第8話
翌日、朝ご飯を食べていると
「朱音、今日からしばらくは海に近づかない方がいいわよ。もしも行く時は誰かと一緒に行くようにして頂戴。」
「え?何で?」
それでは
「何でも昨日ね、海岸に行ったきり帰って来ない人がいるらしいのよ。」
「行方不明って事?」
「そうらしいわ。何でもその人はサーフィンに来た県外の人で、早朝からサーフィンをしに海に出てたらしいわ。」
「サーフィンをしに来るなんてずいぶん余裕のある人だなあ。」
地震の影響でサーフィン等の娯楽をしに来る人なんてなかなか居なくなっている。
「元々はプロを目指していたそうよ。」
「へえー、けど元々?」
「地震の影響で諦めたそうよ。けど諦めると言っても、やっぱり未練があったらしくサーフィンをしに来ていたそうよ。」
「と言うかやけに詳しいね。」
「隣の山田さんが言ってたの。」
山田さんはいったい何処からこの情報を得るのだろうか?
「それで朝に出る時に旅館の人に昼までに戻ると伝えていたそうなんだけど、昼を過ぎても帰って来ないから警察に連絡したそうなの。」
「ふーん、そうなんだ。私も海岸に行ったけど、その時は誰も居なかったな。」
「警察も海岸を捜索したけど手掛かりも見つかってないそうよ。」
「そのまま帰ったんじゃないの?」
「それはあり得ないって。部屋に携帯も財布も置いたまま、車も置いたままだそうよ。」
「あー、確かにそれを置いて帰るは無いか。」
「まあ、何処で行方不明になったかもまだ全然分かってないから、海とは限らないらしいけどね。」
「まあでも、サーフィンをしに行っていたのなら海が濃厚だよね。」
「そうよね。何も見つかって無いから板ごと流されたのかしらね?」
「そうかも知れないね。」
「そうそう、それに漁師さんが海で怪しい影を見たって言っているのよ。噂では津波で流された人が誰かを道連れにしようと魚のような姿になって帰って来てるらしいわよ。もしかしたらそれに連れ去られたのかも。」
朱音の脳裏に魚人の姿が浮かぶ。確かにあれは私を襲ってきた。もしかしたら可能性はあるかもしれない。
「その津波で流された人の噂って誰情報よ?」
「隣の山田さん。」
「その山田さんは何処から情報を得ているのよ?」
「さあ?そんな事は私は知らないわよ。」
「あう、それもそうよね。」
しかし、あながち間違ってない所が怖い所だ。それに死んだ人が魚になっていると言われると、もしかしたらそうなのかもと思ってしまう。魚人は元々は人間だった。それが何らかの理由で魚のような姿になった。その考えは実際にその姿を見ている朱音にとっては信憑性のある話だ。
「だから海にはあまり近づかない方が良いわよ。」
「うーん、そうだね。だったら散歩のコース変えないといけないね。シロ。」
「ワン。」
「構わないって?あんたは本当に人の言う事が分かっていて賢い子だね。」
そう言いながらも朱音は海岸に行くつもりでいたのだった。食事を終え
「さてと、それじゃ散歩に行こうか、シロ。」
シロがリードを咥えて朱音のその言葉を待っていた。早速朱音の元へとやって来て、
「よしよし偉いねえ。」
シロの頭を撫でながらリードを取り付けるとシロは嬉しそうに尻尾を振った。
「それじゃ行って来るね。」
「ええ、気をつけてね。」
家を出て海へ向かい歩いて行くと、前から歩いてきた見知ったおじさんが声をかけてきた。
「おう、朱音ちゃん!」
「あ、丸山のおじさん。どうしたの?こんな時間に。」
丸山のおじさんは近所に住む陽気なおじさんだ。漁師をしていてお祝い事なんかがあるとよく鯛や刺身を持って来てくれる。シロもこっそりと魚を貰って食べているので丸山のおじさんの事は大好きなのである。
「いや、漁師仲間の会合があってな。ちょっと家に戻ってる最中でよ。荷物置いたら早速漁に出ようと思っててよ。」
「いつもなら日が昇るより前には出ていて、今頃はとっくに海の上だもんね。こんな時間に行っても獲れるの?」
「まあたまには時間を変えてみるのも良いかも知れんからな。最近はめっきり不漁続きだしな。」
「そういう物なの?」
「駄目なら駄目で何か違う方法を考えてやってみないとな。いつまでも同じ方法だけじゃ駄目だ。魚も学習しよるんだろうよ。」
「そうなの?」
「そうだろうとも。知らんけど。」
「駄目じゃん。」
「しかし、魚が獲れなくなっているのは事実だからな。獲れないなら獲れないなりに理由もあるだろうし、理由が分からないなら色々と獲れるように工夫して試してみないとな。」
「そうだね。たくさん獲れたら頂戴ね。」
「はっはっは。いいともよ。ならたくさん獲れるように頑張らないとな。」
「お願いね。」
「あ、そうだ。昨日海岸を歩いていたら見た事も無い鱗があったんだよ。」
「鱗?そんな小さな物を海岸でよく見つけたな。」
「それがそんなに小さくないのよ。」
「はあ?」
「私の手の平くらいの大きさがあったのよ。」
「はっはっは。そんな馬鹿な事あるかよ。そんな大きい鱗なんて俺でも見た事も無いぞ。」
「おじさんでも見た事無いのか。持っておけば良かったかな。」
「そいつはどうしたんだ?」
「言ってもしょせんは鱗だから捨てちゃった。」
「そんなに大きいなら俺も見て見たかったな。」
「だったらおじさんが掴まえてきてよ。」
「その鱗の魚をか。」
「そうそう。」
そう言って頷く。その横でシロも同じように頷いていた。
「だって鱗があんなに大きかったんだもん。魚も絶対大きいよ!」
「そりゃ手の平サイズの鱗を持った魚となればかなりのサイズだろうな。」
「そしたらお魚でお腹いっぱい食べれるよ。」
「ははっ、そりゃあ良い。じゃあ、おじさん頑張って掴まえないとな。」
「そうだよ。頑張ってね。」
「ああ、頑張るよ。それはそうと、今からシロの散歩か?海には行くなよ?聞いてないか?」
「聞いたよ。誰か行方不明になってるって話でしょう?」
「そうだよ。それに漁師仲間でも怪しい影を見たって奴が結構居てな。何でも人が泳いでるように見えるんだとよ。」
「人が?」
「おうよ。それにしてはずっと潜ったままだし、終いには船底から何かをぶつけたような音がするってんだ。」
「浅い所だったんじゃないの?」
「いやいや、沖合いでの話だ。それで戻ってから船を陸に上げて見てみたら、実際に何か尖った何かをぶつけたような傷があったそうだぞ。津波で流された人の亡霊とかじゃないかって噂もある始末だ。だから海には近づくんじゃないぞ。」
「おじさんも見たの?」
「俺は見た事は無いな。けどこう言う噂がある時は録な事はねえ。俺も仕事じゃなければ海に行こうとは思わんよ。」
「そうか、分かった。海には近づかないようにする。」
「そうだ。その方がええ。」
「さ、シロ行こうか。それじゃあね。」
「おう、またな。」
「おじさんも今から漁でしょ?気をつけてね。」
「おう、分かった。ありがとな。」
朱音は手を振りおじさんと別れた。さっきの話を聞いて思うのはやはり魚人の姿。たぶんあの槍で船底に攻撃したんじゃないだろうか。
「確信はないけど、たぶんそうだよね。」
昨日の死体はまだあるだろうか?それがあればこんなのが海にいると分かる。そうすれば何か対策をたてれるかもしれない。昨日の感じからすればあの魚人の存在はかなり危険じゃないだろうか。その行方不明になったと言われる人はもしかすれば魚人に襲われて殺されたのかもしれない。警察が調べた後だから期待は出来ない。出来ないが、それでもやれる事はしておきたい。
「シロ、海岸に行って昨日の奴を探してみよう。」
「ワフン?」
「実物があれば海にこんな生物が居るぞって皆に注意できるでしょう?」
「クゥン。」
「確かにまた生きてるのが出てきたら危ないよね。けど大丈夫だよ。様子を見て危なそうならシロが教えてくれるでしょ?」
「ワン!」
「それでも危ない?」
「ワフン。」
「危険を絶対に見つけられるとは限らないか。」
「ワフンワフワフ。」
「危ないから海には行くなって言っても、アレがもし頻繁に現れて人を襲うのなら、いや、アレが現れたら間違いなく人を襲う。だったらアレに対して対策を早くしないと皆が危ないと思うの。」
「ワフウ。」
「だからって危険に飛び込むな。確かにそうだね。でもね、ここで何もしないで知っている誰かに何かあったらって思うの。そんな後悔はしたくない。」
「キューン。」
「ごめんね。私の我儘に付き合わせて。」
「ワン!ワフウ、ワフワフ」
「私が傷つくのが嫌なんて優しいね。ありがとう。それじゃアレが現れた所に行ってみよう。死体が残っていれば信じて貰えるだろうし。」
「ワン!」
朱音とシロは海岸に向けて走りだした。誰かに見つからないように注意しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます