終末の世界に堕とされて〜Fallen into the apocalyptic world〜

東千聖

第一話「幸せな日々」

二〇××年 八月某日 六時五十六分


 俺は今、人生で一番幸せの真っ只中を生きているに違いない。


 神宮優太は、真横で寝息を立てて眠る交際相手の安藤加織の寝顔を見ながら思い耽る。優太と加織は幼馴染であり、小学校から大学まで一緒だった。そんな加織と付き合い始めたのは高校三年生の夏頃。毎年二人で行っていた地元の花火大会で、優太が加織に告白したことをキッカケに交際が始まった。それまで告白しようと一度も思わなかった優太だったが、あの時、ふと、ここで告白しないといけないと直感的に思い、気づけば口が動いていたことを思い出す。

 そういえば、どうして告白しようと思ったのだろうと、優太は天井を見つめながら過去の記憶を思い返す。


「おはよう優太」


 加織は目を開け、枕元で振動する携帯電話のアラームを止めながら優太に言う。時刻は七時となり、優太の携帯電話もアラームで振動し始める。


「おはよう。今日は日勤だから準備して出ないと。加織は?」


「私も準備しなくちゃー。ねぇ、そういえば、もうすぐ記念日だけど覚えてるよね」


 加織の質問に、優太は枕元で振動している携帯電話に手を伸ばしながら、冷や汗を流す。記念日?一体何の記念日だ?アラームを止めて、加織の顔をチラリと見る。

 加織は目を細め、答えない優太の顔を黙ってジッと見つめる。加織は声を荒げて怒ることはないが、静かに怒りを露わにするタイプだった。優太は加織が怒っているのを素早く感じ取り、寝起きの脳をフル回転させる。そして、ようやく思い出す。


「分かってるよ、交際記念日だろ?」


 加織の言う「記念日」とは、二人が付き合うことになった、花火大会で優太が加織に告白した日のことだった。しかも、今年はちょうどあの花火大会の開催日と記念日が重なっていた。先程までそのことについて考えていたおかげで、すぐに思い出すことができた優太は、心の中で安堵して、タイミングの良い自分を褒める。

 加織は記念日を大事にする子だった。交際が始まった日、初めてデートに行った日、初めて営んだ日ーーーーー。以前、優太は加織に直接聞いたことがあった。どうして、そこまでして記念日を大事にするのか、記念日にこだわるのか。


『普通じゃない?好きな人と初めて過ごす日だよ。記念日にしたいぐらい大切にしたいの』


 巷では、これを「面倒くさい女」として片付けるのが多いかもしれない。しかし、優太は加織のその考えを聞いて、確かにと思い、加織が自分を深く愛してくれていることを改めて感じた。


「正解。覚えてなかったらマジビンタするところだった」


「やめてよ朝から」


「ふふっ、冗談」


 二人はそんないつものやりとりをしながら、ベッドでキスを交わすと起床する。加織は仕事の支度をしながら朝食の準備に取り掛かり、優太は仕事の支度をしつつベッドメイキングや掃除機をかける。家事分担は特にしていないが、お互いにできることをする。それが普通だった。互いに仕事の支度が落ち着いたところで、朝食を一緒に摂る。

 優太は様々な事情で保護者の養育を受けることができない子供たちが一緒に過ごす児童養護施設「安曇野学園」の職員をしており、加織は地元のテレビ局でディレクターをしている。お互いに中堅ポジションの年代にもなり、後輩たちの育成にも関わるようになっていた。加織は携帯電話で仕事のスケジュールを見ながらため息を吐く。


「どうしたの?」


「花火大会の日、あらかじめ有給は取ってたんだけどさ、そのせいで連勤で、前日まで仕事がパンパンに入ってるんだよね。泊まりでロケの下見にも行かないといけないし、あんまり一緒に過ごせないかも」


「俺も夜勤があるしな」


「ねぇ、やっぱり今の仕事はまだ続けるの?」


 加織が突然、声のトーンを落として尋ねてくる。優太が少し驚いた表情で加織を見る。


「朝から変な質問してごめん。いつかは話そうと思ったんだけどさ、私、実は今の仕事は夏いっぱいで辞めようかなって思ってて。具体的に説明すると、もう少し小規模の制作会社に転職しようと思ってるの。休みが安定した職場」


 優太は箸を止めて話を黙って聞く。加織は話を続けた。


「お互いにさ、仕事は不定休で泊まりもあるし、すれ違いも多くて一緒に過ごす時間があんまりないじゃん。でも、私はもっと優太と一緒に過ごしたいと思ってる。貯金も溜まってきたし、少し仕事はペースダウンしても良いかなって」


「そっか」


「優太はどう?」


 その質問に、優太は少し考える。今働いている安曇野学園も、職場の先輩や同僚、そこで一緒に過ごしている子供たちのことも大好きであり、仕事を変えようとは、正直なところ、優太は思うことができなかった。しかし加織の考えも尊重したい優太は、とりあえずで答える。


「…考えとくよ。結婚とか、子供のこととかもあるしね」


「子供ってさ、施設の子供たちのことじゃなくて、私たちの子供ってことだよね」


「そうだよ」


 加織の質問に優太は頷く。加織は満面の笑みを浮かべ、優太の手にそっと自分の手を重ねる。


「今すぐじゃなくても良いからさ、いつか子供も一緒に花火大会に連れて行けたら良いね」



**********



七時四十三分



 朝食を終え、仕事の支度を済ませた優太は玄関へと向かう。化粧をしていた加織は手を止め、玄関まで優太を見送りに行く。


「今日は十九時までには帰ると思う」


「私も今日はデスクワークだし、帰りは早いと思う。夜は一緒に食べようね」


「仕事が終わったら連絡するよ」


「わかった。行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 二人はキスを交わし、優太は手を振って玄関を出る。

 福岡県福岡市西区の海に面した二階建てのアパートが、優太と加織の住まいだった。玄関を出ると海が一望でき、立地も景色も、優太にとっては最高の場所だった。アパート前の駐車場に停めている車に乗り込もうとすると、上から加織の「行ってらっしゃい」の声が聞こえた。ベランダから優太に手を振っていた。優太も手を振り返して、車に乗り込む。エンジンをかけ、職場に向けて出発した。優太はこの時、思いもしなかった。幸せな日々に、今、静かに幕が降り始めていることに。


 自宅から安曇野学園までは車で四十分ほどの距離だった。夜勤の時は正午頃に自宅を出発するため気にならないが、日勤の時は通勤ラッシュに必ず巻き込まれる。優太はそれが唯一、億劫だった。

 車はなかなか進まず、信号もすぐに赤に変わる。優太はため息を吐きながら、携帯電話を取り出して暇つぶしにSNSを見始める。その時だった。


「きゃあぁぁぁぁぁ」


 遠くの方で、女性の悲鳴が聞こえた。方向は分からないが、確かに優太の耳には若い女性の悲鳴が届いていた。携帯電話を触る手を止めて周囲を見渡すが、歩行者やドライバーは何に気にすることもない様子だった。


「気のせいか?」


 優太は首を傾げて呟く。信号が青となり、車が進み始める。優太もアクセルを踏み、交差点に進入する。ふと、優太は赤信号のはずである車線の方を見る。大型トラックが、信号待ちをしている車を次々と吹っ飛ばして暴走していた。大型トラックは一瞬にして優太の車の真横にまで突っ込んでくる。


「え?」


 次の瞬間、大型トラックは優太の車の真横に激突する。優太の車はまるで玩具のミニカーのように車道を転がり、歩道に乗り上げ、車体は真っ逆さまの状態で電柱に衝突して動きを止めた。



**********



「…いってぇ」


 優太は体中に走る痛みを感じながら目を覚ます。世界は反転しており、何が起きたのか一瞬理解できなかった。しかしすぐに、大型トラックが自分の乗る車に突っ込んできたことを思い出す。シートベルトをしていたおかげで車の外には飛ばされなかったが、ひっくり返った車体の中で宙吊りの状態になっていた。フロントガラスは全壊し、視界は白い煙に覆われていて、周囲がどういう状況なのか分からなかった。しかし、優太はすぐに異変に気付く。


「きゃあぁぁぁぁ」


「おいどけ!!」


「来るぞ!!逃げろ!!」


「うわぁぁぁ!!やめろ!!噛むな!!」


「やばい!!こっちに来たぞ!!」


 車の外から異常な悲鳴が大量に聞こえていた。この交通事故によるものではないことは確かだった。しかし、おそらく車から発生しているであろう白い煙のせいで、周囲を確認することができない。優太は痛みに耐えながら、どうにかしてシートベルトを外そうとする。その時だった。


ガシャン ガシャン


 何かがガラスを踏む音が聞こえる。


「ヴヴ……」


 人間か、獣か分からない呻き声が優太の耳に聞こえる。優太はシートベルトを外そうとする手の動きを止め、自然と息を潜めていた。「何か」が近くにいるのは確かだった。しかしその時、車の中のどこからか携帯電話の着信音が鳴り響く。そして次の瞬間、その「何か」は割れたフロントガラスから車の中に侵入してきた。


「うわぁぁぁぁ」


 優太はその「何か」を見ると悲鳴をあげ、白煙の中から襲いかかってきた「何か」を両手で食い止める。その正体は人間だった。しかし、頭に鉄の棒が突き刺さり、左の眼球が飛び出し、上半身血だらけの状態で、確実に死んでいた。すでに死んでいる状態のサラリーマン風の年配男性は、優太を噛もうと大きな口を開け、獣のような呻き声をあげて襲いかかってくる。

 優太は死人の両肩を持って抵抗するが、相手は優太よりも体格が良く、死んでいる割には力も強い。その後ろでは携帯電話の着信音がいまだに鳴り響いていた。優太は周囲を見渡し、何か武器になるものはないかを探す。割れたフロントガラスの大きな破片が目に見えたが、襲いかかる死人の両肩から両手を離すことはできなかった。その時、ふと、加織の笑顔が頭に思い浮かぶ。


「加織」


 そう呟いた次の瞬間、その死人は制止する両手を払いのけ、優太の首元にかぶりついた。


 噛みついた箇所から血飛沫が車内に舞う。激痛の中、意識が遠のく。


 電話の着信は、おそらく加織だろう。



 優太は、高校三年生の夏、あの花火大会で加織に告白した時のことを思い出す。



 結局、なんで告白しようと思ったんだっけ。




 そんなことを思いながら、優太の世界は一瞬にして暗転した。




**********




ここはどこだろう。


 「…っ……いっ!」


 誰かの声が聞こえる。聞いたことのある声だ。


 「……しろっ!…いっ!……優…!」


 なんだよ、聞こえない。誰だ。



 「しっかりしろ!おいっ!優太!!」



 その男の大声で、優太は深い眠りから一気に目を覚ました。

 ひっくり返った車内の中で死人に首元を噛まれたはずの優太は、気が付くと、住宅街の路地裏に横たわっていた。


 「おい!大丈夫か!?」


 「……竜人」


 目の前にいたのは幼馴染で同僚の黒崎竜人だった。竜人は加織同様に幼馴染で、幼稚園から職場まで一緒であり、加織以上に優太と深い付き合いのある人物だった。優太が空を見上げると、空はいつの間にか夕焼けで赤く染まっていた。


 「どうして…なにが……」


 「パニックが起きて逃げてる途中に、お前の車が事故ってるのを見つけて引きずり出したんだよ。血まみれだから死んでると思ったけど、どこも怪我はしてないし。どうしたんだその血」


 竜人に指摘され、優太は自分の手で首元を確かめる。確かに、あの死人に首元を血飛沫が舞うほど噛まれたはずだった。しかし、その傷はどこにもなく、血で服が赤く染まっているだけだった。


 「分からない……一体、何が起きたんだ…」


 「俺も分からん。学園に向かう途中に、あいつらがあちこちから現れてこのざまだ」


 竜人が路地の物陰から周囲を確認しながら言う。優太も起き上がり、周囲を見渡す。茜色の夕空に向かって、あちこちから黒煙が伸びていた。さらに、四方八方から悲鳴や死人の呻き声も聞こえ、発砲音も鳴り響いている。


 「加織は……そうだ…加織は……」


 優太はズボンのポケットや上着のポケットを探すが、携帯電話は見当たらない。

 記憶を失う前、車の中で携帯電話に着信があったことを思い出した優太は、立ち上がり、路地から出ようとする。しかしその足つきは悪く、千鳥足の優太を竜人が手を引いて止める。


 「おい、どこに行くんだ。まだ休んでろって」


 「加織が…加織の無事を確認しないと……」


 「安藤はどこにいるんだ?」


 竜人も加織のことは知っていた。三人は幼稚園から大学まで同じで、よく遊ぶ仲だった。


 「俺が家を出た時は、まだ家にいたんだ。家にいるかもしれない」


 「お前の家って、あの海沿いのアパートだろ。…ここから歩いて十分かからないよな」


 竜人はそう言うと、周囲をもう一度見渡す。


 「近いし、とりあえず行くか」


 「…ありがとう」


 「お礼なんて言うなよ、友達だろ」


 竜人は優太の背中を叩く。二人は周囲を警戒しながら、路地を飛び出した。



**********



 竜人が優太を抱えて逃げ込んだ場所は、優太の自宅アパートの裏手に広がる住宅街だった。

 二人は民家の塀を何度も越え、物陰に隠れながら静かに進む。どの家にも人はおらず、また死人の姿もなかった。このまま何事もなく自宅まで辿り着ける、そう優太が思ったその時だった。

 民家の壁を超え、大きな庭を抜けようとしたとき、庭の中心で蠢くものに二人は視線を奪われた。この家の主であろう年配女性の腹を食い破り、臓器を美味しそうに食べる死人の姿があった。死人は優太と竜人に気が付くと、持っていた臓器を無造作に緑色の芝生の上に投げ捨て、千鳥足で二人の元へと向かってくる。


 「くそっ」


 竜人は近くに立てかけてあったスコップを持ち、死人の頭を殴る。鈍い音が響くが、死人は平然としており、不気味な呻き声をあげて竜人に襲いかかる。竜人はスコップで応戦するが、死人は全体重をかけて竜人に襲いかかってくる。


 「こっちだ!!」


 優太は庭の隅に置いてあった工具箱を持ち、ガシャガシャと大きな音を立てて注意を逸らそうとするが、死人は竜人を食べようと必死で見向きもしない。優太は工具箱を開け、銀色に輝くスパナを見つける。これで殴れば、人間だと、ひとたまりも無いだろう。優太はスパナを手に持って、竜人を襲う死人を見る。

 スパナを握り締め、忍び足で死人に近づく。そして意を決して、死人の後頭部にスパナを思い切り叩きつけた。


 「ヴォォォ」


 死人は呻き声をあげながら、体勢を崩して竜人の横に倒れる。スパナの攻撃は死人の頭部に確かに当たったが、それでもなお、死人は立ちあがろうとする。


 「いい加減にくたばれよ!!」


 竜人はスコップを握り直し、刃の部分を死人の顔面に目掛けて突き刺す。


 ザクッ


 まるで乾いた土に突き刺すように、スコップは死人の顔面になんなく突き刺さり、その場に倒れて活動を停止させた。二人は息を荒げ、その場に座り込む。竜人は拳を優太に向け、優太は拳を竜人の拳と合わせる。


「やっぱり、こういう奴らって脳とかが弱点なんだな、多分」


「そうだな」


 二人は息を整えると立ち上がり、再び優太の自宅アパートを目指そうとする。ふと、優太が先ほどまで死人が食べていた年配女性の方を見ると、年配女性も「生ける死人」と化し、動き始めようとしていた。周囲の芝生は赤く染まりきっている。竜人も気付くが、無視をする。


「時間と体力の無駄だ。さっさと行こう」


「…あぁ」


 一体、こいつらは何なのかーーー。

 疑問を抱えたまま、二人は優太の自宅アパートへと向かった。



**********



 十分ほどで着くはずだったが、死人との戦いや遠回りで時間がかかり、四十分かけて優太の自宅アパートに到着する。二階建ての築年数も比較的に浅いアパートは、優太が出勤する前と変わらない姿で建っていた。優太は自宅の鍵をズボンのポケットから取り出そうとするが、置き去りにしてきた自家用車の鍵と一緒であることを思い出す。とりあえず階段を駆け上がり、自分の部屋の扉の前に立ち、インターホンを鳴らす。


 「加織!俺だ!大丈夫か!」


 優太は扉を叩き、何度も加織に向かって声をかけるが、扉の向こうから応答はない。竜人がドアノブに手をかけて引くと、扉は鍵がかかっておらず、そのまま開いた。二人は顔を見合わせ、優太は靴を履いたまま自宅へと駆け込む。


 「加織!!」


 リビング、トイレ、浴室、部屋のどこを確認しても加織の姿はなかった。優太は頭を抱えて、ベッドに腰をかける。しばらくして竜人も部屋に入るが、落ち込む優太を見守るしかなかった。


 「あぁ加織……どこに行ったんだよ…」


 「安藤も出勤途中に巻き込まれたかもしれないな」


 「…探さないと」


 「どこを探すんだよ」


 立ち上がり、部屋を出ようとする優太を竜人が止める。


 「落ち着けって、どこを探すんだよ」


 「加織が職場までどの道を使って行くかは知ってる。その道に沿って、加織を探す」


 「もう日が沈むし、死人もうろついてる。探しようがないだろ」


 「…電話は……携帯電話は…」


 優太は自分の携帯電話を取り出そうとするが、改めて、横転した車の中に置いてきたことを思い出す。そんな優太の肩に手を置いて、竜人がゆっくりと話す。


 「よく聞け優太。ネットもテレビも繋がってない、携帯電話ももちろん繋がらない。この状況で、あんな奴らがウヨウヨしている場所に無作為に探しに行っても見つけることはできない。逆に俺たちがやられてしまう。分かるよな?」


 竜人は、優太がパニックにならないように話す。優太も少し冷静さを取り戻し、頷きながら竜人の話を聞いていた。


 「今日はこのまま、ここで一夜を過ごそう。もしかしたら安藤も、お前と同じ考えで戻ってくるかもしれない。どうだ?そっちの方が現実的だろ?」


 「あぁ…」


 「よし。申し訳ないけど、今日はお前と安藤の愛の巣にお世話になるぞ。いいか」


 「ははっ…あぁ、いいよ」


 竜人の軽いおふざけに笑みをこぼす優太に、竜人も一先ず安心する。優太がベッドに座って落ち着く間、竜人は電気や水道、ガスなどライフラインを確認する。電気とガスはすでに止まっており、水道は水が出るだけだった。ため息を吐くと、玄関の鍵を閉め、床に座り込む。二人はベランダから、日が沈みかけている空を静かに見ていた。


 「そういえば、ありがとうな。助けてくれて」


 しばらくの沈黙の後、優太は竜人にお礼を言う。


 「何だよまた、気持ち悪いぜ」


 「なんで助けてくれたんだ。あれだけ危ない状況の中で」


 「さっきも言っただろ、俺たち友達だろ。それもかなり付き合いの長い」


 「幼稚園から職場まで一緒って、そうあることじゃないよな」


 「確かにな」


 優太と竜人は笑う。竜人は、リビングの棚上に飾ってあった優太と加織の写真を見つける。


 「安藤と付き合って、もう何年だ?」


 「高校三年生から付き合い初めて、もうすぐ十二年かな」


 「結婚は?」


 「今朝、その話をしたよ。お互いに三〇歳だし、今年中には告白するつもりだった」


 優太は写真に手を伸ばし、加織とのこれまでの思い出を振り返る。


 「まぁ、もしかしたらこの状況も明日の朝には収まってるかもしれないしな。自衛隊とか国も、そこまでバカじゃないだろう。ポジティブに考えろよ優太、絶対に安藤と再会できる」


 「あぁ」



**********



 しばらくして、竜人はそのまま床で寝てしまっていた。

 優太は血に染まった上着を着替えてから、再びベッドに腰を下ろす。今朝まで幸せに過ごしたはずの、この空間に、虚しさを感じる。微かに残った加織の匂いや、加織の私物がそこにあるが、加織本人がいないことが信じられなかった。


 「加織…」


 優太はベッドに寝転び、加織とのツーショット写真を眺める。

 何のキッカケもなく、ふと、加織に告白しようと思ったキッカケを思い出す。


 毎年と同じように、一緒に花火を見ていた時。さりげなく言った加織の言葉を、思い出した。


 『ずっと、一緒に見れたら良いね』

 

 あの言葉を聞いて、加織と付き合おう、一緒にいたいと強く思った。

 それなのに、どうして、こんな大切なことを忘れていたんだろう。

 

 

 優太は加織とのツーショット写真を再び見つめる。



 「絶対にまた会える」



 そう呟くと、静かに眠りについた。

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