プロローグ 2
都内の小さなオフィス、杉原の親戚が持っているビルにほぼ管理費のみで入居できたのはラッキーだった。俺のマンションと杉原の家との中間地点で、周囲の環境もいいのでここにオフィスがあるというだけで信用の一つになるくらいだ。
今はまだ二人だけの会社だけどもう少し軌道に乗ったら事務方、特に経理に人を増やしたい。
今は外部委託だから少々お値段が張るんだよな。
仕事はまぁ、選り好みをしなきゃそこそこ舞い込んでくる。
昨日の電話相手とは結局次の契約をしないことにしたが、今日は以前から詰めていた案件がやっと契約書を交わすまでに至って、前祝いと称した愚痴の垂れ流しをするために杉原と行きつけの居酒屋に入った。
「話が進んでよかったな、カンパーイ!」
「時間ばっかりかけやがって。ちくしょー、安売りなんてしたくねえ!」
やけになったように俺がビールが並々と注がれたジョッキを持ち上げて、重ねて杉原も同じようにジョッキを掲げ愚痴をこぼし始める。
まだアルコールが一滴も入っていないのに二人して妙なテンションだ。
それもそのはず、二人で訪れた営業先で愛想笑いができなかった俺のせいで、もう少し高めに取れた広告案件をお値打ち価格で請け負ってしまったのだから。
もう少し粘ればよかったのだが、あのタバコ臭い男とあれ以上話をするのが嫌だった。
「道中言っただろう、あの仕事は蹴ってもいいって。あそこの社長と隣に座ってた企画部長って例の元上司の友人だぞ」
断ってもいいと言われて俺もそのつもりだったのだが。
「げ、もしかしてあの価格って嫌がらせが入ってるのかよ」
「そういうことだ。上条らしくないな、勘が鈍ったか?」
「いや、受けると、相手が困るような気がして。やっちまえっていう心の声に従った」
「なんだそれ」
のらりくらりと会話を長引かせたり、価格も二転三転。欲しいデザインのコンセプトもほのぼの、ふわふわ、それでいてクールなんていう抽象的なもので具体性に欠けていた。納期はかなり先だけど、他に依頼しているところはないという。
相手方との信頼も築ける気がしないし、これはもうダメだ交渉決裂と判断して、さっさと帰ろうと話の途中で立ちあがろうとした時に、この仕事を受けると相手と前の会社に困ったことが起こるって俺の中で何かが囁いたんだ。
困るってわかるのに受けるのは性格悪いよな、だけどそれでいいって、以前の不満を全てこれで無かったことにできるって感じたから受けた。
俺もそれを説明することはできない。
ただ、昔からこの手の勘は外れたことがない。
「まあ、俺たちが損をすることはないんだろうな。勘だけど」
杉原はもう一度、なんだそれと笑いながらビールをゴクゴクと飲み干した。
つまみの枝豆をプチプチと剥きながら、あの感覚を思い出そうとしたけれど無理だった。
その後、杉原がへべれけ一歩手前というところまで飲んで食って、ゴキゲンな俺たちは店を出た。
電車が動いている時間でよかったと思いながら、当たり前のように同じ方向に来る杉原に苦笑する。
「上条の家泊めてくれ。お前ん家の方が会社に近い」
俺が了承する前に、これはもう決定事項らしい。
互いの家のちょうど中間地点にある会社だけど、駅までの道は俺の家の方が近い。
気が置けない関係というのはお互い楽でいいが遠慮なんてどこにもない。それを甘受している俺も俺だが。
「おう、朝飯のパン買っとこうぜ」
駅から家までの途中にあるコンビニで食料とついでに杉原の下着なんかを買って、俺のマンションに向かう途中、何かとてつもなく嫌な予感がした。
このざわめきと、全身に鳥肌が立つような感覚は一体なんなんだ。
「あ、やばい」
ふ、と嫌な感じの眩暈がしたと思ったら、突然立ってられないほどに足元が揺れた。
なんとか体幹だけで倒れるのを抑えられたが、まだ揺れは続いているようだ。
地震か?
まさかと思って隣を見ると、杉原が血の気を全部無くしたような青い顔をして蹲っている。
「上条、呼んだか?」
「いや、呼んでないが、どうした?」
コンビニの袋をもたない方の手を伸ばして、杉原を立たせてやろうとする。
「ほれ、掴まれ」
「ありがとう」
へらりと笑った杉原が俺の手を握った瞬間に背中が総毛立ち、足元から無数の手が伸びて掴まれる感覚。
杉原を見ると俺の比じゃないくらいに絡みつく黒い手。どこから伸びているのかわからない、ただ、意志を感じる。
離さない、見つけた、捕まえろ。
これはさっさとこいつを置いて逃げるべきではと一瞬思ったが、そういうわけにもいかない。
それと、理解したんだ。
俺も杉原と一緒に見つかってしまったんだと。
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安心して下さい、次からはちゃんと異世界です。
百年前の勇者たち Totto/相模かずさ @nemunyo
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