第4話

 「さてと、」

 朱音は何となく持ち帰った本をパラパラと開いて見た。帰る途中で持ったままだと気付いたのだが結局は持って帰る事を選んだのだ。

不思議な本だ。いや、本と言って良いのかすら分からない。何故かと言うと、文字が書かれているのは最初の数ページだけで、後は白紙のページが続いていた。その内容だけで考えると本と言うよりもノートと言った方が正しいのかも知れない。

しかし朱音はそれをノートとは思わずに本だと認識している。そしてその内容はやはり何語で書かれているのか分からない。けれど、

 「やっぱり書いてある内容が分かる。何で分かるのだろう?」

 そこにシロがやって来た。

 「シロも書いてある事分かる?」

 そう言ってシロに本を見せて見るが、シロはチョコンと首を傾げるだけだった。

 「やっぱり分からないよねー。」

 改めて本を最初からじっくり見てみる事にした。

 「えーと、何々?名前に年齢、性別?何これ?教科書か何かかな?始まりの書ってくらいだし、何かの入門書かもしれないね。あれ?でも書く所はないみたいだ。」

 シロが何か期待に満ちた目で見ている。

 「もしかして私に名前を言ってみろって事?」

 シロが頷く。

 「何でよ。別に言わなくてもいいじゃん。」

 それでもシロの期待の眼差しは止まない。

 「わかったよ。言えば良いんでしょ。……えーと、名前は天王寺朱音。これでいい?」

 〔□〕

 また何かが聞こえた。外からの声ではなく、近くで聞こえたかのような声。朱音は周りを見渡すが何か声が聞こえる要素はない。

 「シロ、何か聞こえなかった?」

 「キュン?」

 聞こえなかったよと言わんばかりに首を傾げた。

 「何だろ?気味が悪いな。」

 〔対応言語インストール完了〕

 「へ⁉️何なにナニ何?はっきり聞こえたんだけど?」

 〔世界詩編ワールドエピックより告知 天王寺朱音をバビロンに登録。これより始まりの真言マントラをインストールします。〕

 「えぇ?うぐっ!」

 朱音の頭の中に何かを無理矢理ねじ込まれているような感触に襲われ激しい頭痛に頭を抱える。

 「ワンワンワン!」

 朱音の様子の変化にシロが動揺し吠えたてる。

 「シロー?うるさいよ。」

 母の間延びした声が下から聞こえてきた。それでも吠え続けるシロ。

 「もう、どうしたの?」

 母が下から上がって来た。

 「え⁉️どうしたの?大丈夫?」

 母が駆け寄り声をかけてくるが、

 「あ、うぅ。」

 あまりの痛みに呼吸が乱れまともに話す事もできない。

 「何?病気?怪我?どうしたのよ?」

 母が顔を覗きこむと朱音の瞳は激しく揺れ動き額からは大粒の汗が流れ出ていた。そして短く荒い呼吸を繰り返していて一目見ただけで危険な状態だと分かる。

 「そうだ!救急車!急いで救急車呼ばないと。」

 母が電話をかけようと立ち上がった時だ。

 〔世界詩編ワールドエピックより告知 インストールが完了しました。〕

 朱音の耳に先程と同様の声が聞こえた。するとさっきまでの痛みが嘘のようにすっと頭痛が治まった。

 「ぁ、あ?」

 朱音は辺りをキョロキョロと見回した。まるで夢から覚めたような気分だ。急にキョロキョロしだした娘の様子を母が見て

 「ちょっと?大丈夫?」

 母が様子を伺うように話しかけてきた。 

 「何だったんだろう?」

 「何が?どうしたってのよ?」

 「あ、ごめん。何か分からないけど変な声が聞こえたと思ったら急に頭痛がしたの。まるで何かを頭の中にねじ込まれているような。」

 「え?何か怖いわね。脳の病気かしら?」

 「けどもう治まったから。」

 「治まったって何よ?それに変な声って何?」

 「分かんない。何かマントラ?をインストールとか何とか?」

 「何よそれ?幻聴なんでしょうけど、それで頭痛がしたってのは脳の病気だと思うから病院に行ってみましょう?」

 「うん……、でもちょっと様子を見るよ。今は治まって全然痛くないから。」

 「そうは言ってもね?脳の病気は怖いの。何かあってから行っても遅いのよ。さっきのあなたの痛がりようは尋常じゃなかったわよ。」

 「大丈夫だよ、多分。」

 「多分じゃ駄目よ。ちゃんと診断して貰わないと。脳出血とかなっているのかも知れないのよ。」

 「うーん、何て言っていいか分からないけどそういう病気とかではないんだよ。」

 「何よそれ?うーん、けど、分かったわ。私としたら病院で診てもらって欲しいけどね。ちょっとでもおかしいと思ったら病院へ行くのよ?」

 普段の母ならこんな理由で納得はしないだろう。しかし何故だか今は朱音のこの言葉を信じた。

 「うん、分かった。そうするよ。」

 「約束よ?」

 「分かってるよ。ちょっと休むね。」

 そう言ってベッドに横になった。

 「そうしなさい。お昼にまた様子見に来るから、シロ、何かあったらまた教えてね。」

 「クウン。」

 そう言って母はシロを撫でてから部屋を出ていく。それを聞いたからなのか、シロはベッドに上がり朱音にピタッと寄り添った。そしてその様子を確認するかのように朱音の事を見つめている。朱音はそんなシロの温もりを感じながら眠りに落ちた。

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