百年前の勇者たち

Totto/相模かずさ

プロローグ 

「聞いているかね、上条静流くん」

「ええ樫尾社長」


 こちらから掛けた電話で、仕事の話をしていたはずだ。

 それなのに過去の自分の実績から、現在の不況による業績悪化と部下の体たらく。自分の立場だけを守ろうとする男の針小棒大に語る昔話を大人しく聞いているのはかなり苦痛だ。

 空返事をするとすぐに指摘されて意味もなくわざわざフルネームで注意される。

 その酒に焼けたしゃがれた声を聞いていると、契約時に相手の会社まで行って挨拶をした時のでっぷりとした腹を思い出してうんざりする。

 人の名前を安売りするなと思いつつ、相手は会社にとって大事なクライアント様だと唾を飲み込み、拳を握り締めた。

 同じ話が繰り返されて堂々巡りの長電話にはそろそろ解放されたいんだが。

 

 こうして取引先と電話しながら思い出すのは、前の会社の天井。


 節電対策のために交互に抜かれた電灯は、誰も掃除しないから薄汚れた灰色。

 こんなことしたって電気代はそう変わらないし、むしろこの会社やばいんじゃないかと俺たちの焦燥に火をつけていた。

 無駄に広いオフィスに人数は多かったが、俺の隣のディスクのブランドスーツを着こなした雰囲気イケメンは、ちらりとモニターを覗くといつもソリティアの画面を開いていた。

 ああ、こいつはコネ入社だったな、仕事しているフリくらいしろよと思いつつ、上司に押し付けられた仕事をこなしながらやり甲斐のない虚しい日々を過ごしていたっけ。


 今は煌々とした灯りの下、面倒な相手との電話にそろそろケリをつけたい俺。


「ですから、弊社としましてはそこまでの要望には応えられないと」

「我が社の仕事は受けられないということかね、無駄な時間だった!」


 そこまで話したところで怒りの声と共に、プツ、と電話が切られた音が耳に残る。

 値切るだけ値切って自分の要望以上のものをよこせという男に、これ以上貴重な時間をくれてやる気はしなかった。

 新進気鋭のデザイン会社なんて聞こえはいいが、やっていることは少し前まで勤めていた広告会社の企画制作部と変わりないし、自分で仕事を取り、断ることが増えた分だけ面倒になってきた。

 それでも、環境は全く違うし、何よりここには仕事中にパソコンでゲームをして時間を潰すやつはいない。


「上条、お疲れ」


 不意にデスクの上に置かれた缶コーヒーはブラック。


「ありがとう、でもカフェオレはなかったのか? 杉原」


 頂いたものにケチをつける俺に、ワックスを使ってきちんと整えられた黒髪を揺らしながら杉原は済まなそうな顔をする。

 眉が太めの男臭いイケメンがくしゃっと歪むと、大型犬が困ってるようでこちらが悪いことをしたような気持ちになってしまう。

 ビジネスパートナーである杉原麒麟は同じ年で、前の会社で同期入社だった男。その広告会社があまりにもブラックすぎる職場だったので嫌気がさして二人でこの会社を作った。

 会社の名前は『カラフルキャンパス』二人で三日三晩考えて考えて、結局AIで決めた。


「すまん、俺の好みで買ってきちまった。上条がたまにブラック買ってるからどっちでもいけると思ったんだが」

「あー、普段は確かにブラックが多いな。でも今は甘いのが欲しい。あのゴリ押しジジイの相手するの疲れた〜」

「結局切ったんだろ? リテイク代はサービスでなんてこのご時世に通用しないっつーの。これでも食ってろ」


 そう言いながら机の引き出しからチョコレートバーを取り出し、渡してくれる。俺も時々羊羹を忍ばせておくのだけど、あいにく在庫切れだ。

 礼を言ってパッケージを毟り、齧り付くと脳内に甘いものが染みて疲れが取れる気がする。


「はー、うま。まだ次の仕事前でよかったよ。前回ひどかったもんな」


 俺も杉原もまだ25になったばかりで、会社を作るなんて若すぎるという声もあった。

 二人とも違うデザイン系の専門学校を出てすぐに業界ではそこそこ名の知れた広告会社に就職したんだが、前の会社は若手のデザインは上司のもの、手柄は上司のもの、残業は若い奴らに任せるなどという暴挙が罷り通っていた。

 半年は我慢した。

 デザインが使われても名前の出ない日々。

 それでも新人だし、責任の所在がどうのと言われたら声を上げることができなかった。それにそういう仕打ちをされているのは俺だけではなかったし。

 だが、大きな広告のメインデザイン、プレゼン資料を作れと言われて作ったら、それを直しも入れずに提出しやがって。

 あーー、むかつく。

 思い出しただけで頭きた。

 作成者名はしっかり上司の名で。

 手直しをしろと、上司のお気に入りのコネ野郎に魔改造されて原型が無くなったところで俺に戻されたんだ。

 まあ、そこで完全にブチ切れて用意していた辞表を上司の顔に叩きつけたら、それを見ていた杉原がずるいと言い出してあいつも机の中から辞表を取り出したんだった。


 身にならない電話でどれだけ疲れても、溜まっている他の案件は待ってくれない。

 俺は随分と疲弊していたようで、電話を切ってしばらくはこちらを心配そうに伺ってきていた杉原も、俺が集中し出したら安心したようだ。

 気力を振り絞り1日を終えて帰宅の途に着いたのは午後7時。

 夕食を外で摂ってなお趣味にも時間を割ける、絶妙な距離の仕事場は助かっている。




注・このお話は、異世界転移ものです。

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