第5話

 「ん、」

 1時間程経った頃だろうか朱音は目を覚ました。体の不調も無くそれどころか逆に体調が良くさえ感じる。

 「何か体が軽いな。……さっきの頭痛、何だったんだろう?頭の中に何かが流れ込んできたような感じだったけど。」

 「ワウ?」

 気付けばシロが心配そうに顔を覗き込んできていた。どうやら朱音が寝ている間ずっと様子を見てくれていたようだ。

 「大丈夫よ。見ての通りもうすっかり元気だから。」

 シロをぎゅっと抱きしめる。

 「ありがとうね。」

 「ワフン。」

 するとシロは嬉しそうに尻尾を振った。

 「さてと、ご飯食べてまた海岸に行こうか。」

 「ワウン?」

 「本当に大丈夫。って言うかいつもより調子が良いくらいだから。」

 そう言ってベッドから飛び起きる。普段はそんな事はしない。いつもならのっそりとベッドからはい出ているのだ。そんな朱音の様子にシロはすっかり安心したみたいだ。

 「ワン!」

 シロが尻尾を振り先に部屋を出て階段を降りて行く。階段の途中で止まり後ろを振り返り

 「ワン!」

 「行く行く、すぐ行くから先に行ってなさい。」

 「ワン。」

 その言葉にシロは母の居るだろう台所に向かって走って行った。

 「あら?シロ。朱音は?」

 「ワン!」

 顔で階段の方を指し示す。

 「そう、もう降りて来るのね。」

 「ワン!」

 階段の軋む音が聞こえたからか姿が見えないのに

 「朱音。大丈夫なの?」

 と声をかけてきた。

 「大丈夫よ。寝たらスッキリして、調子も良い感じ。」

 朱音はひょっこり顔を出しながら返事をする。

 「ご飯食べれそう?」

 「もうお腹ペコペコ。」

 「うーん、まあ食欲あるなら大丈夫かな?でもお昼はお粥とか、消化に良いものにするわね。」

 「えー、大丈夫だよ。」

 「駄目よ。あなたったらだいぶ苦しそうだったんだからね。」

 「もう全然平気よ。」

 「そうやって油断しない。命より大事な物なんて無いんだからね。」

 「もう全然大丈夫なのに。」

 「嫌よ?何かあったりしたら。」

 そう言う母の気づかいに嬉しく思う。

 「はーい。ないと思うけど、分かりました。気をつけます。」

 「はい、それじゃ準備するからちょっと待ってて。」

 「うん、お願い。」

 朱音は椅子に座り母の後ろ姿を眺めていると

 「ワン!」

 シロが自分用の器を咥えて目の前に置いた。

 「そうだね。シロもご飯にしようね。」

 朱音は椅子から立ち上がり、ドッグフードを器に注いでやる。

 「はい、どうぞ。」

 シロの前に器を置いてあげるが、シロはまだ食べない。母の方を見たり朱音を見たりとキョロキョロとしている。

 「私のはもうちょっと時間かかるだろうから先に食べな。」

 「キューン。」

 シロが椅子に座る朱音の足にその頭を乗せて鳴いた。

 「別に待つ必要ないから先に食べていいよ。」

  シロが耳をペタッと倒して見せた。

 「その意見は聞かないって言うの?」

 「ワンワン。」

 「分かったよ。なら一緒に食べよ。もうちょっと待っててね。」

 そう言ってシロの頭を撫でてやるとシロは嬉しそうに目を細めてみせた。母の料理をする音が静かに響く。何とも心地の良い時間だ。ドックフードの匂いを感じるシロにとっては待ち遠しい時間だろうが。

 食事を終えると、

 「さて、シロ行こうか。」

 「え?ちょっと何処に行くの?」

 「海岸だよ。帰って来た時に言っていたじゃん。」

 「いいよ、今日はもう止めときなさい。」

 「何でよ。」

 「あれだけ調子悪そうにしてた子が何言ってるのよ。」

 「もうすっかり大丈夫だもん。」

 「普段は行くの渋る癖に。」

 「そうなんだよね。今日は何故か行かなきゃと思うのよ。何か良いものでも有るのかも?」

 「そんな訳ないでしょ?向こうでまた調子悪くなったらどうするのよ。」

 「大丈夫だよ。いざと言う時はシロが助けてくれるから。」

 「ワン!」

 シロが尻尾を振りながら答えた。

 「もう、無理しないのよ。それと早く帰って来るようにね。」

 「分かってる。無理もしない。ちょっと見てくるだけ。ね?」

 「本当にもう。これじゃいつもと逆ね。」

 「あはは、確かにそうだね。それじゃ行って来るね。行こう、シロ。」

 朱音はシロにリードを付けて海に向かって歩きだした。いつもと同じ穏やかな風景を見ながら進んで行く。時折すれ違う人と挨拶を交わしながらのんびりと海岸へと向かった。

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