くだらない小説と言われてから

紫鳥コウ

くだらない小説と言われてから

 もう、連絡をくれる友人はいなくなりました。わたしを覚えている方は、どれくらいいるのでしょうか。うぬぼれている人は往々にして、自分は忘れられることはない、その不在を悲しまれていると思いがちです。わたしは幸いにして、そのようなうぬぼれを持っていません。


 だれも知らない、酸素濃度のうすい惑星にいる気分です。


 わたしには、尊敬している親友がいます。その方からは、たくさんの恩恵を受けてきました。そして、依存していました。


 それなのにわたしは、このままではいけない、距離を置きたい……と切り出しました。その意味を彼女は理解してくれました。彼女は自分の仕事にしか興味がない方なので、わたしと縁が切れたくらいで、悲しむひとではありません。自分の仕事に良い影響を与えることにしか、興味がない、とても強い方です。


 一番の親友と疎遠になったのですから、それ以外の友人たちや、物書きの知り合いの方々とも、すっかり交際が断たれました。家族とは連絡を取っていますが、二人と一匹は、数年以内に鬼籍きせきることだと思います。この一年で、あまりにも病態が悪化しました。わたしは二人と一匹のために、どれくらい苦労しているか知りません。しかし、悲劇の主人公を演じる気はありません。この世界にありふれた苦労だと思っています。


 むかし、自分の小説がくだらないと言われたことを、私小説にしたことがあります。いまでも読んでくださる方がいて、通知が届くたびに嬉しくもあり驚いてもいます。わたしが孤独を選び取ることにしたのは、あの小説を書いてからのことです。生半可な気持ちで創作に取り組んではいけないと思ったのです。


 あれから絶え間なく、小説を書き続けてきました。この文章を書いているのは、五月の中旬です。先週、新刊が手元に届きました。三冊です。次のイベントに合わせて作ったものですが、ゴールデンウィーク中はずっと、新刊の作成をしていました。たいへん苦しい作業でした。


 ひとり孤独に作業をしていたからこそ、三冊も作ることができました。その後、やる気は燃え尽きてしまうかと思いましたが、くだらない小説と言われたことを書いた私小説を読み返して、その危険から逃れることができました。いままで通り、数作の連載も続いていますし、いくつか掌篇・短篇小説を発表することもできました。


 そしていまは、くだらない小説と言われてから、わたしが積み重ねてきた努力を、掌篇小説を毎日投稿するということによって、ひとりきりの惑星から披露しているところです。不思議なことに、一作を仕上げることに苦労をすることはありません。すらすらと書き切ることができています。しかしこれは、わたしの成長ではないのです。


 わたしの小説を読んでくださる方がいるからこそ、たとえ、誰かからくだらないと言われることがあっても、書き続けることができているのだと思っています。これは、感傷ではありません。歴然とした事実です。読者様がいなければ、こういう挑戦をしてみようとは思わなかったでしょう。本当に、ありがとうございます。


 あとがきのような文章はここまでにして、今日も掌篇小説を書いていくことにします。


〈大槻唱歌という、この世で一番かわいい後輩は、ふすまからチラッと顔をのぞかせて、ぼくの様子をうかがっていた。浴衣姿が見たいなら、見たいって言ってくださいね、という表情をしている……〉


 ちょっと、ライトな文章になっていますね。これからどんどん、甘ったるい恋物語を紡いでいきたいところです。でもその前に、見取図を書いておきましょう。掌篇小説とはいえ、少しは見通しがないと書くことはできません。


 そうですね、どうしましょうかね。どうも短くなりそうにありません。旅館にチェックインしてから、温泉街を見て回り、予約していたプライベート温泉を堪能し、ひとつ同じ部屋で夜を過ごす。これを二千字ほどに収めるのは、あまりに無茶なことです。短篇小説の案として、残しておきましょう。


 一から作り直しです。いまは、カップルの話を書きたい気分ですし、温泉街を舞台にしたいと考えていますし、その方向性を崩したくないと思います。こういうときは、連想を働かせるしかありません。ノートに、名詞を書き連ねていきます。

 

 わがままお嬢様……ですか。何気なく書いてみましたが、挑戦しがいがありそうです。名前はどうしましょうか。習いごとが嫌いなのに、両親が音楽家にさせたがっている。そういう背景がありそうです。「響」という漢字は、その二面性を表わしていそうですね。


 さて、それでは、書いていきましょうか。



 〈了〉

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