが、ハイツ・ザドントという青年なのだ。


「すでに、開拓団出発までは一週間を切っている。

 ここで揉め事が起きて、父上に見咎められるのは避けたいな……」


 部下からの話では、何か騒ぎが起こっているとしか聞いていない。

 しかし、何しろ集められたのは有象無象たちであり、中には恩赦目当ての犯罪者も多数混ざっている。

 もし、喧嘩騒ぎになっていれば……。

 最悪、刃傷沙汰になっているかもしれない。

 そして、もしそのようなことがあれば、ハイツが主導してきたこの開拓計画は、父の命で取り止めとなるかもしれないのであった。


 それだけは、避けねばならない。

 この開拓計画は、ハイツにとって、起死回生の一手なのである。

 博打であることは間違いないが、サイコロを振る前に勝負がご破産となる事態は避けたかった。


「よし。

 僕が直接行って、様子を見よう。

 もしかしたら、喧嘩の仲裁になるかもしれない。

 今から名を挙げる者に、供をするよう命じてこい」


 部下にそう告げて、何名かの騎士を指名する。

 そうして、ハイツは開拓団が逗留している場所……。

 街壁の外へと向かったのであった。




--




「これは……炊き出しか。

 あの冒険者らしき男が、やっているようだが……」


 到着して、ハイツは驚きの声を漏らすことになった。

 公都内部には宿泊できる場所がなかったため、食料と余り物の資材を与えて寝泊まりさせている場所……。

 そこで繰り広げられていたのは、たった今、口にした通りの光景だったのだ。


 荷台の後部が、そのまま即席の調理場となる……。

 見たこともない奇妙な馬車で、中年……いや、壮年と呼ぶべきか。

 ともかく、人生も佳境に差し掛かってるだろう年齢の戦士が、携帯焜炉で鍋を火にかけている。

 彼の頭上は、荷台にかけるのを解いたのだろう幌で覆われており、これは、なかなかに快適そうであると思えた。


 鍋を挟み、彼の前へ列を作っているのは、ハイツが集めた開拓者たちだ。

 それぞれが木皿や匙を手にしており、戦士は彼らが手にした器へ鍋の中身を盛り付けてやっている。


 ――炊き出し。


 誰がどう見ても、そうとしか形容しようのない光景であった。

 しかも、それが明らかに聖職者でも何でもない男……。

 冒険者らしき戦士の手によって、行われているのだ。

 どういうことなのか、気になるのは当然のことといえるだろう。


 ふと、戦士と目が合う。

 すると、こやつはにやりと大きく笑い、開拓者たちに向けてこう宣言したのだ。


「この炊き出しを命じて下さった方が、いらっしゃったぞ!」


 ――おおっ!!


 鍋の前へ並ぶ者たちが、歓声を上げる。


「な……あ……」


 ハイツとしては、戸惑うしかなかった。

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