第2話 憑依

「どう、体調は」


言われて確かめてみると、腕はまともに動くし見た目も普通の状態になっている。


「問題ない」


しいて言えば、口を開くたびに口の中から草の匂いが溢れ出て来るぐらいだろうか。


「良かったら、あなたの名前を教えてくれる?」

「黒須健司だ」

「クロス・ケンジ・・・クロスと呼ばせて貰うわね」


発音が多少気になるが、指摘するつもりは無い。


「構わない」

「クロスあなたの出身地は?」

「日本の神奈川県」

「ニホン? カナガワ? 判らないわね」

「ジャパンで判るか?」

「いいえ、それも判らない。・・・記憶が混濁しているのかしら」

「記憶が混濁?」

「あなたじゃなく、その身体の持ち主の事は何か判る?」

「は? 身体の持ち主?」


コナーは俺の前に磨き込んだ金属の鏡らしき物を持って来て、俺に向ける。


「えっ!?」


鏡の中に映っているのは見覚えの無い15~16歳の少年だった。

これ、誰だ?

髪と目の色はどちらもブラウン。

俺とは似ても似つかない優し気な顔つき。

手を顔に当てながら鏡に映る顔を見ていると、唐突に記憶が頭の中にポツリポツリと浮かんで来た。


「えっ? これ・・は・・・?」


ここが地球ではない別の世界であるという認識。

天使や悪魔がいて精霊や魔獣がそこらに存在し、魔法が文明を支えている世界である事を理解した。

マーク・パトナ 16歳

それがこの身体の持ち主であるらしい。

そして、ティバーン王国王領のパトナ村の村長の三男としてのこれまでの足跡が、この身体が持つ記憶からは読み取れる。

年齢的には高校1年ぐらいか? 

身長は160cmぐらい。

16歳なら身長もあと少しぐらいは伸びるだろう。

畑仕事もしていたからか筋肉は付いている。

村に住む引退した探索者に剣を教えて貰っていたらしく、片手剣の訓練はしていたらしい。

三男という事もありパトナの村長を継げない事が確定していたので、一人で身を立てるつもりでいた様だ。

一応、農作物を荒らす害獣なんかと剣で戦った記憶がある。

イノシシみたいなのやシカみたいな畑を荒らす害獣や、小さな魔獣なんかと戦っていたらしい。

文字の読み書きや足し算引き算は兄弟と一緒に家庭教師から習っていた。

村長の三男ともなると兄弟が病気や怪我なんかで死んだ場合に備えて、読み書きや計算は仕込まれていたらしい。

・・・そうか

マークの日常会話の知識が記憶に残っているから、この人達との会話が俺にも難なく理解できているのか。

ん? これは・・・

マークの記憶を探っていると、記憶の中で最も新しい物を見つけた。

平和そのものだったパトナ村がクラーシアと呼ばれる装甲騎兵を引き連れた集団に襲撃されるという、かなり酷い物だった。

3体のクラーシアにより村の門は破壊され、逃げ惑う村の者達を襲う襲撃者達。

マークも村の者達と共に村の外への脱出を図ったが、襲撃者達に門を固められ教会へと駈け込む事にした。

だが、教会前で戦闘になり、襲撃者に斧を頭に振り下ろされた所で記憶が途切れてしまっている。

・・・恐らくマークは教会前の戦闘で襲撃者にやられてしまったんだろう、それ以降の記憶を探ってみたがマークの頭の中には存在しない。


「パトナ村はどうなった?」

「教会に逃げ込んだ人や村の外へ逃げた人以外は殺されたわ、村人を捕まえて奴隷にする気も無かったみたいね」

「マークの家族は?」

「教会に避難できた人達の中には居なかったみたいよ」

「そうか・・・」


マークの知識によると神殿や教会は神の領域とされていて、荒らす者には神罰が与えられるというのが常識らしく、野盗ですら教会には手を出さないらしい。

大都市にあるのが神殿が本部施設で、町や村にあるのが教会が支店と考えればいいのかな。

普段は怪我人の治療や薬の販売、転職の補佐等をして運営をしている組織の様だ。

辺鄙な田舎の村にも教会はあり、非常時の避難所として長命で耳の長い種族が管理運営しているという。

目の前にいるコナーとベンも特徴的な耳をしているし、二人が教会の関係者なのは間違いないだろう。


「あなたは襲撃者達が引き上げた後で、生きているのが判って教会に運ばれたそうよ。教会が神術を使って治療したから傷は治せたみたいだけど、脳の1/3程が破壊されていたらしいわ。破壊された脳の部分も時間を掛けて再生は出来たけど、生きた死体になってしまったとパトナ村の教会から連絡があって、ここへ送って貰ったのよ」

「何故ここに?」

「このニールストンの神殿で私とベンは魂の研究をしていてね。通常の神術では回復の見込みの無い、生きた死体を探していたのよ」


生きた死体って? もしかして脳死の事か?

交通事故なんかで脳に欠損が生じると、心臓は動いていても意識が戻らないって聞いた事がある。

そうなった身体のこの世界での呼び方が「生きた死体」っぽいな。


「それがマークか」

「ええ、そう」


脳が損傷したのであれば、日本の医療技術でも回復は不可能だったハズだ。

確か、脳の細胞って欠損したからって、その部分の細胞が増殖して補ったりしないと聞いていたしな。


「だが、どうして脳死・・・いや生きた死体になった身体を俺が動かせているんだ?」

「生きた死体って言ってもパトナ村の教会司祭が神術を使っているから、身体や脳の欠損は完全に修復されているわ。でも、体の動かし方を知っている脳の部分の記録が、何の記録も無い新品の脳に交換されているでしょ? だから身体は動かし方を知らないのよ。マークの魂は生きた死体になった時点で既に壊れちゃってるしね」

「神術で修復か・・・」


ああ、記憶にあるな。

マークの記憶によるとこの世界には神術というトンデモない医療技術があり、怪我は神殿や教会で治して貰うのが一般的であるらしい。

襲撃者に脳ミソをカチ割られたこの身体を、村にある教会の司祭が神術を使って修復したのだろう。

だが、欠損を補ったのは新品の脳細胞である為に、欠損した部分にあった情報が色々と欠けているって事か。


「そこで、体の動かし方を知っている元人間に入って動かして貰おう、ってのが私達の研究なの」

「元人間?」

「あなたみたいな死んだ後も魂が壊れずにさ迷っているいる魂よ」

「あっ」


ついさっきまでの状態の俺か。

俺は死んだにも関わらず、成仏もしていなかった。

たぶん浮遊霊とか地縛霊といわれる奴なってたんだろう。

そんな肉体から離れてフリーな状態の俺の魂を、植物状態の人間にぶち込んだって事だよな。

手足を動かしてみると、俺の考えた通りに身体は動く。


「でも、その実験はかなり前に終わっているの、何体もの成功があってね。今は次の段階の実験なのよ」

「次の段階?」

「この世界の人間にはスキルを持つ人がいるのは知ってる?」

「ああ、マークの知識にあるな」


この世界にはスキルという魔法みたいな特殊能力があり、生物の大半がスキルを持って生まれて来ようだ。

スキルは遺伝させられるので、強力なスキルを持つ者は貴族になっている事が多いらしい。


「この世界の歴史には過去に異世界から人が迷い込んで来ていたという記述があるの」

「異世界から?」


異世界人ってのは地球人の事だよな。

いや・・・地球人とは限らないのか?


「神殿に残っている資料によると、その人達はとっても珍しいギフトスキルを持っていたらしいわね」

「異世界から来た人に会った事があるのか?」

「私は資料を読んで知っただけ。実際に会った事は無いわ」

「この世界には、異世界から人間を召喚する事が出来る技術があるのか?」

「無いわね。過去の異世界人も空間魔法の開発中に偶然流れ着いたみたいな物だと思うわ」

「偶然か・・・」

「あれっ? じゃあ、俺はどうやってこの世界に来たんだ?」

「降霊術よ」

「は?」


マークの知識にもあるが、降霊術というのはイタコや口寄せに近い物だ。

そんな物で異世界から俺を呼べたのか?


「降霊の魔法陣の中心に、生きた死体と降霊の触媒になる漂着物を置くだけよ」

「漂着物ってのは何だ?」

「この世界には空間術士のスペーサーっていうスキルで異空間をアレコレする人達がいてね。その人達が異空間で拾って来た異世界からの漂着物を触媒にしてるのよ。あなたが握ってるのもそう」


俺が握ってる?

コナーに指摘されるまで俺は右手に何かを握っている事に気付いていなかった。

一体何を?

右手をゆっくりと広げてみる。

すると、手の平の上に現れたのは、俺の住んでいた地域のゆるキャラをキーホルダーにした物だった。


「あっ・・・」

「他に漂流物を4つ試していたけど反応は無かったわ。けれど、5つ目のそれをマークの手に握らせた途端に魔法陣が起動して、マークの身体の中にあなたが入って来たの」

「そうか」


俺はゆるキャラのキーホルダーを優しく握った。

どうしてこんな所に・・・


「あなたにとってそれは何?」

「死んだ妹の形見だ」


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