第6話
「さて、来たは良いけど……。やっぱりこの時間にもなると何も無いね。」
シロは海岸をトテトテと歩き回る。そんなシロの後ろ姿をぼんやりと眺めながら朱音は歩いていた。波も穏やかで風が心地良い。
「散歩日和だね。」
「!ヴヴゥ!ワンワンワン!」
シロが急に海に向かって吠えだした。
「何?何かあった?」
シロが朱音の足を海から遠ざけようと吠えながらもグイグイと押してくる。
「え?何?何々?何かヤバイ感じ?」
シロが何に対して反応しているのか分からない。しかし海に向かって吠えているので海に何かあるに違いないと思い朱音は海の方を目を凝らして見た。すると
「何かいる?」
水中に何かが動いている影が見える。それもかなり大きい。大人1人分はあるだろうサイズだ。それがゆっくり泳ぎこっちに向かっているように見える。
「え、もしかしてサメとか?」
その影が水中から顔を出した。
「うえ⁉️何?キモ!」
それは確かに魚の顔だ。しかしながらどう考えても向きとサイズがおかしい。まるで人が魚の被り物を被っているような大きさだ。それが顔を出したままゆっくりと朱音達に近づいて来る。
「え?何?何?気持ち悪いんですけど?」
近づくに連れてその姿がどんどん顕になってくる。魚を人の形に近づけたらこんな形になるのだろう。銀色の体をしており、光を反射して輝くのは鱗のようだ。肩が有り手が有る。うなじの辺り、肩の上にはエラのような物が開いたり閉じたりしているのが見える。まるで空想上の半魚人そのものだ。そしてその手には槍のような物を持っている事がさるに不気味さを強調している。
「ちょっと誰?イタズラ?趣味が悪いよ?」
しかしそれを否定するかのように開いたり閉じたり動くエラ。これがイタズラの為だけにこの動きを再現したのならかなりの悪趣味だ。全身に覆われた鱗の質感も造り物を否定するかのようにリアルで、その口が大きくニチャアと開く。
「え?ちょっと無理無理無理無理!キバが凄いんですけど?何か糸引いてるし!作り物みたいに言ってごめん。だからお願い!そのまま海に帰って!」
「ワンワンワン!」
シロが朱音を押すのを諦めたのか、近づく魚人に向かって吠えたてる。まるでこっちに来るなと言うかのように。
「□$」
魚人が何かを言ったような気がした。そして槍を持つ手に力が入ったのが何故だか分かった。
「え?待って?それをどうする気なの?」
魚人が槍を投げるように構えた。
(殺される。)
本能的にそう思った。目の前の出来事に恐怖しガクガクと膝が震える。
「逃げなきゃ。」
そう思うが逃げようにも足が震えて動けない。脳裏には魚人の槍に貫かれる自分の姿が安易に想像できる。
「シロ、あんただけでも逃げなさい。」
そう言いながらも涙が零れ落ちる。それを見た魚人は獲物を仕留める確信をしたのか不気味にもニヤッと笑った。
(こんな所でこんな訳の分からない奴に殺されるの?嫌だ。死にたくない。まだやりたい事もたくさんある。)
「まだ死にたくない!誰か助けて!」
〔
その声が聞こえたかと思うと、さっきまであれだけ怖かったのに恐怖心が消えた。いや、それだけじゃない。全ての感情が消えている。自分の体なのに他人事のように感じるのだ。普段は気にしない手や体に感じる服や風、空気の流れは感じる事ができるのに目の前の出来事に対して何の感情も湧いてこない。
「あ、あー、あー。」
まるで発生練習をするかのように声を出す。体が動き手を魚人の方に向けた。その動きに反応したのか魚人がいよいよ槍を投げる気配がした。
『砂塵よ、集いて我が前に壁となれ』
朱音の、自分の口から聞いた事もない言葉が発せられた。まるでその言葉を前から使っていたかのように、自然と発せられた言葉。知らない言葉なのに不思議と意味は分かる。この言葉を理解しているのだ。そしてこれが"
ズオオオ
目の前の砂が盛り上がり魚人との間に壁が出来上がる。砂が盛り上がっただけの簡単な壁。
ザスッ
魚人が投げた槍が前の壁に刺さった音だろう。音と同時に壁がサラサラと崩れて行き、魚人の姿が見えた。投げた姿勢のままだ。
『砂塵よ集まり槍と化せ』
砂が集まり1本の槍の形となった。
『槍よ翔び行き敵を貫け』
その槍が空中に浮かんだかと思うと凄い勢いで魚人目掛けて飛んで行き、魚人の胸を貫いた。
『槍よ砂塵よ激しく飛び散れ』
槍となった砂がその姿をかき消した。槍を形作っていた砂がまるで爆発したかのように飛び散ったのだ。魚人の胸から赤い霧が飛び散った。魚人の血や肉が砂に抉られ飛び散ったのだ。胸に大きく穴を開けた魚人はそのまま海へと倒れた。
〔
その声と同時に感情が戻ってきた。朱音は思い出したかのように恐怖で足が震え身がすくむ。
「え?何?何今の?私?私がしたの?」
両手を肩に回し自分を抱きしめるかのように抱いた。
「それに今の声は何?」
魚人の死体が海中に沈んで行き、その場所が血で赤く染まっていた。それが今の出来事が現実だと肯定している。
「クゥン。」
気付けばシロが心配そうに見上げていた。
「大丈夫、大丈夫だよ。これはきっと悪い夢。そうに決まっている。」
朱音は青白い顔でそう答えた。何か分からないが人の形をした魚を殺した。自分の意識とは違う何かがやった事だ。自分がした訳ではない。そう思い込む。
しかしそれを行使したのは自分の体だ。飛んで行き刺さった槍。その感触なんて知る筈は無いのに、手に槍を刺した感触が残っている。砂が飛び散り血肉を吹き飛ばした感触までも。
罪悪感と否定したい気持ちと入り雑じり今にも吐きそうな気分だ。
「帰ろう、シロ。」
朱音が青白い顔でシロにそう言う。
「クウーン。」
シロがそんな朱音を気遣うように朱音の顔を見ながら鳴いた。それに答える事もせず、朱音は重い足取りで自宅へと歩き始めた。
「あの魚みたいなのは何だったの?それにさっきの出来事は?」
朱音が自問自答を繰り返し答えの出ないまま家へとふらふらと歩いた。その後ろをシロが朱音を気遣いながら歩いて行くのであった。
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