第8話 花束をあなたに! ②
「柚ちゃんの写真撮りましょうよ!」
こころちゃんのママが、首にカメラをぶら下げて、こちらへやってきた。
「ここちゃんママ、カメラ買ったんですか?」
颯汰くんのママが尋ねると、こころちゃんのママはえへへっと胸を張った。
「こころの為に買っちゃいました。いっぱい写真撮って、アルバムにして、大きくなった時に、見せてあげるんです」
カメラの腕はへたっぴですけどね、とカメラを覗き込みながら、こころちゃんのママは言った。
「あ、でも! 柚ちゃんの誕生日会はバッチリ撮るんで! 柚ちゃんと柚ちゃんママ、こっちに来て下さい」
手招きされるがまま、向かった先の壁を見て、唯は熱いものが込み上げてきた。
壁を背にして、子ども用の小さな椅子が置いてある。その周りには、くまのぬいぐるみや風船。積み木を積んで作った、1という数字が置いてある。
壁には『HAPPY BIRTHDAY』と描かれたガーランド。オレンジと黄色のハートや星が貼られている。
その場所だけが、とても明るく、まるで絵本の中のようだった。
短い時間で、子どもを見ながら……。あたし一人じゃ、ここまでは出来なかった。
「すごいね、柚。本当に。嬉しいね」
沢山瞬きをして、涙を奥に引っ込めて。今日は笑顔でいたい。柚の特別な日だから。
「じゃあ、最初はママと二人で。その後、大丈夫なら、柚ちゃんだけで撮りましょう!」
柚を椅子に座らせて、唯はその隣にくっついて座った。
カメラを構えるこころちゃんのママの後ろで、子どもたちを抱っこしたママたちが、優しく見守る。柚とケーキを食べて、遊んで帰るつもりが、こんなに素敵な、誕生日会になるなんて。
「ありがとうございます」
写真を撮り終えて、唯はお礼を言った。
「まだお礼を言うのは、早いよ」
田辺さんが、みんなに座るよう促す。
「柚ちゃん、お椅子に座って下さいな。ケーキを持ってきましたよ」
櫻子さんが、ケーキを持って嬉しそうに登場した。
真っ白なケーキの上には、オレンジとバナナ。たまごボーロがケーキのふちを飾っている。ハート型のロウソクには、ハッピーバースデーの文字。
「ぐしゃぐしゃに、潰していいからね」
期待を込めて、櫻子さんが言った。
レジャーシートの上にケーキをのせ、柚には大きめのタオルで前掛けを作ってくれた。
「では、みんなでお歌を歌いましょう」
せーの、と櫻子さんが音頭をとって、みんながハッピーバースデーを歌ってくれた。柚はまだわからないようで、キョトンと大人たちを見ていた。
「お誕生日、おめでとう!」
みんなが拍手をしてくれたのを見て、柚も真似をして拍手する。それを見て、みんなが笑顔になった。
「さあ、柚ちゃん。潰していいのよ」
櫻子さんは、ケーキを柚の前に差し出す。柚は、手を伸ばして、たまごボーロを取って食べた。その後も、たまごボーロ、たまごボーロ……バナナ。ケーキは潰さないみたいだ。
「まあ、柚ちゃんはお行儀がいいのね!」
うふふっと櫻子さんが笑って、またみんなも笑った。
「もう一人、お祝いする人がいますよー」
ハナさんが、ケーキを持って和室にやって来た。今度のケーキには、ロウソクが灯してある。
「お母さんも一歳、おめでとうございます」
そう言って、ハナさんは唯の前に、ケーキを差し出した。
「火がついているので、立ったままですみません」
丸い大きなお皿の上に、ガトーショコラが一切れ。その横に、生クリームとオレンジが飾られている。そして、ケーキの下には、
『ゆずちゃんママ
一歳おめでとう&おつかれさま
ハナサクカフェ一同』
と、チョコペンで描かれていた。
「こんな……。あたし……」
泣かないと、今日は泣かないと決めていたのに。
ぼやけた視界の先で、ハナさんが微笑んでいる。
柚もこちらを見上げている。
口元を手で押さえた。それでも、微かな嗚咽が漏れ出た。
「あたし、ちゃんと、ママ、出来たかな」
みんな、柚の事「かわいそう」って言う。そうさせてるのは、あたしだって。
柚。
柚は、かわいそうなの?
父親がいないのが、かわいそう。
0歳から保育園に預けて、かわいそう。
あたしが、一度の浮気を許さなかったから?
父親がいた方がいいなんて、わかってる。でも……でも。
「それは、柚ちゃんが答えてくれるみたいよ」
櫻子さんの手が、優しく肩に置かれた。柚を見ると、両手を上に、高く高く突き上げて、唯の抱っこを待っていた。
唯は耐えきれず、両手で顔を覆った。それから柚を優しく抱き上げた。
「柚ちゃん、一歳おめでとう」
ヒマワリの黄色が、飛び込んできた。小さなブーケを、唯が代わりに受けとる。
「さ、ロウソクを消して」
唯は一瞬だけ目を閉じて、祈った。
どうか。
どうか、柚を幸せに出来る力を、あたしにください。
フッとロウソクの火を消した。
拍手と歓声がわきあがる。
柚。
柚は、かわいそうなんかじゃない。
こんなに、沢山の人に愛されているのだから。
柚とヒマワリの花束を引き寄せる。
「大好きだよ、柚。生まれてきてくれて、ありがとう!」
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