胸甲騎兵(クラーシア)戦記

80000太郎

第1話 彷徨う魂

薄暗い路地の片隅に幾つもの花束が置かれていた。

花はそこに置かれてから数日は経過しているからなのか、しおれかけている物が殆どだ。

俺はその花束の横に佇みジッとその場所を眺めている。

それから数時間もそうしていると、ポツリポツリと雨が降り出した。

やがて雨は本降りとなり、花束を濡らし始める。

そんな光景をジッと眺めていた俺は、その場所に向かって口を開く。


『どうして俺が・・・』


周囲に俺の呟きを聞く者はいない。

いや、いたとしても聞こえるのかどうかすら怪しいだろう。

何せここは殺人事件のあった現場で、殺されたのは俺だからだ。

手は透けて見えるし、物には触れる事も出来ない。

地縛霊ってヤツか?

恨み?

生への執着?

後悔?

懺悔?

理由は判らないが、意識があり思考も出来る。

考える時間は沢山ありそうだし、色々と・・・

ん?

目の前の空間に小さな穴が浮いていた。


『穴?』


穴の中は暗くて見えない。

けど、穴の中に何かを強く感じる。

なつかしい何か。


『何だろう、気になるな』


穴から視線を外せない。

俺は恐る恐る、その穴に手を近づけてみた。

すると・・・

ボヒュッ!!

手の先が穴に引き込まれると同時に、俺の身体も穴の中へと吸い込まれた。


『なっ!?』


穴の中は真っ暗な闇だった。


『前に進んでいるのか?』


振り返ると、光の洩れる穴の入り口はどんどん遠ざかってゆく。

どうやら、物凄いスピードで穴の奥へと引っ張られているらしいと気づく。

手足をバタつかせてみたが、止まる気配は微塵も感じない。


『暴れてもムダか・・・』


抵抗がムダだと悟り、進むがままに身を任せる。


『出来る事は何もないみたいだな・・・』


それからしばらくの間、俺は暗闇の中を進み続けた。


『あれ? 吸い込まれてからどれぐらいの時間が経ったんだ? 数日経過した気はするけど・・・暗闇だし時間の感覚もあやふやだな』


それから暫くすると、遥か先に白い点が見えて来た。


『ん?』


白い点は徐々に大きくなってゆく。


『白い光が段々と大きく・・・うああっ! ぶつかる!』


俺はその白い光の中に接触した辺りで意識が途切れた。




瞼に照明の光を感じ、俺は目を覚ました。


「ここは・・・・」


寝ていた床は硬く、俺は自分が木製の簡易ベッドらしき物の上に寝かされていたのだと気づく。

首を動かして周囲を見渡すと、簡易ベッドの横には二人の人が立っていた。


「こんにちは、私の名前はコナー、こちらはベン。ここはティバーン王国にの王都ニールストンにある神殿で、私達はその神殿の研究者よ」


俺はその2人を凝視する。

えっ、誰? 

外人さん?

ここは日本じゃないのか?

コナーと名乗った女性もベンと紹介された男も金色の長髪でほっそりとした顔立ちで恐ろしく美形だ。

2人とも古代ローマ人の様な変わった服を着ている。

周囲を見渡すと木とレンガで出来た部屋に幾つかベッドが置かれていて、俺はその一つに寝かされていたらしい。


「私の言葉、理解できる?」


彼女の言葉に驚いた。

なにせ、彼女が俺に掛けた言葉は日本語ではなかったからだ。

だが、その日本語ではない言葉が何故か理解できる・・・・?


「っ!? ・・・ゲホッ、ゲホッ」


何か返事をしようと口を開いてみたが、咳き込んで上手く声が出ない。

俺は咳き込みながらベッドから身体を起そうとしてみたが、身体に力が入らずなかなか起き上がれない。


「あなた、かなり衰弱しているのよ」


そう言いながらコナーは俺が身体を起すのを手伝ってくれた。

身体を起してみて気が付いたが、俺の腕はミイラの様に細くなっている。


「う? 何で・・ ゲホッ、ゲホッ」


何でこんなに腕が細いんだ!?


「これを飲んで」


差し出された木のコップには透明な液体が入っている。

水だよな。

俺は両手でコップを受け取ると、何とか水を何とか飲み干した。


「次はこれ」


次に差し出されたのは、木のコップに入った緑色のドロドロとした液体。


「これ・・・は?」


水を飲んだ事で、辛うじて喋れる様にはなったらしい。

疑問を口にしてみる。


「食べ物をすり潰した物よ、飲み干して」


流動食みたいなもんか?

コップを受け取ると、緑色に顔を近づけ液体の匂いを嗅いでみる事にした。

ツーンと生臭い匂いと草の匂いがする。

平気か? これ・・・

だが、やせ細った腕を見る限り何もしない訳にもいかない。

俺は覚悟を決めると、それを一気に飲み干した。

うぐっ、マズっ!


「ベンお願い」


俺が飲み干したのを確認するとコナーはベンに声を掛ける。


「?」


ベンは俺の背中に両手を当てて呟いた。


「この者に癒しを"アクティベート"」


身体中の血が沸騰したかの様に熱くなってきた。

なっ、身体中が熱いっ!?


「あっ、がっ」

「まずはこんな物か」


ベンが俺の背から手を離すと身体の中の熱は収まったが、呼吸が荒い。


「ハッ・・・ハッ・・・ハッ・・・な、何をした・・・」

「ベンのスキルで消化を促進させた事で、血液が一気に動いて身体に栄養が回ったのよ」

「スキル?」

「腕もさっきよりマシになったでしょ?」


そう言われて自分の腕を見てみると、水分の抜けたミイラみたいだった腕が緑色のナニカを飲む前よりもマシになった気はする。

うーん、言われてみれば筋っぽさが消えてる様な・・・


「そう、なのか?」

「それじゃもう一杯ね」

「えっ!?」


木のコップに注がれた緑色の液体が再び俺に差し出された。


「ほら、飲んで」

「うぐっ」


あれをもう一回か・・・

ここは従うしかないだろう。

俺はここから、"緑色の液体を飲む>ベンが何かをする"を合計4回繰り返した。

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